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116. ハイエースとアストロ

 エッチと充分に鋭気を養って、ぐっすりと寝て、溌剌とした気分で中古車屋に向かった。

 コペンの運転席で髪をなびかせるエッチの顔も、つやつやと輝いて眩しい。

 調布インターで下りて甲州街道を東に向かい下布田を過ぎたあたりに、その店はすぐに見つかった。

 店頭に四、五十台もずらりと並んでいるのは、ランクルやプラドやジープやエクストレイルなどのヘビーデューティな車種が多い。

 店構えもきれいで、奥の事務所の横には整備工場もある。

 アイナの父親の店とは大違いだ。

 店に入り、マサから聞いた大石さんと言う人を訪ねる。

 すぐに整備工場の方からつなぎを着たアゴ髭の人が現われた。四十代そこそこの、いかにも兄貴分といった風格のある男だった。


「マサがいつもお世話になってるそうで。うちのおすすめのハイエースを見てやって下さい。こちらです」

 挨拶もそこそこに、店の外に歩き出す。うん、話が早くていい。

 整備工場のそばに停めてあったのは、ハイエースワゴンのスーパーカスタムリミテッドというグレードのクルマだった。

 上半分がパールホワイトで、下半分がグレー。よく整備されているようで、古い型とはいえすごくきれいだった。

「どうですか。2001年型なんですけど、外も中もバッチリですよ」と側面のスライドドアを開けて見せる。

 二列目には二つの独立したシート。その奥には三人掛けのベンチシート。ベルベットに似た生地のグレーのシートは破れもヘタリもなくきれいで、座り心地もよさそうだ。床にもプリント柄のフロアマットが敷き詰められている。

 二列目の二つのシートは個別に回転して三列目と対面に出来る。そうすると間に足を伸ばしても届かないくらいの広々とした空間が出来、小さなテーブルでも置けそうだ。スライドさせてくっつけて背もたれを倒すとベッドにもなる。キャンピングカーとして使う人も多いそうだ。

 運転席や助手席も同じようにきれいで、二十年以上前のクルマとはまったく思えない。

 座ってみると足元も広くゆったりと運転できそうだ。

 エッチも助手席に座って「広〜い!」と感激している。

 ハンドル周りや計器類にちょっと年代を感じるけど、それはまあ当然だ。

 カーナビも標準装備で付いている。

 天井には、前、真ん中、後ろと三つもサンルーフが付いていて、サイドウィンドウも広いので車内がすごく明るい。

 そして荷台は、三列目のシートがあっても充分に荷物は積めそうだ。シートを前にスライドさせればスペースは倍以上になる。

 もう一度外回りをぐるっと見てみる。錆や凹みもないしキズもほとんどない。

 文句の付け所がなかった。

 仕様表を見せてもらうと、3000ccのディーゼルターボチャージャー付き、4速ATの2WD、型式は2001年の100系で、走行距離は21万km。ボディサーズは全長4690mm×全幅1690mm×1990mmだから、ハイラックスよりもひと回り小さいくらいだ。ハイラックスは長さが5320もあったので停められる駐車場を探すのもひと苦労だったけど、これならそういう心配もない。

 CD/DVDプレーヤーも装備されていて、19インチのアルミホイールも新品みたいだ。

 

「これ、いくらでしたっけ?」

「本体が125万に諸費用18万の143万ですね。あと車検や自賠責は別料金になりますけど」

「それでもずいぶん安いですね。それはどうしてですか?」

「年式が古いのと走行距離が20万キロ越えなのと、あとこれ事故車なんですよね」

「そうなんですか」

「けっこう逝っちゃってたんですけど、エンジンや足回りは問題なかったんで、あちこちからパーツを集めてほとんどレストアしたようなもんです。実はこれうちの従業員用にしようと思って趣味がてらいろいろ手を加えたんですわ。少しローダウンしたりフォグランプつけたり、タイヤも新品の235の50履かせてますから」

「え、それなのに売っちゃっていいんですか?」

「うちの方は別にすぐに必要ってわけでもないですしね。それにまあマサの頼みだし、ヘタなクルマは売れないですから。気に入ってくれた人に買ってもらえば俺としても嬉しいですよ」

「それはどうもありがとうございます。エッチ、どう?」

「うん、きれいだし乗り心地良さそうだし、いいと思う」

「じゃあこれ買わせてもらいます」

「こりゃ話が早くていいや。ありがとうございます。じゃ全部で140にしときますわ」

「いやいや、これ以上安くしてもらえないですよ」

「いいっていいって」

 その時、エッチがちょいちょいと袖を引っ張った。

「ん、どうかした?」

「あれ、なんだろ?」

 指差したのは、端の方に停まってる黒いクルマだった。フロントグリルには十字のマークが付いている。ここで売っている車種とはちょっと毛色が違っていた。

「ああ、あれはシボレーのアストロですわ。あれも面白いクルマですよ。ちょっと見てみますか?」

「うん、見たい」

「じゃ、ちょっと見せて下さい」

 近くに寄ると、二段になったヘッドライトの上に『STARCRAFT』と書いてある。

「スタークラフトっていうグレードなんですか?」

「ああ、それはカスタムメーカーの名前です。このクルマをキャンピングカーにカスタマイズしてた会社です」

「してたっていうと、今は?」

「このクルマは2005年で生産中止になっちゃってるんです。これはたしか2003年型だったかな?」

「ほ〜」

「これはそんなにキャンピング仕様にはしてないですけどね」

「わ、なんか中すごい豪華だよ!」

 窓から覗き込んでエッチがはしゃぐ。

 大石さんがドアと右サイドのスライドドアを開けて見せてくれた。

 まず目が行くのは革張りの黒いシート。ふかふかで、うちのソファよりも高級そうだ。

 運転席と助手席の間に人が通れるくらいの隙間がある。二列目のシートの間もそうだ。

「ウォークスルーっていうやつで、前と後ろを行き来しやすくなってるんです。これ前のオーナーが特注したみたいで、助手席が回転するんですよ」

 そう言って、助手席をくるりと回して見せる。後部座席と対面になった。

「横向きで固定することもできます。それだとリクライニングはできませんけどね」

 そうすると運転席に向き合う形になった。

 エッチが「うおー!」と歓声をあげる。

「こっちのシートも回転しますよ」

 大石さんが今度は二列目のシートを両方とも回転させると、三列目シートと向かい合わせになった。

 そして三列目シートの背もたれを倒すとフルフラットになって、二列目シートとくっついて立派なベッドに早変わりした。

 エッチがそこに乗り込んでごろりと横になる。

「これ最高! ふわふわで足も伸ばせて、これならどこでも寝られちゃうよ」

 そして上を見上げてさらに驚く。星のように小さなLEDイルミネーションがが天井と両サイドにずらりと光っていた。

「あ、あそこにテレビまで付いてる!」

 後部座席から見れる液晶モニターが上に付いていた。

「ちょっとこれの書類持ってきますんで、ゆっくり見てて下さい」と大石さんが事務所に戻って行った。

「ねえ、これ良くない?」

「そうだな、こっちもいいな」

「いくらなんだろ?」

「さあ〜、これなら300万以上はしそうだけど」

「そっか〜、やっぱ高いよね」

 エッチがしょぼんと意気消沈する。

 運転席に座ってみると、ハイエースほどではないけど、ボンネットが小さくて視界もいい。

 助手席との間にスペースがあるので、フロアシフトではなくハンドル横のコラムでシフトチェンジするようだ。

 なにより本革シートの座り心地がいい。どれだけ運転しても疲れなさそうだ。

 後ろを振り返ると、後部座席の足元が広々している。これなら同乗者も窮屈な思いはしないだろう。

 エッチは後ろの席でじゃばらのバイザーを降ろしてみたり、サイドの小物入れを開けてみたり、天井のライトをつけたり消したりしてみていた。

 大石さんが戻ってきて仕様表を見せてくれる。

 まず値段を見てびっくりした。

 186.4万だ。本体178万と諸費用8.4万。

 思っていた半分くらいだった。

「なんでこんなに安いんですか?」

「これ最近あんまり人気ないんですよね。昔は軽く300万くらいしたんだけど」

「それはまたどうして?」

「燃費がねえ。最近はガソリン代高いから。リッター110円台だった頃は人気車種だったんだけどね」

「燃費、どのくらいなんですか?」

「そうだなあ、レギュラーで5.5、ハイオクだと6.5くらいかな?」

「あっちのハイエースは?」

「あれは軽油だからね。リッター9キロくらいですね」

「なるほど」

 この頃は、レギュラー183円、ハイオク193円、軽油だと163円が相場になっている。

 軽油でリッター9キロとレギュラーでリッター5.5キロだとかなり違う。一日20キロ走ると362円と665円だから倍くらいの差だ。

「でもガソリン代は経費になるんでしょ?」とエッチが言う。

 まあ、それはそうだけど。

「会社で使うんですか?」

「ええ、いちおう会社名義で買おうと思ってますけど」

「それでも出費には変わりないですからねえ」

「ん? これって車検付いてるんですね」

「ああ、来年4月まで残ってますね」

「じゃあすぐに乗って帰れたりしますか?」

「名義変更やなんかが必要ですけどそれは後日でもいいですし、整備も済んでますから、手付けさえもらえれば乗って帰れますよ」

「そうですか、ふ〜む」

「タイヤは新品じゃないですけど減りもないですし、走るのに不安はないですよ」

「なるほど。ちょっと相談してみます」

「ええ、じっくりどうぞ」

 大石さんはまた事務所の方に戻って行った。

 シボレーアストロの運転席と助手席に座って、エッチと話をする。

「これ、気に入ったみたいだね」

「うん。さっきのハイエースもよかったけどね」

「こっちの方がいい?」

「だってこのシートとか後ろのベッドとか」

「あっちも同じようにできるよ?」

「まあ、そうなんだけど」

「こっちの方がカッコいいよな」

「そうそう、断然カッコいいよ。ハイエースも悪くはないけどさ」

「じゃ、両方買っちゃうか」

「え、両方?」

「アイナのハイエースもそうとうガタがきてただろ?」

「うん、ミシミシ言ってた。それになんか臭いし」

「あれもあんまり乗りたくないよな。プロボックスも」

「だよね〜」

「それに、あの二台とも名義はアイナの親父さんの店なんじゃないか?」

「いちばんいいのを勝手に乗って来たって言ってたから、だぶんそうかも」

「だったら、あれは返しちゃって、この二台を買おう。アイナたちだって足がないと不便だろ?」

「そうだね。トミーも免許取りに行くしね」

「レイナちゃんもいるしな。危ないクルマには乗せられないだろ」

「うんうん」

「ということで、どっちも買っちゃおう。どっちも荷物いっぱい積めるし、値段も安いし」

「ハナがそれでもいいなら」

「エッチは?」

「もちろん、大賛成!」と満面の笑みを浮かべた。

「だけど、私こんな大きいの運転できるかな?」

 仕様を見ると、4860×1980×1880mmだ。ハイエースより若干大きい。幅がハイラックス以上あるので、取り回しはちょっと大変かも知れない。

「ハイエースなら長さに慣れれば大丈夫じゃないかな? こっちは幅がハイラックス以上あるから取り回しはちょっと大変かも知れないな」

「そうだね、こっちはハナに任せるよ。私は助手席で充分」と、くるりとシートを回転させてこちらを向いて笑った。

「よし、じゃあこれも買って乗って帰ろう」

「は〜、また無駄遣いってアイナに怒られそう」

「あはは、でもハイエースはほとんどアイナが乗ることになりそうだけどな」

「だね。アイナの入社祝いのようなもんだね」

「あ、そうだ、それで思い出した。アイナの通帳にいくらか振り込んでおこう。口座番号わかる?」

「うん、メモしてあったと思う。でも、なんで? お給料の前払い?」

「いや、そういうわけじゃないけど、賃貸契約するのに二、三ヶ月分の残高があった方がいいって不動産屋が言ってたから」

「ああ、そういうことね。じゃあ支度金みたいな感じでこっちとそっちから20万くらいずつ入れとく?」

「うん、そうしよう」

 話はまとまった。大石さんに二台とも買うと言うと驚いていた。

「いっぺんに二台買うんですか? まあうちとしては大歓迎ですけど、税金とか駐車場とかいろいろ掛かっちゃいますよ」

 駐車場は、うちの、マンションの近くに二台分と事務所のマンションに一台分借りてあるから大丈夫だろう。今はプロボックスを停めてあるけど、すぐに返すつもりだし。いざとなれば工事現場に置いておいてもいい。

「駐車場は問題ないですけど、税金というのは?」

「ちょっと計算してみますわ」

 資料をめくって電卓を叩いて紙にメモしてくれた。

 ハイエースは8ナンバーの特殊用途自動車登録で、3000ccの2トン以下なので自動車税が年59000円、重量税が年12600円、自賠責保険が年12,670円。

 アストロは1ナンバーの普通貨物自動車登録で、4300ccで2トンを越えているので自動車税が年84500円、重量税が年13200円、自賠責保険が年18230円。

 まあ自動車税が高いくらいで、そんなに変わりはない。

「じゃあアストロの方も次の車検の時に8ナンバーに変更したらどうです? 1ナンバーだと車検が1年ごとですけど8ナンバーなら2年ごとでなので。金はそんなに変わらないですけどね」

「そうですね、その方が手間がなくて済むかな。これからもそのへんお願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろん。うちは整備工場もやってますから任せて下さい。なんかあったらいつでもどうぞ」

「よろしくお願いします。で、さっそくなんですけど、今日アストロに乗って帰って、ハイエースの方の車検や名義変更なんかをやってもらって、それが出来た時にクルマを交換してアストロの方にカーナビとドラレコを取り付けて欲しいんですよ。あ、ハイエースの方にもドラレコお願いできますか? 全部の費用はまとめて今日払いますので」

「わかりました。会社で購入するなら、登記事項証明書か印鑑証明書、それと代表者の実印、そして車庫証明も必要ですね」

「それ今度でもいいでしょうか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「車庫証明はまだ前のクルマのままなんですけど」

「それなら前のクルマを処分したところから買取証明書みたいなものをもらって下さい」

「わかりました、それも今度来る時に持ってきます」

「じゃあ、金額ですけど二台合わせて329万4000円を320万ということにしましょうか。あとカーナビにドラレコでしたね。なにか希望のメーカーとかありますか?」

「いや特には。出来れば同じのがいいかな」

「それならアストロの方もドラレコ一体型のカーナビにしたらどうです? あのドラレコもずいぶん古い型だし」

「そうですね、それでお願いします。あ、ETCはどっちも付いてましたっけ?」

「アストロだけですね」

「じゃあ、それも一緒に買い替えで」

「わかりました。じゃあ見積もってみますんでちょっとお待ち下さい」

 二台のクルマと、カーナビ、ドラレコ、ETCを載せ替えて、合計が333万円。取り付け費用はおまけしてくれるそうだ。そしてハイエースと交換して預ける時に、アストロもポリマーコーティングしてくれるということだ。

 やはり金額が大きいとサービスも大きい。

 ハイエースの分は野木エステートから、シボレーアストロの分はコケティッシュ・ビジュアル・プロダクションから、オンライン振り込みを済ませた。


 店を出て近くのガソリンスタンドでハイオクを満タンにすると、100リッター入って19300円だった。これで6、700キロは走れるはず。だけど満タンにするとハイエースより重く感じる。こりゃ満タンにしないほうがよかったかな。

 でも4300ccの排気量は頼もしい。運転も楽しいし、居住性がすごくよくて快適だ。

 この広い室内にひとりで乗っているのはなんだかもったいない。

 前を走るエッチがバックミラーでちらちらとこっちを見て笑っていた。

 信号待ちの時に電話が鳴って、エッチが「すごくカッコいいよ!」と言った。

 うん、俺も満足。ハイエースがなくなった時の寂しさがようやく晴れた気がした。

 でもこれからはもう大きな買い物は控えようと心に誓う。

 ……なるべくね。


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