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花恋物語  作者: 村野夜市
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退院する日の前の夜。

レンさんはまたお酒を持って、藤右衛門のところへやってきた。

今日は柊さんも花守様も一緒だ。


夕餉のおかずもお重に詰めて、厨から持ってきたらしい。

それを並べて、わいわいと宴会が始まった。


藤右衛門は自分の盃は術で操っている。

両手はだらりと下げたまま、くぃ、と視線だけで盃を操る様子は、なかなかに見事だ。


「しかし、フジがやると、無精にますます磨きがかかったようにしか見えないのは、わたしだけか?」


柊さんがぼそりと言うと、ちげえねえ、とレンさんが大笑いした。


「お前さん方、言いたい放題だね。」


藤右衛門は憮然とした顔になる。


「術が使えるってばれてから、楓に、食べさせてもらえなくなったんだよな。」


柊さんはちょっと揶揄うように言った。


「それはそれは。ご愁傷様でした。」


花守様にまで笑われて、藤右衛門は、むぅ、と唸った。


なんだろう。

このヒトたちといるときの藤右衛門は、そんなに冷たいヒトには見えない。


「ああ。それで、拗ねてるんっすか?アニキ?」


「拗ねてない!

 だいたい、そもそもアタシは、そんな必要ないって、言って!」


「そんなにむきにならなくても、楓さんなら、頼めばやってくれますよ?

 ねえ?楓さん?

 はい、あーん。」


隣にいた花守様が、こっちむいて口を開くので、思わずつられて、小芋を放り込んでしまった。


「ほらね?」


花守様は小芋をむぐむぐしながら、満面の笑みだ。

それを見ていた藤右衛門の背中から、ゆらゆらと殺気が立ち上った。


「・・・花守様・・・

 確かに、あなたは、立派な始祖さまかもしれませんが・・・

 実の父親の目の前で、よくもまあ、娘にそんな真似を・・・」


「ああ、どうどうどう。」

「ほら、よしよしよし。」


左右から慌てて柊さんとレンさんが宥めにかかった。


「おや?

 それは、ごめんなさい。」


花守様は、まったくちっとも毛筋ほども、悪気なんかなかった、って顔をして謝った。

いや、このヒトの場合、本当に、悪気なんかない。


「楓さんが倒れたときは、わたしがして差し上げたんですよ?」


そして、余計なことを付け加える。


「あああああ、だああああ、花守様?

 そのお話しはまた今度。」


レンさんが慌ててそれを遮った。

それを、藤右衛門は、苦虫を噛み潰した顔、のお手本みたいな顔をして見ていた。


「そんなこと、いちいち目くじら立ててたら、施療院で働けないし。

 普通に、患者さんのお世話、してるんだから。」


あたしは淡々と言う。


「まあ、そりゃそうだ。」


柊さんもぼそっと言って、それで、藤右衛門は、むぅ、と言って黙り込んだ。


「アニキのその腕、アッシのせいですよね?

 本当、申し訳ないっす。」


静かになった間に、レンさんが真面目な顔をして言った。


「この呪いは、あの虫のせいだよ。お前さんのせいじゃない。」


藤右衛門は淡々と返す。


「これは、狐の使う呪いではありません。

 それどころか、これまでに、わたしの見たことのあるどの術式とも一致しません。

 なかなか解呪できず、藤殿の回復にも時間がかかってしまって、申し訳ない。」


花守様も真面目に謝った。


「なんの。花守様にはよくやって頂いてますよ。

 それに、花守様は、アタシの命の恩人です。

 あのときはもう、自分はダメだろうって、覚悟してましたから。」


え?まさか、本当にそうだったの?

てっきり冗談だとばっかり思ってたのに。


「そんなことには、決してしませんよ。

 わたしはもう、二度と、あんな悲しみは繰り返させないと誓ったのですから。」


花守様はきっぱりと首を振った。


「その呪いも、きっと解いてみせます。

 どんな複雑な術式であろうと、誰かの作ったものであることに変わりはない。

 ならば、解けないはずはないのです。」


そのためにも、と花守様は藤右衛門を見つめた。


「戦師の皆さんが、何かご存知のことがあるなら、是非、教えていただきたい。

 もしかしたら、どこかに解呪の糸口になることがあるかもしれません。」


「糸口、ねえ・・・」


藤右衛門は宙を見て唸った。


「どこからどう話せばいいのか・・・

 こちらも、分かっていることは、そう多くはないんですけどね?」


あの虫の一件が始まったのは、だいたい、十年くらい前のことだったそうだ。


十年前。

母さんのことがあってから、あたしは何度も妖力の暴走を繰り返していた。

思い余って、記憶と妖力とを封印したけれど、今度はあたしは、藤右衛門を憎むようになっていた。


そのころの藤右衛門は、相棒のレンさんと戦師をしていたのだけれど。

母さんのことで気落ちしている上に、あたしの世話もあって、お役目はほとんど果たしていなかった。

レンさんが行方を断ったのは、ちょうどそんなときだった。


「正直、とうとう相棒にまで見捨てられたんだ、って思った。」


レンさんは、藤右衛門に、何も言わずにいきなり行方を断ったそうだ。


「申し訳ありやせん。

 けど、アニキに相談すれば、きっと、造作もなく、すらすらと解決してくれるんだろうって思って。

 それじゃあ、アッシが、あまりに情けないと考えたもんっすから。」


レンさんはアズさんのお父さん、先代の頭領に言われたそうだ。

娘を嫁にしたければ、三つの宝を手に入れろと。


「ヒネズミノカワゴロモにツバクラメノコヤスガイ。それに、リュウノクビノタマ、っす。」


「お前さん、それ、真面目に探しに行ったのかい?」


藤右衛門は呆れた顔をした。


「それは、絶対に手に入らない代物ばかりだよ?」


「そうなんっすか?

 アッシはこれはまた、どうあっても、この三つの宝物を手に入れねえと、と思いやして。

 それも、アニキの力は借りずに、自分の力で、と。」


「なんで、そのとき、言ってくれなかったんだろ。

 それって、先代の謎かけじゃないか。

 まったく、あのじいさんも、回りくどいことをしたもんだ。」


藤右衛門は横をむいてため息を吐いた。


「火鼠の皮衣ってのは、どんな業火にくべても燃えない衣。

 燕の子安貝は、子どもが無事に生まれて育つためのお守り。

 龍の首の玉ってのは、龍の力の源になる宝珠のことだよ。」


「つまり、どんな困難にも負けないよう、強くなり。

 生まれてくる仔狐を、慈しみ育て。

 頭領の地位を継いでくれ、と。

 そういうわけですね?」


にこにこにこと花守様が解説した。

ほぉわ~、とレンさんが叫ぶ。


「つまり、先代は、何もかも分かってて、娘と孫と家はお前に頼む、って言ったんじゃないか。

 それを、明後日の方向へ宝探しに行っちまうとは、愚かにもほどがある。」


どうも、すいやせん、とレンさんは頭を下げた。


「それで落ち込んでたあのころのアタシに、喝を入れてやりたいよ。」


藤右衛門はもう一度深くため息を吐いた。


「お前さんを探す気力もなくてさ。

 だけど、楓がいるのに、また世捨てビトに戻るわけにもいかないし。

 そうしたら、いきなりお前さんからの、あの念話じゃないか。」


アニキ、申し訳ねえ。

薬売りにやられた。

どうか、アッシを見つけて、殺してくだせえ。


レンさんは一方的にそれだけ告げたんだそうだ。


「そりゃ、びっくりするよ!いい加減にしなよ!

 その後、どれだけ、お前さんを探したか!

 いったい何があったのか、さっぱり分からないし!」


「あのときは、旅の途中で顔見知りの薬売りの小僧と会って、一緒に旅してたんです。

 なんだか、妙に物知りな小僧でね、一緒に旅してても、なかなかに面白いやつで。

 そいつが、肩こりに効く膏薬があるって言うから、貼ってもらったら・・・

 こう、なんか、ものすごい寒気がして、あ、こりゃ、まずいって、思って・・・

 夢中でアニキに念話して、あとはもう、自分でも、分かりやせん。」


「膏薬に、虫の卵を仕込んであったか。」


「とっさに自分に仮死の術をかけたのが正解でしたね。」


「アニキなら、なんとかしてくれる、って。

 アッシにとっての、最後の砦、なんっすよね?」


「おだてたって駄目だよ。

 まったく、そうやっていつも、最後は厄介事、押し付けるんだから。」


藤右衛門はぷりぷり文句言ってたけど。

本当は、そうやって頼りにされてて、嬉しかったんだと思う。

なんか、最近、分かってきたぞ。


「ああ。そうか。だから、スギナが見つけたんだ!」


レンさんは、犯人は薬売りだって言ったから。


「薬売りたちの使う道を、順番にスギナに探させたんでしょう?」


藤右衛門は、あ、という顔をして、それから、やや気まずそうに視線を逸らせた。


「・・・この十年、アタシ自身も探したよ。

 頭領になってからは、戦師たちにも探させた。

 だけど、探しても探しても、見つからなかったんだ。」


「だから、食べ物で釣って、世間話のついでに、スギナ、自分の仕事の話するって言ってたし。

 あっちのほう、行ってみたかい?とか、親切ごかして言ったんじゃないの?」


「親切ごかし、って・・・ヒト聞きの悪い。

 あたしは、街や郷の位置を教えただけだよ。」


「スギナは、自分がレンさんを探すように仕向けられてるなんて思ってもみなかった。

 だからさ、最初に見たとき、レンさんを埋めてしまったんだ。

 最初から、スギナに言っておけばよかったのに。

 仮死状態の狐を見つけたら、連れて帰れ、って。」


「そりゃだって、アタシだって、余所の仔を、手下みたいに使うわけにもいかないからね。

 あの仔はもう、施療院付きなんだし。」


語るに落ちた。

うっかり言ってしまってから、藤右衛門は盛大な舌打ちをした。


「問題ありませんよ。

 傷ついた患者さんの行方を捜すのは、施療院のお役目ですからね。」


横からとりなすように、花守様が言った。


「それに、アッシ、戦師には見つからないように術に工夫してたんっすよ。」


「はあ?なんでそんな面倒なおまけ、付け加えてんだよ?」


藤右衛門はほけほけと打ち明けたレンさんを睨みつけた。


「それで、アタシに見つけろってのは、どういう了見だい?」


「すんません。

 けど、戦師のなかに、アッシみたいに、虫、憑けられたヤツが他にもいるかもしれないと思って。」


ぐっ、とその場の全員が押し黙った。


「なんで、それを?」


しばらくして、藤右衛門が静かに聞いた。


「ああ。あの頃その薬売り、よくこの郷に出入りしてたじゃないっすか。」


「・・・アタシは知らないよ。そんなやつ。」


「はあ。そうなんっすか?

 そいつねえ、この郷の戦師たちに薬を売りたいってね?

 けど、ここには、花守様がいるじゃないっすか?

 だから、戦師を紹介してくれないか、って。

 まあ、アッシは断ったんっすけど。

 アッシの他にも、何人か、そんなふうに頼み込んでたみたいで。」


「わたしのところには来なかったな・・・」


「怪しまれそうなヒトのところには行かなかったんですかねえ?」


まあ、そうでしょうね、と藤右衛門はため息を吐いた。


「レンに目をつけるなんて、よく見てるね、と思うけどね。

 こいつはオヒトヨシだし、先代に近いところにいたしね。

 ああ、そうか!じゃあ、あの、呪いは・・・」


「先代の命を狙ったんでしょうね。」


あっさり言ったのは花守様だった。






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