恋愛脳探偵のただれた質問
「是非、本物の探偵の鈴谷さんの意見を聞きたいと思ってね」
そう彼女、都筑さんが何故か不遜な表情で言うのを聞いて、少々僕は後悔していた。“頼むから、変なことは言わないでよ”と。既に充分に変なことを言っているような気がしないでもないけど。
片眉を上げて鈴谷さんはそれに応える。
「私はいつから本物の探偵になったのかしら?」
彼女は大学の民俗文化研究会というサークルに所属している女子大生で、当然ながら、探偵と表現できるような肩書ではない。ただ、多分、都筑さんが言っているのは、職業としての探偵の事ではなく、いわゆる推理小説に出て来るような探偵的役割の人の事なのではないかと思う。それなら、まぁ、鈴谷さん本人は認めないだろうけど、探偵と言ってしまっても良いかもしれない。彼女は頭がよく切れて、ちょっとした謎を簡単に解いてしまったりするのだ。
都筑さんとはまったく知り合いでもなんでもなかったのだけど、何故か彼女はいきなり新聞サークルにいた僕を訪ねて来て、どういう脈略なのかはまったく分からないのだけど、「鈴谷さんを紹介してくれない?」などと頼んで来たのだ。
どうも、鈴谷さんはあまり人付き合いは好まない。そんな彼女に相談したい事があるので、彼女と懇意にしている(と、都筑さんは思っているらしい)僕に協力を求める事にしたようだ。
「“将を射んとする者はまず馬を射よ”。やっぱり、女の子と知り合いになりたいと思ったら、その彼氏と仲良くなるのが手っ取り早いってワケ」
と、都筑さんは言ったが、僕は鈴谷さんの彼氏になれている覚えはまるでなかった。もっとも、その勘違いはとても嬉しかったのだけど。
僕がその勘違いを否定せず、そのまま鈴谷さんのいる民俗文化研究会のサークル室に都筑さんを案内したのは、ただ単に“鈴谷さんに会いに行ける切っ掛けができた”と思ったからだった。
僕は鈴谷さんに、それはもうえらい勢いで惚れまくっているので、常に彼女に会うチャンスを探しまくっているのだ。……一応断っておくけど、健全な男子です。
しかし、都筑さんを鈴谷さんに引き合わせていきなり後悔をした。都筑さんは全体的にコンパクトであるにも拘わらず、多少幼い気配がないこともないけど、大人っぽい姿形をしている。その大人っぽい見た目に騙されて、鈴谷さんに迷惑をかけたりはしないだろうと僕は高をくくっていたのだ。が、彼女はいきなり「わたしは恋愛探偵を自称しているのだけど」とかなり変な事を言ったのだ。
初対面だからと遠慮しているだけで、それを聞いた鈴谷さんが突っ込みを我慢しているのは容易に察せられた。何しろ、僕だって思わず引いてしまったほどだ。
そしてそれから彼女は「実はちょっと変わった事件があってね」などと言って喋り始めた。
都筑さんが言うには、最近、都筑さん達女生徒のグループを、ある男生徒がちょくちょく観察しているというのだ。その男生徒は背が高く、不愛想ではあるが顔はクール系で悪い外見ではないのだとか。
初めの頃は、彼女は単なる気のせいだと思っていたらしいのだけど、それにしては偶然が過ぎるくらいによく見かける。食堂でもよく見るし、講義も同じ時間帯を狙っているように思える。それで彼女は「ははーん」と思ったのだそうだ。
「わたしの女友達は、はっきり言ってレベルが高いのよ。だから、誰かを狙っているのじゃないか?って直ぐにピーンと来たワケ。そういうのにはわたし鋭いのよ。だから、あなたと彼の関係も気が付いた」
もちろん、鈴谷さんと僕の関係については彼女の勘違いだ。鈴谷さんは何の事なのか分かっていない様子だったけど、スルーをしたようだった。他愛もない話だとでも思ったのかもしれれない。僕はちょっとホッとした。
……あまりに頻繁にその男生徒を見かけるものだから、彼女は彼と一度話をしてみる事に決めたのだそうだ。不愛想を不器用と良いように捉え、勇気を持てないでいる彼の後押しをしてあげようと思ったらしい。良し悪しは別にして行動力は凄いと思う。
『あなた、わたし達のグループに気になる人がいるのでしょう?』
と、彼女が尋ねると、意外にも彼はあっさりと『いる』と返した。それで『誰? 話してみて。上手くセッティングしてあげるわよ』と彼女は言ってみたのだそうだ。ところがそれに彼は少しだけ考えるような素振りを見せた後で、『いい。君にはちょっと難しいと思うから』などと応えたらしい。しかも、具体的な相手も言わない。ただ、やっぱりグループの中の誰かではあるらしい。
「“わたしなら、絶対に上手く伝えてみせる。協力してあげるから”って言っても、“絶対に無理。物理的に”としか言わないのよね。失礼な話だわ。そーいうのは得意なのに。こー見えても恋話は得意なのよ!」
そう彼女は語り終える。正直、“恋愛探偵”と言うよりは、彼女は“恋愛脳探偵”だと僕は思った。もし、その男生徒が、何か別の目的で彼女達に近づこうとしていたらどうするつもりなのだろう? 危険かもしれない。そう思っていたら、
「まず、その男生徒が安全な人なのかどうか確かめてみるべきだと思うわ」
と、案の定、鈴谷さんは忠告した。まあ、普通はそれをまずは心配するよね。それに都筑さんは、
「それは大丈夫。恋愛探偵の眼力を信頼しなさいな。彼は嘘は言っていない」
などと返した。
その自信がどこから湧いてくるのかが分からない。
それを受けると鈴谷さんは軽く頷く。
「もしそうだとするのなら、確かにおかしいわね。彼はあっさりと恋愛対象があなた達の中にいる事を認めている。なのに、それが誰なのかを言おうとしない。あなたの話し振りからして照れている風でもないのでしょう?」
“言ったら、却ってこじれるとでも思っているのじゃないかな?”と僕は心の中で呟いた。「そうなのよ。奇妙でしょう? 一体、どういうつもりなのかしら?」と都筑さんは応える。ところがそれを聞くなり鈴谷さんはこう返すのだった。
「でも、それなら答えは一つしかないわ」
「へ?」とそれに都筑さん。
「何か分かったの?」
「ええ。もしその彼が一切の嘘を言っていないのだとすれば、答えはただ一つ。恋愛対象は……」
そう言って彼女は都筑さんを指さした。
「あなたよ、都筑さん。
彼が気になっているのがあなただったから、彼はあなたには上手く伝える事は無理だと言ったのじゃないかしら?」
それを聞いて僕は目を丸くした。
こんな変な人を気に入るはずがないと頭から思い込んでいたから思い付かなかったけど、確かにそれなら合点がいく。
都筑さんを見てみると、顔を真っ赤にしていた。……彼女は、自分の事になると、どうやら一気に弱くなるタイプらしい。