118. 引っ越し準備
アカチャンホンポでチャイルドシートを二つ買った。
ついでに離乳食やおやつの補充もしておく。
店員さんに「二歳を過ぎたら離乳食よりも幼児食がいいですよ」と言われてキッズフードの売り場に案内された。
中華丼やハンバーグやカレーやハヤシライスやラーメンやうどんやお茶漬けやクリームスープなど、大人と変わらないメニューが揃っていた。味が濃くなくて柔らかいものなら、大人の食事を少しずつ与えてもいいそうだ。
そうか、もう赤ちゃんではないのか。日に日にどんどん成長しているんだな。
トミーはそれを聞いて「子供の食事のレシピ本を買おう」と本屋に向かった。
俺は買ったものをクルマに積むために、いったん駐車場へ。
やっぱり荷物がたくさん運べるのはいい。まだまだ積めそうだ。
どこかで合流しようと思ったけど、ららぽーとは広大過ぎてどこになにがあるのかさっぱりわからない。
本屋を探してうろうろしていると電話が来て、本屋が見つからないので一階の真ん中あたりのトイザらスにいると言う。
行ってみると、トミーはおもちゃのドラムセットの箱を抱えていた。
箱の写真を見ると、バスドラムにタムかスネアかわからないような小太鼓が二つとシンバルがひとつ、それと椅子とスティックのセットだ。もちろんみんなプラスチック製だけど。
「おいおい、もう音楽の英才教育を始めるんじゃないだろうな。これ三歳から六歳って書いてあるぞ」
「いいじゃんいいじゃん、もうすぐ三歳なんだから」
そういうエッチはおもちゃのピアノの箱を持っている。これも三歳から六歳用だ。
「これは一歳から四歳用だからいいだろ」
ベースギターはなかったようで、アイナはおもちゃのラッパを買っていた。
こりゃ騒音の苦情が来そうだな。
そのレイナちゃんはといえば、アイナとおそろいの帽子を被り、ハート型のピンクのサングラスを掛けて得意げだった。
なら俺もと、積み木セットを買ってやる。
積み木は、表にいろいろな絵が描いてあり、その裏には大きくひらがなが描いてある。二歳から五歳用だ。今の年齢にぴったりだろう。
うん、みんなして親バカぶりに拍車が掛かっている。
もう一度大きな箱をいくつもクルマに積むはめになった。
それから遅い昼食を食べに三階のフードコートに向かう。
レイナちゃんも食べられるものということで、びっくりドンキーのハンバーグセットにした。
「あんなにいろいろ買ったら、レイナちゃんが目移りして、あれもこれもって中途半端になっちゃうんじゃないか?」
「そうだね。ちょっといっぺんに買い過ぎたかも」
「じゃあひとつずつ順番に遊ばせるようにしましょう」
「まずはラッパからだな」
「ええ? ピアノでしょ?」
「音楽の基本はリズムなんだからドラムからだよ」
「積み木がいちばん喜びそうだけどな」
「「「それはまた別!」」」
なんやかんや話がまとまらない。レイナちゃんはどれに興味を持ったんだろう。
「レイナちゃんは、なにで遊びたい?」と聞いてもきょとんとしている。まあ、見ただけじゃわかんないだろうな。
しばらく考えて
「んとね、クレヨン」
「お、お絵描き好きなのか?」
「テレビ、見た」
「そうか。じゃあそれも買って帰ろうな」
「うん、ありがと、ハナ」
おもちゃのサングラスの奥でにっこりと笑った。
ほら、おにいちゃんのハンバーグも一口食べるか?
「でもさあ、あんまりなんでも買い与えないでくれよな。嬉しいけどさ。ねだれば買ってもらえるって思っちゃったらマズイだろ」
「う〜ん、そう言われてもねえ」
「ついつい買ってあげたくなっちゃよね」
「不自由はさせたくないし」
「でも、わがままに育っちゃうのもねえ」
「どうしたらいいんだろ」
「アイナ、どうしたらいい?」
「そんなの、あたしだってわかんないよ。子育ての経験なんてないんだし」
「そういう時はかおりさんに聞いてみたらどうだ?」
「そうだね、今度聞いてみよ?」
「うちのお母さんにも聞いてみる」
「うん、頼むよ」
「あの保育園にも見学に行ってみよう」
「そうだね。プロの力を借りるのがいいかも。戻ったら見学の申し込みしておくね」
「じゃあいったん荷物を運んじゃおうか」
「新しい部屋に?」
「ん、あそこじゃないのか?」
「まだなんにもないし」
「アイナはいつから住むつもりなの?」
「できればすぐにでも。レイナと電車で来るのもけっこう大変だしさ」
「だよね。電車の中でむずかったりしない?」
「うん。ずっと窓から外を見てるよ」
「そっか〜、えらいねレイナちゃん」
「でんちゃ、ちゅき。くるまも、ちゅき」
「乗り物が好きなんだね」
「クルマの中でも楽しそうだしな。じゃあ今日中に運べるものだけ運んじゃおうか? とりあえずふとんがあれば寝られるだろ」
「あのクルマならほとんど運んじゃえるしな。そうしてくれるか?」
「ああ、そうしよう」
「みんなで行く?」
「それだと荷物が全部は入んないかも」
「じゃハナとアイナで行ってきて。私たちはどうしよっか?」
「私は、親方の仕事を手伝いに行こうと思ってて。でも家具とかも早く揃えて私も引っ越したいし」
「お前、今日から自動車教習所じゃなかったっけ?」
「あ、そう、それもあるの。四時からね」
「事務所のビルの上の階だろ? あんなとこでどうやって運転の練習するんだ?」
「なんか、曜日によってあっちこっちの練習コースに行くみたい」
「へ〜、そらまた大変だな」
「でもね、夜間なら立川周辺で路上練習するから、それにしようと思って」
「夜って、何時から?」
「七時四十五分から」
「じゃあバンド練習できねえじゃねえか」
「だから一日置きにね」
「そっか、それならまあやれるか。今日もスタジオ取ってあるんだよな?」
「うん、いつもの二階の青スタ、今日は八時からね。一日置きに一ヶ月先まで予約してあるよ」
「明後日はぺこらってぃーと練習だったよな」
「うん、そっちは三階の大きなスタジオで七時半からね」
「じゃ、そろそろ行くか」
「私はいったん工事現場で降ろしてもらえる?」
「了解」
黒いシボレーアストロで乗りつけた俺たちに、職人さんたちが目を丸くする。
「このクルマ、どうしたんすか?」
「ちょっと事情があってね、買い替えたんだ」
「へ〜、あのハイラックスもよかったのにな」
「こりゃまたごついクルマっすね。いくらしたんすか?」
「すごく安かったよ。180ちょっと。まあ2003年型だからね」
「中、すごいっすね!」
「子供がいるし、こっちの方が快適だろ?」
「なるほど、そうっすね」
二列目の左側のシートには、さっき買ったチャイルドシートが据え付けてある。
「レイナちゃん、こんなクルマに乗れていいねえ」
「あい」とちっちゃなウェスタンハットとサングラスで答える。
そうして順番に頭を撫でられていた。
トミーが親方に「なにか手伝うことは」と訊くと、今のところ急いでやってもらうようなことはないと言うことだった。
それならとみんなで新しい部屋に向かう。
うちの事務所からは道を二本挟んだ距離にある七階建ての小奇麗なマンションの六階だ。
玄関を入って、右に6.4畳の洋室、前にリビングの扉。洋室はトミーの部屋になるらしい。リビングは8.6畳で、右側に3畳くらいのキッチンが引き戸で区切られている。左側は襖戸の6畳の和室で、普段は開け放しにしてリビングの延長のように使うようだ。そしてアイナとレイナちゃんの部屋でもある。ベランダはわりと広めで、リビングからもキッチンからも和室からも出られるようになっている。
東南の角部屋だから、わりと明るくて静かだ。でも、周囲には同じような高さのビルが並んでいるので見晴らしがいいとは言えない。
いちおうハウスクリーニングは済んでいるはずだけど、ガランとした部屋は人気がなくて少し埃っぽい。
ベランダを開けて空気を入れ替える。掃除をしようにも掃除機も雑巾もバケツもない。エアコンをつけようにも電気もまだ通じてない。
まずは電気やガスや水道の開通をしないとな。ネット回線やWi-Fiも必要だ。
レイナちゃんはトコトコと歩き回って、トイレや洗面所や押し入れの戸を開けて覗いて回っている。
クルマから荷物を運び終わると、エッチたちはあちこちの寸法を測っていた。
エッチとトミーは家電製品を買いに行くことにしたようだ。
「じゃあハナとアイナは中野坂上から荷物を運んできて。レイナちゃんはどうする?」
「あたしが一緒に連れてくよ。買い物はそっちに任せるからよろしくな」
「うん、わかった。じゃあここで待ってるね」
そうして二手に分かれて、俺たちは中野坂上に向かった。