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花恋物語  作者: 村野夜市
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その日も朝から厨でお粥を炊いていた。

藤右衛門はあたしの横に床几を持ってきて、ずっと座っている。


「あ、ほら、そこまだ、皮、残ってるじゃないか。」

「粒がなくなるまで、もっと、丁寧にすり潰すんだよ?」

「ほらほら、よそ見してると、ふきこぼれるだろ?」

「混ぜないと、あっというまに焦げ付くよ?」


・・・・・・。

まったく、いちいちいちいち、うるさい。


いらいらと振り向いた瞬間だった。


「あ!」


藤右衛門は小さく叫ぶと、いきなり立ち上がった。

ぐいと引っ張られる感覚と、かんと何かぶつかる音と、がしゃんと物が割れる音がした。


しまったと思って振り返ると、お粥を炊いていた鍋が、地面に落ちて割れていた。

かき混ぜていたおたまをひっかけて、落としてしまったらしい。

慌てて拾おうとすると、藤右衛門が、ダメっ、と鋭く言った。


「直接手で拾ったら、破片で手を切るから。

 いいから、お前はこっちおいで。」


自分の後ろに顎をくいとむける。

あたしはおとなしく言われた通りに藤右衛門の後ろに行った。


あたしをどかせると、藤右衛門は、すぃっと視線を動かした。

すると洗い場にあった桶が、すぃーっと飛んできて、割れたお鍋の横に降りた。


藤右衛門の視線の動きに合わせるように、お鍋の欠片が、その桶のなかに入っていく。

あらかた拾い終わったところで、また別の桶を呼ぶ。

今度は、零れたお粥をそっちに入れた。


「手、使わなくても、できるんだ。」


器用に術で片付けていくのを見て、あたしは思わずつぶやいた。

それを聞いた藤右衛門は、あ、と言ってこっちを見た。


「・・・・・・できるよ、そりゃ。」


ぼそっと言って、目を逸らせる。


「それだけ器用なら、自分でご飯だって食べられるんじゃないの?」


「食べられるよ?もちろん。

 だから、放っておいておくれ、って言っただろ。」


怒ったみたいに言うから、こっちもむっとなって言い返した。


「術でできるなんて、言わなかったじゃない。」


「・・・だって、お前が、あーん、なんてするから・・・」


「ヒトのせいにして!」


「・・・・・・ごめんなさい。」


あっさり謝ってしょんぼりと下をむくのを見たら、なんだか笑ってしまった。


あたしが笑うと、藤右衛門はそっぽをむいたまま言った。


「嬉しかったんだ。なんだか、お前に優しくされるのは。

 お前が忙しいのも分かってたけど。

 ・・・・・・悪かった。」


「もしかして、お粥も自分で作れる?」


「作れるよ、もちろん。」


「なら、明日からは自分でやりなよ。」


「・・・・・・・・・・・・分かった。」


返事までちょっと長かった。


「あたしも、忙しいんだよ。」


「・・・・・・知ってる。」


「あれ、手間かかりすぎ。」


「・・・知ってる。」


「藤右衛門、口うるさいし。」


「知ってる。」


なんだ、知ってるのか。


「知ってるなら、ちょっとは改善したら?」


「・・・・・・ごめんなさい。」


謝るんだ。


破片が入った桶を持ち上げようとしたら、藤右衛門が、あ、と言った。


「それ、いい。

 アタシが片付けておく。」


「いいよ。

 割れ物は焼き物師のおじさんに渡したら、処理してくれるから。」


「いや、いいんだ。

 それ、アタシが直すから。」


「???

 鍋は術で直しても使えないよ?」


「知ってる。」


藤右衛門はむっつりと首を振った。


「もうお鍋としては使わないよ。

 ただ・・・それは、捨てらんないから。」


「あ。まさか、母さんとの思い出の品、とか?」


それは悪い事をしたな、と思ったら、藤右衛門はこっちを見て、ちらっと笑った。


「お前だよ。

 お前が赤ん坊のころ、これで毎日、お粥炊いたから。」


「・・・へえ~・・・」


藤右衛門の目が、少しだけ優しくなる。


「こないだの、祝い膳もね。

 これで、お粥、炊いたんだ。」


あたしの胸が、なんか、ずきっとした。


「ごめんね。なんか。」


今度はあたしが謝ったら、藤右衛門は首を振った。


「怪我しなかったんならいいよ。

 お粥食べてた赤ん坊も、こんなに大きく育ったんだねえ。」


そう言うと、すぃっと桶を浮かべて、そのまま桶と一緒にどこかへ行ってしまった。


さっき、鍋をひっくり返したとき、ぐいと引っ張られてから、なにか、打ち払うような音がした。

あれって、多分、藤右衛門が、熱いお粥がかからないように、守ってくれたんだ。

お礼、言いそびれちゃったな。


長い間、大事に使ってた鍋が割れても、あたしが怪我しなかったらいい、って言ってくれる。

なんかさ。

いいやつみたいじゃない。

くそ。ハラタツ。


そのことがあってから、藤右衛門はあたしに世話をさせなくなった。

お粥も自分で炊くようになった。

なんでも術で器用にやってしまうんだって、あたしにも分かってたけど。


なんでかな。

ちょっと、淋しい、なんて気がしたのは。


あるとき、藤右衛門の元に、ひとりの来客があった。

そのヒトは、藤右衛門より年も上のようだし、からだも三回りくらい大きい。

髪も整え、身形もきちんとして、衣や持ち物も上等そうなものばかり。

ぱっと見た目、藤右衛門よりもっと偉いヒトに見えた。

けど、藤右衛門には正式な挨拶をして、言葉遣いもきちんと丁寧だった。


そのヒトが、帰り際に、わざわざあたしのところへ寄った。


「やあ。貴女が楓殿か。

 五葉松と申します。はじめまして。」


一人前のオトナにするような丁寧な挨拶をしてくれて、あたしはびっくりした。


「あ。楓です。はじめまして。」


慌てて挨拶を返すと、そのヒトは、ふふっ、と笑った。

その笑い方に、なんとなく、見覚えがある気がした。


「この度は、頭領が、貴女に、いろいろと世話になったようだ。」


ああ、いえいえ、と返すと、少し、にこっと、笑った。


「今度よかったら家にも一度、遊びに来てください。

 両親も妻も喜びましょう。」


???

なんであたしが行くと喜ぶんだ?

首を傾げていると、何か忘れ物でもあったのか、藤右衛門が追いかけてきた。


「え?兄上?楓になにか?」


は?兄上?


藤右衛門はあたしと話しているそのヒトを、警戒するように見た。

そのヒトは悪びれた様子もなく、にこにこと言った。


「申し訳ありません、頭領。

 何度、紹介してくださいとお願いしても、上手にはぐらかされてしまうので。

 今日はこっそり抜け駆けさせていただきました。」


え?抜け駆け?


藤右衛門は、あー・・・ときまり悪げに視線を泳がせてから、言った。


「これが、うちの娘です。

 楓といいます。

 楓、この方は、お前の伯父上だ。」


へえ。

藤右衛門にお兄さんがふたりいる、ってのは、この間、レンさんたちに教えてもらったけど。

こんな立派そうなヒトだったんだ。

さっき、笑い方になんとなく見覚えがある気、したんだけど。

どことなく藤右衛門にも似ている気もする。


「聞きしに勝る、愛らしい姫だ。

 うちの娘にしたいくらいだ。」


伯父さんは、あっはっは、と明るく笑った。

それに藤右衛門は思い切り顔をしかめた。


「戯言を。

 それより兄上。お急ぎだったのでは?」


伯父さんは、ああ、そうだった、と慌てて言うと、急ぎ足に帰って行った。


藤右衛門はあたしの隣に並んで、伯父さんを見送った。

けど、その背中が見えなくなると、こっちのほうは見ずに言った。


「あのヒトに、なんか言われたかい?」


「え?

 ああ・・・はじめまして、って挨拶されて、頭領がお世話になってます、って・・・」


自分の弟を頭領って呼ぶんだな。

あたしに対する言葉遣いも、なんだか、丁寧だったし。


「あと、今度、遊びにおいで、って。」


「行かなくていい。」


ぼそっと、けど、きっぱり、藤右衛門は言った。


「行かなくていいからね。」


もう一度、念を押すように言うと、藤右衛門はとっとと戻っていった。


なんでそんなに機嫌が悪いのか、あたしにはよく分からなかったけど。

藤右衛門がそう言うなら、行かないかな、とは思った。


来客には難しい顔をする藤右衛門も、レンさん相手だと、表情が和む。


レンさんは、いつも、藤右衛門のことを、とにかくすごいと、手放しで賞賛する。

ちょっと、母さんを思い出す。


あれからも、レンさんは、毎日のように、藤右衛門を見舞ってくれていた。

このふたりを見ていると、相棒って、いいもんだな、って思えてくる。

毒舌もさらりと受け流してくれるレンさんは、藤右衛門にとってはなくてはならないヒトだ。


レンさんはとにかく、藤右衛門のことを、無条件に信頼している。

藤右衛門のやることは、全部、好意からのことだと、信じて疑わない。

何を言われても、何をやられても、絶妙にいいようにしか取らないのは、レンさんの才能だと思う。


そんなレンさんには、藤右衛門も気を許しているのが分かる。

レンさんといるときの藤右衛門は、なんだか楽そうだ。


そのレンさんは、藤右衛門より先に退院することになった。

それを聞いたとき、藤右衛門は、へえ、それはよかったね、ってあっさり言った。

だけど、その目がちらっと淋しそうに曇ったのに、あたしは気付いていた。






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