表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花恋物語  作者: 村野夜市
83/164

83

アザミさんは、戦場の最前線で人間に混じって戦う部隊の、隊長のようなことをしていたそうだ。

戦師にもいろいろいて、そんなふうに、直接刃を交えるところにいる狐は、実は意外と少ない。

よほどのことがない限り、直接には手は出さないものらしい。

だいたいは、裏側にいて、あれこれ工作をしたり、敵の策を防いだりしている。

ことに、藤右衛門の代になってからは、そんなふうに戦場に出ることはほとんどなくなったそうだ。


けど、アザミさんが隊長をしていた頃は、そんな部隊はいくつもあった。

妖狐にとって、人間の兵士など、それほど脅威ではない。

腕力も速さも生命力も、妖狐と人間では、くらべものにもならないからだ。


だから、妖狐の加勢した軍は強い。

数は少なくとも、ぐいぐいと勝ち進む。

敵にとっては、これほど厄介なものもない存在だったそうだ。


アザミさんの部隊が戦っていたのは、大王の軍勢だった。

大王は、しばらく前にどこかからやってきて、あの大きな都を作った人間たちの長だ。

この地に昔からいる、いわゆる旧きモノたちは、最初、敵対も協調もしなかった。

どうぞご勝手に。

あ、でも、都は楽しそうだから、たまには、見物に行ってみるかな?

そのくらいの感覚だった。


大王の都はますます繁栄して、そこに集まる人間も増えた。

すると大王は、多くの旧きモノたちに、恭順を誓え、と言ってきた。

たしか、妖狐の郷も、当時の郷長は、おとなしく恭順を誓うと返事したはずだ。


けど、なかには、余所者に仕えるなど、真っ平だと言った人間たちもいた。

すると、そこは戦になった。

大王は、従わぬモノは、徹底的に潰しにかかった。

マツロワヌモノは征伐せよ、の檄は国中に響き渡り、民は、敵味方に分かれて争い始めた。


に、したところで、狐にとってそれは、所詮、対岸の火事だった。

人間同士どれだけ争おうと、狐には関係ない。

そっちで勝手にやってくれ、って感じだ。


だけど、旧きモノたちのなかには、狐の郷との古い付き合いのある人間たちもいた。

交易や協力、そういうことで、妖狐も長い間、人間たちとうまくやってきたんだ。

人間に憎まれないための、それは方便でもあったのだけれど。

この期に及んで、それが、狐自身の首を絞めることにもなった。


狐は情が深い。

こういうとき、それは、最大の弱点になる。

縁のあったモノが困っているのなら、助けに行かにゃなるまい。

なんの疑問も持たずに、そう考えるのが、狐なんだ。


狐の加勢した軍勢は、大王の大軍をも押し返す。

あやつらは、何故、あれほど、強い?

そりゃ、大王だって考えるだろう。

そうして、狐は、うっかり大王の敵に回ってしまった。


相手が狐だと分かれば、大王は徹底的にその対策を取ってきた。

大王のお抱えには、怪しい異国の術を使う術師も大勢いるらしい。

虫憑き、もその術のひとつだったようだ。


最前線にいたアザミさんたちの部隊は、薬が不足しがちだった。

花守様からは多めにもらってくるのだけれど。

怪我したときの痛み止め、化膿止めというのは、まあ、一番正しい使い方だ。

その他、頭痛歯痛腹下し、風邪に寝不足ちょっと疲れたときにも。

とにかく、どんな不調にも、狐の秘薬を飲んでいたもんだから。

そりゃあ、いくらあっても足りはしない。

かと言って、そうしょっちゅう、郷に補給には戻れない。

ときどき、郷からの連絡係は、行李いっぱい薬を持ってきてくれるけど。

それでも、到底、足りなかった。


そんなとき、部隊に現れたのが、謎の薬売りの小僧だった。

小僧はいろんな薬を持っていた。

最初のうちは、その薬に害なんてなかった。

それどころか、薬はどれもよく効いた。

花守様の薬よりいいんじゃないかと言うモノもいたくらいだ。

小僧はいつも大歓迎され、持ってくる薬は全部、飛ぶように売れた。


けど、それは狐を安心させ、信用させるための、小僧の策だった。


あるとき、突然、いっぺんに五人の戦師が狂った。

狂った戦師は、味方の部隊を攻撃し、慌てて止めた仲間が、何匹も犠牲になった。

正気を失い、真の本性まで現して暴れる仲間を無傷で止めるなんて、不可能だった。

結局、五人すべて、失うしかなかった。


そのころはまだ、施療院に直接転送する術はなかった。

酷い怪我を負った狐は、仲間が郷まで運ぶしかなかった。

戦の加勢もそっちのけに、狐たちは仲間を運んだけれど。

大勢の仲間が、結局、手遅れになった。


そうして、アザミさんの部隊は、一瞬で壊滅した。


真の本性を現して暴れた妖狐に、味方していた人間たちも恐れをなした。

そうして、結局、長く続いたはずの彼らとの縁は、ぷっつりとそこで切れてしまった。


そんなことが、あちこちの部隊で起こっていた。

けれど、皆、突然仲間がおかしくなった原因が、あの謎の薬売りだとは気付かなかった。

薬売りは、騒動の後に、傷薬を持って、駆け付けまでした。

苦しむ仲間を、遠い施療院にまで運ばなければならなかった狐たちは、小僧の薬に感謝すらした。


一度郷に戻った戦師たちは、無事な狐たちが再編されて、新しい部隊になった。

そうしてまた、戦場へと送られていった。

大王と敵対していない部隊には、そんな被害はなかった。

おそらくは、大王付きの術師の術に違いない。

その程度のことは、推測されていたけど、それ以上のことは、何も分かっていなかった。


戦師が狂うのは、虫に憑りつかれていたせいだ。

それが分かったのは、ずいぶん経ってからだった。

斬られようとした戦師から、突然、虫が逃げ出したのだ。

後に残された戦師のからだは、まるでセミの抜け殻のように、中には何も残っていなかった。


けれど、虫憑きとそうでないモノとを見分ける術はなかった。

虫憑きは、ある日突然、狂いだし、味方に大きな被害を与える。

そういうことが何度も繰り返された。


少しずつ、少しずつ、旧きモノたちの間でも、妖狐に助力を求められることは減っていった。

妖狐は突然狂って暴れだす。

強力な味方というより、当てにならない恐ろしいモノ、だと言われるようになった。


それでも、妖狐たちは、求められれば、力を貸し続けた。

戦師たちは、人間に力を貸して、共に戦った。


次第に、突然、虫憑きが狂って、暴れだすということはなくなっていった。

これでようやく、虫憑きの脅威も去ったかと思われた。


前線で戦うモノにとっては、戦とは、臨機応変に動かなければならないことのほうが多い。

綿密に策を組み立てても、その通りになど、なかなかいかないものだ。

大なり小なりの失敗も、そんな日常にはつきものだった。


それにしても、肝心なところで、大きな失敗をする。

アザミさんの相棒は、それを、三度、繰り返した。

三度目に、アザミさんは、悟った。

そうして、大切な相棒に、刃をむけた。


もうずっと、相棒は相棒じゃなかった。

それを知ったとき、アザミさんは、自分の生きてきた時間のすべてが、空白になった気がした。

自分の信じていたもの、大事なものが、全部幻みたいに消えていった。


もうこれ以上、生きていたくない。

そう思いながらも、生き続けたのは、せめて、相棒の敵だけは取りたいと考えたからだった。


世界を彷徨し、妖狐の噂を追い続け。

そうして、ようやく、アザミさんは、相棒の敵を討った。


そのとき、アザミさん自身も深手を負った。

薄れゆく意識をゆっくりと手放しながら、それでも、アザミさんは満足だったらしい。

最後に相棒が、にっこりと笑ってくれるのが見えた気がした、そうだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ