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123. ケリがつく

 レイナちゃんを保育園に預けたあとで、俺たちは戸田に向かった。

 エンジンがなかなか掛からないプロボックスには俺が乗り込み、エッチは新しいハイエース、アイナは錆々のハイエースの三台を運転して下道を行った。トミーはいちばん乗り心地のいいハイエースの助手席だ。

 立川から新青梅街道、志木街道、川越街道、東京外環道の脇を通り、荒川を越えて、戸田まで一時間半。

 一度、途中の信号待ちでプロボックスがエンストを起こし、吹かし気味になんとかなだめすかしながら、やっとの思いで到着した。このクルマはもうこりごりだ。

 新しいハイエースは表通りの駐車場に止めておいて、ボロハイエースとプロボックス二台で親父さんの店に行った。

 ちょうど昼時で、親父さんとお袋さんはコンビニ弁当をかっ込んでいる最中だった。


「こんにちは」

「なんだお前らか。寄りによってこんな昼飯の最中来んでも。ちょっと食い終わるまでそこで待ってろや」

 客商売とは思えないセリフに、アイナが怒鳴りそうになるのをエッチが押さえる。

 山盛りの灰皿や軍手や紙切れが乗った壊れそうなテーブルに座る気にもなれず、先にクルマを返しに来たことを言っておく。

「先日借りてったプロボックスとアイナが乗ってきたハイエースは返却しますので、どこに停めとけばいいですか?」

「なんだ、そうか。ならどっか空いてるとこに置いといてくれや」

 クルマを移動して見渡しても似たようなボロ車ばかりで、俺のハイラックスはどこにもなかった。

 店に戻ると、トミーがテーブルの上を片づけてくれていた。

「俺のクルマ、売れたそうですね」

「ああ。で、印鑑証明やなんかは持ってきたんだろうな」

「はい、ここに」

「よし。ちょっと待ってろ」

 そう言って、店の奥の金庫から現金を取り出してテーブルに置く。

 350万のはずが、どう見ても少ない。

「あの、350万という話でしたよね」

「ああ、まずはこんだけだ。分割で150と、あとから200だ」

「え、そんな話聞いてませんけど」

「買った相手にも都合ってもんがあってだな、そうそう全額一括とはいかんのよ。そのくらいわかるだろが」

「まあ、それならしょうがないですけど、これ150もないですよね」

 エッチが札を数えてみると、110万円しかなかった。

「これは、どういうことでしょう?」

「前も言っただろ。名義変更やらなんやらの手続きに3万、整備やクリーニングに2万、それとうちの手数料テンパーを引いてこんだけだ」

 そんな話はひとつも聞いてないが。

「なんだ? なんか文句でもあるんか? うちだって商売でやってるんだ。タダで売り買いせいちゅうんか?」

「いや、そうは言いませんけど、諸費用40万っていうのはちょっと」

「うちはずっとそれでやってきてるんだ。今さらごねたって、もう売っちまったもんはどうにもならんだろが」

 困った。これ以上は押し問答だろう。なにを言っても埒が明きそうにない。

 考えあぐねていると、店の電話が鳴った。

 お袋さんが「金子さんからだよ」と親父さんに受話器を渡す。

「こりゃどうも。どうしました?」

「どうしましたかじゃないだろが。あのクルマの買い手がついたってのに、早く書類を揃えて持ってこんかい」

 電話口からはでかい声がこっちにまで筒抜けだ。

「ああ、そりゃすいませんね。やっと今日揃ったんですわ。明日にはそっちに持って行きますんで」

「揃ったんなら明日と言わず今日中に持って来いや、いいな」

「は、はい。そうします」

「あと、岩淵さんが来ててな、お前に話があるそうだ」

「あ、これはどうも、ご無沙汰しております」

「お前な、せっかくいいクルマ仕入れても上手いこと売ることもできんのか? 金子んとこであっという間に450万で売れたっちゅう話やないかい。右から左で70万儲かったって金子が自慢しよるわ。で、今お前んとこに380万あるんだろ。それでこっちの借金返してもらうからな。さっさと金と書類持って来んかい」

「そ、そんな……」

「そんなもこんなもあるかい。ある時にもらっとかんとな。利子と合わせて330万、きっちり耳揃えて返してもらうで」

 親父さんは泣きついていたけど、相手は聞く耳を持たず電話を切られていた。

 蒼ざめた顔でテーブルに戻ってきた親父さんに言う。

「なんかお取り込みのようですんで、今日はこれで帰ります。残金はいつになるでしょう?」

 そう言いながら、テーブルの上の110万を引き寄せる。

「ちょ、ちょっと待ってくれんか」と親父さんがその手を引き止めた。

「実はな、ちょいと金が要りようなもんで、これもまた今度にしてくれんか?」

「あとって、いつでしょう?」

「半月、いや一ヶ月待ってくれんか? それまでに揃えとくから」

「手数料とやらで40万引かれて一ヶ月待てと? それはちょっと虫が良過ぎませんか? こうなると一ヶ月後にちゃんと支払ってもらえるのかも心配ですねえ」

「いや、必ず一ヶ月後には払うから。なんなら証文書いてもいい。手数料も35万でいいから。だから、な、ここはひとつ人助けと思って」

「証文なんか書いてもらったって少しも安心できませんよ」

「頼むよ、頼むから今日のところは……」

「う〜ん、困ったなあ。ちょっとみんなと相談してきます」

 そう言って店の外に出る。

「あんな頼み訊くことねえよ。絶対うだうだ言って金返す気なんてねえんだよ」

「まあまあ、アイナも落ち着けって。ちょうどいいタイミングで電話が来たんだ、これでこっちのペースになったな」

「で、どうするの?」

「証文とか言ってただろ。その代わりにアイナとレイナちゃんに関わらないという念書を書いてもらうことにする。向こうに書かせれば、もう知らぬ存ぜぬとは言えないだろ?」

「クルマと引き換えに?」

「まあ安いもんだろ。でトミー、俺が合図したらスマホでやりとりを録画して欲しいんだ。もしもの時の証拠として」

「はい、わかりました」とトミーがスマホをスタンバイ状態にして胸ポケットからレンズを覗かせる。

「アイナもそれでいいか?」

「ああ、もうハナに任せてるからな。どうにでもしてくれ。しっかし情けねえ親父だな、知ってたけどさ」

「よし、なら行こうか」

 店に戻って切り出す。

「関根さん、今日お伺いしたのはクルマの件もありますけど、アイナとレイナちゃんの話もあるんですよ」

「ん? ああ、そういやそんな話もしてたな。それよりも先にこっちの件はどうするか決まったんか? 一ヶ月後に全額支払う証書を書くからさ、な、頼むよ」

「それならこういう条件でどうでしょう? 今後はアイナとレイナちゃんに関わらないという念書を書いてもらえば、借金の証書は要らないということでは」

「証書は要らないってことは、金を払わなくていいってことか?」

「そうなりますね」

「なんだ、そんなことでいいのか。よし、その念書とかいうやつを書けばいいんだな? おい、紙とペン持ってこい。こいつらの気が変わらないうちに書いてやるから。ほら、早くせんか」

「紙って、コピー用紙でいいのかい?」とお袋さんが慌てて書類の束をひっくり返す。

「あ、その便箋でいいですよ」とエッチ。

 便箋とボールペンを前に「で、なんて書けばいいんだ?」と親父さんがニヤニヤしながら言う。

 俺がざっと文言を言うと、その通りに書いて、最後に氏名と拇印を捺してもらった。

 その様子をトミーはスマホでこっそりと録画している。

「じゃあ、このあとにアイナも署名と捺印してくれ。あ、相続も放棄するって付け加えた方がいいな」

「おう、わかった」

 最後に、俺が立会人として署名捺印し、改めて内容を読み上げる。


  念書

  私、関根篤史並びに関根聡子は、今後一切、関根愛奈および関根玲奈に関与しないこととします。

  令和○○年八月十日 関根篤史 関根聡子


  私、関根愛奈並びに関根玲奈は、上記に同意し、今後一切、関根篤史および関根聡子と関与しないこととします。

  また財産および負債の相続を放棄します。

  令和○○年八月十日 関根愛奈


  私、野木発は、上記双方の同意を確認しました。

  令和○○年八月十日 立会人 野木発


 これを三部コピーして、それぞれの手元に収める。

 バッチリ録画もしてあるし、もしなにかがあっても圧倒的にこちらが有利だ。まあ法的な効力はどうだか知らないけど。

 これでケリは着いただろう。

 ようやく肩の荷が軽くなって、ほっと一息。

 親父さんはテーブルの札束を引き寄せてニマニマしている。その顔もちゃんとカメラに撮られている。

 ここで帰ってもいいのだけど、それだとちょっと悔しい。

「そうそう、あのクルマ、車検証にも書いてあったと思うんですけど、うち会社の所有なんですよね」

「ああ、それがどうかしたか?」

「タダで会社の物品を手放したというのは、会社の経理の都合上、名目が立たないんですよね。で、10万でも20万でもいいですんで、買い取ったという領収書をもらえませんか?」

「なんじゃい、今さら。10万でいいんだな。ほらよ」

 渋々と10万をこちらに寄越し、領収書を書いた。

 それをもらって、よし帰るかと席を立った時にアイナがさらに付け加えた。

「ソアラはあたしの名義だし、あれに乗って帰るからな」

「あんなクルマ置いとくだけで場所のムダだ。勝手にせい。お前とはもういっさい関係ないんだからな」

「ああ、こっちもせいせいしたよ。じゃあな」

 アイナが店の裏からソアラを出してきて、みんなで乗り込む。

「じゃあ、いろいろお世話になりました。ではこれで」

 いちおうにこやかに別れを告げて店をあとにした。

 表通りの駐車場まで行って、みんなでハイタッチする。

「なんか上手いこといったんじゃない?」

「そうだな、これでひとまず安心だろう」

「ほんとすまなかったな。でもこれでせいせいしたよ」

「ケンカになんないでよかったあ」

「じゃあ、どっかで飯でも食って帰ろうか」

「アイナ、このクルマどうするの? 持ってると別の駐車場借りなきゃなんないよ?」

「いや、これはすぐに売っ払うよ。これでもけっこういい値が付くはずなんだ」

「ええ? こんな古いのが?」

「古いから価値が上がってるんだよ。こういう旧車好きってのは金に糸目はつけねえからな」

「へ〜そうなの?」

 エッチは半信半疑だったけど、数日後、アイナがそういうクルマを扱っている中古車屋に査定し行ったら、なんと120万で買い取ってくれたそうだ。その金でトミーが負担していた家具やなんかの半額を出していた。

 トミーは「別にいいのに」と言っていたけど「いや、なんか居候みたいで居心地悪いからさ」とアイナ。

 少しでも負い目を減らしたいのだろうな。まあ、その気持ちもわからなくはない。


 帰って倉田所長に連絡を入れる。

「すみません、せっかく書いてもらった絶縁状ですけど、結局使いませんでした」

「いやいや、それならそのほうがよかったじゃないですか。向こうに念書を書かせるなんて、野木さんもなかなかやりますねえ」と笑ってくれた。

「でも、今後もトラブルは起こるでしょうから、早めに頼りになる弁護士を見つけた方がいいですよ。わたしらでは手が及ばないことも多いですからね」

「ええ、そうですね。所長や山代さんには業務以上のことまでお願いしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、できる限りのことは力になりますよ。ところで、今度はいつレイナちゃんを連れて来てもらえますかな?」

「あはは、そうですね。実は今日から保育園に通い出したんで、平日はムリなんですよ」

「おやそうでしたか。それじゃあ入園祝いをあげないとですね。お休みの日でもいいですので、またレイナちゃんと遊ばせて下さい」

「はい、じゃあ近々また」


 これで当面の問題は片付いたかな。

 またなにかが起きないうちに、俺の方もけじめをつけることにしようか。


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