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124/124

124. ユッキーの眠る丘で

 猛暑日が続く。

 空はクラクラするほど澄み渡り、ふいに海が恋しくなる。

 富山の海岸の海の家からガラス戸越しに眺めていた夏は、もう十五年も前のことだ。

 なのに夏景色と言えばあの光景が浮かぶ。

 そしてそこには必ずユッキーの姿があった。

 人のいないキラキラと輝く波打ち際に佇むその後ろ姿は、凛として静かで、どこか少し儚げだ。

 そんな姿は現実では見たことがないはずなのに、なぜか心に甦る。

 ユッキーはもういない。

 でも彼女を思う時は、懐かしさでも、ときめきでも、ほろ苦さでもなく、そして悲しさでもない。

 じゃあなんなのかと訊かれても、うまく表現できない。

 あえて言葉にするとすれば「ほうっとするような気持ち」だろうか。

 憧れと尊さと安心とが入り交じったような。

 いや、やっぱりいつまで経ってもうまく言葉には出来ない。

 そしていつまでも心から消えることはない。


 眩しい空を見上げながらエッチに言う。

「一緒にユッキーの墓参りに行かないか?」

「うん、いいよ。でもその子の命日って二月じゃなかったっけ?」

「そうなんだけどさ、なんでか夏になると思い出すんだよね」

「そっか。じゃこれから行こうか」

「よし、そうしよう」

「今日はクルマじゃなくバイクで行きたいな。ハナの後ろに乗って」

「SRじゃなくて?」

「うん、なんかそんな気分」

「そういえばタンデムも久しぶりだな」

「ハワイ以来かも」


 ユッキーのお墓は八王子の山の方にある。

 東京サマーランドの少し先だ。

 後ろにエッチを乗せ、五日市街道をハーレーでドコドコとのんびり西へ向かう。

 あきる野を過ぎた辺りで左に折れ、丘陵地帯を上って網代トンネル、川上トンネルを抜けた辺りで霊園に入る。

 駐車場にバイクを停め、隣の売店で花と線香を買い、石段を昇って行く。

 何度か来たことはあるけど、同じような墓石が並んでいるのでどこだったか迷ってしまう。

 たぶんこの辺りと、墓碑銘を見ながらうろうろする。

 エッチが一段上の墓地から「あったよ〜」と教えてくれた。

『佐々村家』と書かれた墓石の横に『佐々村雪音 享年十九歳』と掘り込まれている。

 汗を拭い振り返ると、なだらかな丘陵の濃い緑とその奥には霞んだ遠くの山並みが広がっていた。

 とても見晴らしのいい場所で、涼やかな風が吹いている。

 それでも照りつける陽射しは容赦ない。

 墓石に触れると、ひんやりとしていながらも熱を持っている。

 ひしゃくで水を掛け、花を供える。

 お盆前なのに、そこには色とりどりの鮮やかな花がすでに供えられていた。

 たぶんお母さんがしょっちゅう来ているのだろう。

 俺たちの花も、そこに一緒にさせてもらう。

 線香に火をつけ、手を合わせる。

 エッチも横で目を瞑って手を合わせていた。

 しばらくして、エッチが周りを見渡して言う。

「ここ、いいとこだね。見晴らしもよくて、じめじめしてないし」

「うん、そうだな」

「私も死んだらここに埋めてもらおうかな」

「ああ、いいよ。先にお墓買っとこうか?」

「ハナは富山のお墓に入る?」

「いや、俺は墓はいらないな。死んだら海に灰を撒いてもらって、それだけでいいよ」

「あ、それいいね。私もそうしようっと。でも、こうしてお参りに来てくれる人には申し訳ないね」

「それもそうだな。偲んでくれる人にとっては墓は必要か。どっちが先に逝くかわかんないけど、エッチは俺と同じ墓に入って欲しいな」

「私でよければ、ってそれ何度目のプロポーズ?」

「しつこいか〜」

「ううん、何度目でも嬉しいけどね」

「じゃあ、ユッキーの前でもう一度プロポーズするよ。エッチ、俺と結婚してくれ」

「う〜ん、この子の前で言われちゃうともう断れないじゃん。はい、喜んで!」

「前から言ってたように、籍は三十五になってからでいいから」

「そうだね。今のままでも充分楽しいしね。あれ、今のままだからいいのかな?」

「籍を入れようが入れまいが、エッチにはそのままでいて欲しいよ。俺に気兼ねしないでさ、好きなことをやって、好きなところに行って。好きなように生きて欲しい。けど、帰る場所は俺のところであって欲しいな」

「それは私もおんなじだよ。私だってハナがやりたいことには協力するからね」

「うん、頼りにしてるよ」

「ねえ、ユッキー、ハナ、じゃなかった、パッツはこんなにいい男になったよ。私がもらっちゃうからね、羨ましいでしょ」

「なんかもう友達みたいだな」

「私もユッキーといい友達になれたかな?」

「ああ、絶対そうだよ」


 ユッキーにエッチを紹介するつもりで来たけど、期せずして改めてのプロポーズになってしまった。

 なんだか毎年のように結婚の約束をしてる気がするけど。

「また来るね」と二人でもう一度手を合わせて、ユッキーの眠る丘をあとにした。

 蝉の声がいつまでも囃し立てていた。


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