121. 引っ越しパーティー
エッチとトミーが注文した電化製品が届き始めた。
350Lの冷蔵庫、乾燥機付き洗濯機、オーブン電子レンジ、コードレス掃除機、ハイビジョン42型液晶テレビ、炊飯器、ヘアドライヤー、温水洗浄便座、照明器具。
どれも最新型だ。
さらにIKEAで家具を注文する。
ダイニングテーブルセット、子供用の椅子、ローテーブル、テレビ台、タンス、収納ケース、食器棚、ベッド、ソファ。
それらも次々に配送されてきた。
配置を変えてみたり、家具を組み立てたりで、汗まみれの三日間だ。
エッチたちは、食器類やカーテンやタオルや洗面道具なんかを手分けして買いに走っていた。
部屋はみるみる狭くなったけど、ようやく住めるようになった。
それでもまだ、ゴミ箱を忘れた、ベッドカバーがない、ワゴンも欲しいねなどと、買い足さなければならないものもある。
トミーの両親が50万円をくれたそうだけど、それではまったく足りず、残りはトミーが出した。全部で100万は掛かったらしい。レイナちゃん用のものは俺とエッチで出してあげた。
あとはアイナとトミーが住みやすいようにしていくだろう。
最後に大量の段ボールや梱包材を昭和記念公園の西にあるクリーンセンターに運んで、俺の手伝いはおしまいだ。
エッチがアイナの入社祝いも兼ねて引っ越し祝いパーティーをやろうと提案する。
たくさんいたほうが楽しいよと、ぺこらってぃーやドカティーズ、かおりさんと絢ちゃんにも声を掛けた。
全員はムリだったけど、ぺこらってぃーはジュン以外の四人とメイクのユカ、それとペコの母親が来てくれた。ドカティーズはマサとタツヤとドラムの巨漢リュウの三人。絢ちゃんは明日模試があるということで残念ながら不参加、かおりさんだけが来てくれた。
俺たち四人+レイナちゃんと合わせて、十四人だ。
場所は、この前行った近くのカフェバーを貸切りにしてもらった。
この店にはあれから二回ほどランチを食べに行って、顔馴染みになっている。
七時から三時間のパーティーは、料理は6500円の飲み放題付きおまかせコース料理10人分とあとは各自で追加注文。
ぺこらってぃーとドカティーズは前にも一緒に飲んだので顔馴染みだけど、サヤカとミクは初対面だ。そういう俺も二人とは初対面だ。最初は警戒していたけど、みんなが代わる代わるレイナちゃんと遊びに来るので、すぐに打ち解けていた。
美味しい料理で腹も満たされてきた頃、エッチがぺこらってぃーに「ね、あの曲歌ってよ」とリクエストする。
「この前の練習の時に聞かせてもらったんだけど、すっごくいい曲なんだよ」
「でも、あの曲はエッチさんが作ったんですよ」とミレイが言う。
「ううん、ミレイちゃんが作り直したんだから、あれはもうぺこらってぃーの曲だよ」
夜明けまで飲んで、工事現場を見に行く途中で即興で出来た曲だと言う。
「借りたハイエースの中でミレイがどんどん曲を完成させていって、みんなで大合唱しながら帰ったんですよ」とペコが嬉しそうに付け加える。
「エッチさんたちに言われたように、それぞれ自分のパートを考えて持ち寄って、すごく楽しかったよね」
「うんうん。なんかバンドやってるって気がする」
「私も、今まではほんとに自分勝手の自己満足だったんだって気付いたよ。みんな、ごめんね」
「そんなことないって。ミレイはこれからも私たちの音の要なんだから。でも、私たち一皮むけた感じするよね」
「これもエッチさんたちのおかげだよね。ほんとありがとうございました」
「それは自分たち自身のおかげだろ」
「そうそう。いくら外野が言ってもどうにもなんないバンドもいるからねえ」
「ジュンのギター、すごくよかったよね」
「そうだな。うちもやっぱりリードギター欲しいよな」
「なかなかいないのよねえ」
「今日はジュンがバイトで来れなくて残念だけど、四人でも出来るよね?」
「アカペラでか?」
「あ、ならアコギ持ってこようか。事務所に置いてあるから」
そしてペコのギターと四人のハーモニーでその曲を披露してくれた。タイトルは『朝陽にラララ』。
曲名通り言葉は少なく、ウ〜とかア〜とかラララとかルルルとかの歌声で四人のハーモニーを聞かせるきれいな曲だ。
ゆったりとしたメロディーがキラキラとしたハーモニーに乗って店内に広がる。
みんなから拍手を浴びて、ぺこらってぃーの四人は照れながらも頷き合っていた。
レイナちゃんもキャッキャッと手を叩き、テラスの外でも道行く人が何人か立ち止まって拍手を送っていた。
「バンドでやるともっとスケール感があるんだよね。ジュンのギターとミレイのエレピのからみがすっごくいいの」
「でもまだアレンジが固まってなくて」
「アコギ入れるのもいいかも」
「うんうん、すごく合うと思う」
これは完成型が楽しみだ。
ぺこらってぃーも貸しスタジオからこっちにベースを移すことにしたそうだ。
そうなるとますますつながりが強くなり、立川ファミリーが増えそうだな。
ぺこらってぃーに刺激を受けたのか、ドカティーズの三人も「こりゃ負けてらんねえな」と対抗意識を燃やしていた。
ドラムのリュウは、トミーに「姉御、俺あんまりフィルとか上手く叩けなくって、なんかいい方法ないっすかね?」と訊く。
「そうねえ、リュウ君はパワーが持ち味なんだから、細かい手回しは別にいらないんじゃないかな? 音数は少なくても、きっちりとベースに合わせて低音の音圧を上げる方がいいと思うわ。ドラムって音程がないでしょ? だからベースと合わさって初めて音楽になるのよ」
「なるほどっす! すっごくわかりました。ありがとうございまっす!」
「トミーいいこと言うね〜。マサもちゃんとドラムや他の音聞いてるか? ひとりで突っ走ったってバラけるだけだぞ」
「おう、最近ちゃんと聞こえるようになってきたよ。それよかタツヤがいくら走るなつっても聞かないんだよ」
「いや、俺はそんなつもりないんっすけどね。なんか熱くなるとどうしても走っちゃうみたいで……」
「だから他の音を聞けっつってんだよ」
「今度からお前の音だけ小さくすっからな」
「そりゃないっすよ〜。まこちゃん、じゃなかったエッチ姉さん、どしたらいいっすかね?」
「え〜、そんなのわかんないよ。ペコちゃん、どうしたらいい?」
「う〜ん。そうだなあ、ベースと向かい合って弾くようにしたら? ベースの指先に合わせる感じで」
「おおっ、それいいっすね! さすがペコちゃん様!」
そんなふうに音楽談義に花を咲かせていた。
その後は、アイナとトミーは、ユカにどのメーカーのなんという色の化粧品がいいか訊いたり、かおりさんにレイナちゃんの育て方や保育園の相談をしている。そこにペコのお母さんも交じって、代わる代わるレイナちゃんを膝に乗せながら子育ての苦労話を聞いた。
いろいろ参考になることも多かったけど「結局、正解も不正解もないのよね。その時その時でその子にいちばんいいと思うことをやってあげるしかないのよ。親は子供を育てるのじゃなくって、子供が育つのを支えることしかできないんじゃないかしら」というのが一致した意見だった。
ペコのお母さんは千恵子さんといって、チャキチャキした明るく賑やかな人で、強面のドカティーズたちともすぐに打ち解けていた。
家は八王子の片倉台というところにあって、JR横浜線の八王子みなみ野駅の近くに小さな洋品店を出しているそうだ。
洋品店といっても、半分は仕立て直しの工房らしい。
それを聞いたエッチからぜひ紹介して欲しいと言われ、今日一緒に来たというわけだ。
先日のトミーやアイナの衣装をペコのスマホの写真で見て、すごく興味が湧いたようだ。
「まあ、あなたたちがあの面白い服の方たちなのね。いいわいいわ、すごくいいわ。でも今日はああいう衣装じゃないのねえ」
ぜひ着て見せて欲しいと言うことで、事務所で着替えて来ることにした。
前にネット注文したものが海外から届き始めていて、うちに置く場所もないので事務所に段ボールのまま積んである。
まだちゃんと試着もしていないのだけれど。
それならとユカもついて行ってメイクもしてもらう。
その間に、俺もノートPCで参考画像を見せながら、こういう感じが面白いと思うんですよねと話をする。
グラビアアイドルの映像制作の仕事もあるので、その衣装もお願いしたいと言ったら、そっちにも興味を持ってくれた。
三十分ほどして戻ってきた三人は、見違えるくらい変身していた。
アイナは、エンジの薄い生地に細かいプリント柄のワンピースドレスで、前が重ね合わせになっていてウエストのベルトで閉じている。スカート部分はくるぶしあたりまであるけど、歩くと前の合わせから長い足が出てくる。その足は赤いウエスタンブーツ。頭には両サイドを丸めた革のカウボーイハット。インナーは黒いチューブトップにジーンズのショートパンツだ。
ラフだけどドレッシーなウエスタンガールといった感じで、長身細身のアイナによく似合っている。
トミーは、衿と胸元に細かいフリルがついた生成り地の半袖ブラウス。スタンドカラーに細い黒のリボンタイがアクセントになっている。それをサスペンダー付きのウエストだけの革コルセットできゅっと絞り、下は黒の革のショートパンツの上にオーガンジーの透けたオーバースカート。ショートパンツにはガーターベルトが付いていて、ストッキングを吊っている。むっちりとした太ももが妙にエロい。靴は黒いスエードのロングブーツ。頭にはフェルト地の丸いポーラーハットを被り、そこにゴーグルを掛けてスチームパンクっぽさを出している。
エッチは、透け透けの白いレース地の上下だ。上は片側だけ肩が出たワンショルダーのショート丈のトップスで、中には白のビスチェを着ている。下は真ん中にスリットの入ったロングスカート。お腹が大胆に見えている。足元は華奢な感じのストラップサンダル。首には同じレース地の幅広のチョーカー。そして薄ピンクのボブヘアーのウィッグを着けていた。三人の中ではいちばん露出度が高いのに、清楚なセクシーという感じでいやらしさはない。
三人三様だけど、みんなそれぞれの個性がよく出ている。さりげないメイクもばっちり決まっている。
ぺこらってぃーはきゃあきゃあとはしゃぎ、ドカティーズの男どもも指笛を鳴らしドスの利いた声で「うぉ〜」と叫んでいる。店の人たちも目を丸くして見とれていた。
「まあ、素敵! 衣装もそうだけど、こんなの着こなせる人なんてなかなかいないわよ。三人ともよく似合ってる!」
千恵子さんは近寄って三人の周りをぐるぐる回りながら、生地を触り、型を調べ、縫製を確かめている。
そして「ここはもっとフィットさせた方がいいわね」「ここはもっとたっぷりフリルを重ねたらどうかしら」「首元が少し寂しいかな。なにかアクセサリーが欲しいわね」などとアイディアを出していた。
そんな騒ぎもひと段落して、席に落ち着いて言う。
「いつもおばさん相手だから、こんな若くて可愛い子たちの服を見るとウズウズしてきちゃうわね。直しだけじゃなく、私にもなにか作らせてくれないかしら?」
「それはもう、ぜひお願いします」
「なるべくあなたたちに合うのを考えてみるわ」
「それなら一度全部お任せして、好きなように作ってもらうのはどうかな? その方が楽しいですよね?」
「ほんとに? もう張り切っちゃうわよ! でもお気に召さなかったらごめんなさいね」
「まあ、その時はその時でちょっとずつアレンジすればいいし」
「じゃあ生地やなんかもお任せして、デザイン料や仕立て賃と一緒に出して下さい。あ、先に払った方がいいですかね」
「だったら、そういうのはあなたたちが気に入ってくれた時にもらうわ。そうじゃない場合はなしということにしましょう」
「それだと仕事にならないじゃないですか」
「大丈夫。今そんなに忙しくもないし、こっちの方がずっと楽しそうだもの。それに、きっと気に入ってもらえるものを仕立てる自信も少しはあるのよ」
「わかりました。じゃあまずそういう形でお願いします。あ、材料費だけは必ず出しますから」
「そう? じゃそういうことで。あ、さっき見せてもらった画像、私にも送ってもらえるかしら?」
「ええ、わかりました」
「ペコ、エッチさんたちのこの衣装も写真に撮っておいて。細かいところまできっちりね」
なんと、ペコはお母さんからもペコと呼ばれてるらしい。
ペコが呆れ気味で「はいはい」と返事をする。
「じゃあ、あとで事務所でゆっくり撮ろうか。ここではゆっくり飲んで食べて楽しもう」
「そうだわね、そうしましょう。あ、靴とか帽子とかアクセサリーとかどうしましょう」
「それも千恵子さんのイメージに合わせて選んで下さい。いいのがあれば買っちゃっていいですので」
「そうそう、私の知り合いに革の手工芸をやってる人がいるのだけど、その人にも協力してもらっていいかしら」
「それはありがたいな。俺らからも挨拶に行きますよ」
「そうね、今度紹介するわ。採寸やサイズ合わせなんかで何度か来てもらわなくちゃいけないし、その時にでも」
「ええ、お願いします」
誰かと知り合うたびに、思い描いていたことがひとつづつ前進して行く。
これもうまく噛み合ってくれるといいのだけど。
店の好意で一時間も延長させてもらってパーティーはお開きになった。
レイナちゃんはデザートとフルーツを食べたあと、騒がしい中キッズスペースですやすやと眠っていたけど、また目を覚ましてみんなにバイバイと手を振る。
マサたちはハイエースで、ユカとかおりさんは終電間際の上り電車で帰って行った。
アイナとレイナちゃんは今日初めて新しい部屋に泊まる。まだちゃんと片付いてはいないけど。
トミーは明日の教習所があるので、アイナといったん部屋に行き、着替えてから電車で帰るそうだ。
ぺこらってぃーと千恵子さんは、俺とエッチがアストラで送って行く。
七人乗りの本領発揮だ。
天井のシャンデリアイルミネーションと向かい合わせになる後部座席にきゃいきゃいとはしゃいでいた。
そのために俺は今日も酒を飲めなかったのだけど、まあ、こんなに喜んでくれるならよしとしようか。