75
その翌日、レンさんは目を覚ました。
ちょうどそのときには、奥方と双子も来ていて、枕元に座っていた。
目を開けたレンさんと、最初に目が合ったのは、奥方だったそうだ。
十年ぶりの家族の再会は、本当に、涙、涙、だった。
もう施療院中がもらい泣きして、みんな、一斉に祝福した。
狐ってさ、素直じゃないところも多いんだけど、みんなけっこう、情には脆いんだ。
レンさんの記憶はほとんど全部、戻っていた。
何があったのか、みんな聞きたがったけど、レンさんはそれには首を振った。
藤右衛門が目を覚ましたら、何もかも話す。
それまでに、自分の記憶も整理したいから。
レンさんの言い分ももっともだと、みんな納得した。
それに、ようやく十年ぶりに会えた家族なんだもの。
少しくらい、そっとしておいてあげたい、って思うよね。
流石にレンさんは、まだ家に帰るとまではいかなくて。
もうしばらくは、施療院で療養しなければならないらしい。
もっとも、奥方も双子も、その間、毎日、施療院に来るって、約束してたけどね。
翌日からは早速、奥方の持ってきたお重を、四人で草に座って食べたりしている。
いろはの謡を謡いながら、家族四人で踊ったりもしている。
レンさんは、もうすっかり元気で、療養中の患者にも見えなかった。
本当によかったよね、って思った。
藤右衛門のほうは、まだ目を覚ましていなかった。
もうしばらくかかるだろうと、花守様も言っていた。
目を覚ましたレンさんは、自分も患者なのに、藤右衛門をよく見舞ってくれた。
誰もいないとき、藤右衛門の手を握って、声を殺して泣いていることもあった。
相棒だった、って言ってたからな。
きっと、他のヒトには分からない、絆、みたいなものも、あるんだろうな。
その日も仕事の終わりに藤右衛門の様子を見に行った。
ちょうど柊さんがいて、治癒術をかけてくれている最中だった。
「すいません、柊さん。
藤右衛門がお世話になります。」
ぺこりと頭を下げたら、柊さんは苦笑いした。
「そんなふうに挨拶をされたら、本当に娘みたいだな。」
いや、本当に娘ですから。一応。
よっと、小さく呟きながら、柊さんは、陶器の狐を藤右衛門の傍に置いてやる。
治癒術をかける間、少し脇に避けてあったらしい。
すると、眠っているはずなのに、藤右衛門は、すりすりと狐に頬ずりした。
「本当に、紅葉殿が好きだなあ、フジは。」
柊さんはちょっと呆れたように笑った。
「あの狐、母さんの魂が入ってる、って言うんです。」
そう言うと、柊さんは、へえ、と返した。
「そういうこと言ってるから、病み狐、って言われてるんだと思います。」
「病み狐?」
柊さんはそう聞き返してから、くっくっくと笑った。
「いやあ、それなら、フジの病は、今に始まったことじゃないだろう。
とっくの昔から、病み狐だよ、このおヒトは。」
あたしが首を傾げると、柊さんは、おかしそうに教えてくれた。
「そりゃあ、もう、紅葉殿にべた惚れ?っていうのかい?
四六時中傍にいて、いつも髪やら肩やら、どこかかしらに手を触れてないと気が済まなくて。
あれに付ける薬はない、って昔から言われてたからね。」
へえ・・・
まあ、なんか、分かるけど。
「お前様は、信じられないのか?
このなかに、母御の魂が入っていることは?」
柊さんは逆に、あたしにそう尋ねた。
「そりゃあ。
・・・って、実はあたし、一度だけ、その狐に話しかけてみたんですけど・・・」
柊さんは、それで?というようにこっちを見る。
「何も。返事なんか、してくれませんでした。
まあ、それはそうですよね。」
あれはバカなことをしたなって、自分でも思う。
ちょっと恥ずかしいなって思いつつも、柊さんだから正直に打ち明けてみたんだけど。
「どうかな?
たまたま眠っていただけかもしれないぞ?」
柊さんは、くくっと笑って、あたしを見た。
「まあ、しかし、お前様はお前様の信じられることを信じればいい。」
「柊さんは?信じるんですか?
まさか、そんな与太話。」
ちょっと意外に思った。
柊さんは淡々と答えた。
「与太かどうか判じる術は、わたしにはないからな。
だったら、まあ、そうなのかな、程度には思っておくさ。
昔馴染みの言うことはね。」
そういうもんか。
昔馴染みなんて、あたしにはまだいないから、よく分からないけど。
「なんにせよ、本当の本音は口にはしないヒトだからな。」
柊さんは藤右衛門をちらっと見て笑った。
「けど、根っからの淋しがりやで、家族思いの仲間思い。
自分の事は後回しにして、誰かのことを護る。
そういうヒトだ、ってことくらいは、長い付き合いで分かってる。」
へえ。
なんかそれ、いいヒト、みたいじゃないか。
「よお、おふたりさん、いたのかい?」
そこへ顔を出したのはレンさんだった。
柊さんは気安く声をかけた。
「おう、レン。
かみさんと仔狐たちは?」
「今日はもう帰った。
仔狐たちは可愛いけど、連日、相手してたんじゃ、ますます退院できないからね。」
レンさんはそう言って肩を竦める。
確かに、あの元気な双子の相手は、あたしでも消耗する。
「今日はさ、ここで飲もうと思ってね。」
レンさんはそう言って嬉しそうに手を差し上げてみせた。
その手には大きな徳利がひとつ、ぶら下げられていた。
柊さんはわずかに眉をひそめた。
「あんた、病み上がりなのに、そんなもん飲んで、大丈夫なのかい?」
「そりゃ、もちろん、大丈夫だろ。
百薬の長って、言うじゃねえか。」
レンさんは嬉しそうに言って、藤右衛門の枕元で胡坐をかいた。
「お嬢さんも召し上がりやすか?」
そう言って、懐から取り出した盃をこっちに差し出す。
あたしは丁重に断った。
するとレンさんは、その盃を柊さんのほうへぽいと放り投げた。
「あんたは飲むよな?」
「仕方ない、付き合ってやるか。」
盃を受け取った柊さんは、そんなふうに言ったけど、まんざらでもなさそうだった。
「おふたりって、昔馴染みなんですよね?」
お互いにお酌をしあって、お酒を飲み始めたふたりを見て、あたしは言った。
そうだよ、とふたりは同時に頷いた。
「なのに、柊さんは、記憶のないレンさんのこと、分からなかったんですか?
レンさんだ、って。」
「あ。いや、それは・・・」
柊さんは、少しバツが悪そうにしたけれど、話してくれた。
「もちろん、すぐに分かった。
なんなら、狐の姿でもね。
フジにはすぐさま報せておいたんだが・・・
フジは、そのままもうしばらく様子を見てくれ、と言ってきた。」
そっか。藤右衛門は知ってたんだ。レンさんのこと。スギナが言う前から。
「何か思うところがあるようだったから、わたしもそれに従った。
フジは何か変わったことがあれば、すぐに報せてくれと言っていたんだが。
それは、スギナの小僧に先を越されたようだな。」
あのとき、藤右衛門は、スギナの念話を聞くなり、こっちへやってきた。
ちょっとなにか、思いつめたような顔してた。
あれって、十年ぶりに見つかった相棒に、感極まってたのかなって、思ったんだけど。
先に知っていたのなら、もっと違う理由だったのかもしれない。
「フジのことだから、血相変えて、駆け付けると思ったんだけどね。」
「アニキぃ、アッシのことなんて、もうそんなに大事じゃなくなっちまったんでやすかい?」
レンさんがわざとらしく泣く真似をしてから、ふたりして、げらげら笑った。
「レンさんと、藤右衛門って、なんかちょっと、不思議な仲ですよね?
恋敵だったんでしょう?」
あたしがそう尋ねると、ふたりとも首を傾げた。
「はて?それは誰をめぐって争ったんでやすかい?」
「紅葉殿はあきらかにフジしか見ていなかったしな。
レンにはアズがいたろう?」
「でも、レンさんが、いろはに岡惚れして、藤右衛門に決闘申し込んだ、って・・・
それも、何回も何回も。
それで、とうとう藤右衛門は根負けして、こんな危ない奴は傍で監視しないと、って思った、って。
だから、相棒にしたんだ、って。」
あたしがそう言うと、ふたりはまたげらげら笑いだした。
「フジも、いい加減にしないと。」
「まあまあ。あのヒトは、嫁がモテるのが自慢だったから。」
「だからって、娘にそんな嘘ついちゃあ・・・」
「しょうがねえ、嘘つきだよなあ。」
やっぱり、藤右衛門は嘘つきだ。
レンさんは、ぱたぱたと手を振った。
「岡惚れってのは、ありやせん。
アッシは、仔狐のころからアズ一筋っすから。」
「え?でも、奥方も、いろは好きがレンさんとの縁になった、って・・・」
「ああ、それね?」
レンさんはちょっと照れたようににやにやした。
「アッシは先代の家の養い仔で。
ああ、先代の家には、養い仔が大勢いたんですけどね?
アッシは、年も近いってんで、小さいころから、アズの護り役を任されてまして。
まあ、護り役とは言っても、どっちも仔狐っすから、遊び相手というか、なんというか。
とにかく、兄妹みたいにして育ったんでさ。」
「ああ!
昔、誰かに仕えてた気がするって!」
記憶のなかったゴンベエさんだったころ、レンさんは確かそう言ってた。
「はい。アズに、っす。」
なるほど。そうだったんだ。
「まあ、そんな姫君が、年頃になって、紅いろはに夢中になりまして。
よく言う、おっかけ、ってやつっすね。
いや、そりゃもう、大変な熱の入れようで。」
あ。なんかそれも、分かる。
「小さいころから鳥籠育ちのお姫様が、いきなりそんなことになったもんですから。
そりゃあもう、危なっかしくて。
アッシは、どこにでもついて回ったんです。
そのうちに、アッシも紅いろはにすっかり嵌りやして。
まあ、ふたりして、いろは隊なんてものも始めたりね?
いろは四十八番の誉め謡なんてのも拵えたりして。
すっかり仲良くなったってわけっす。」
たしかに、いろはは縁だ。
「そもそも、紅いろはは、フジと紅葉殿、ふたり組の名だからな。」
ぼそっと、柊さんが言った。
「え?ふたり組?」
「ぽっと出のいろは贔屓なら、いろはは紅葉殿のことだと思うかもしれんが。」
「アッシたちのような濃い~ぃ贔屓は、みんな知ってやす。
紅いろはは、アニキの仕掛けた戦師っす。」
仕掛けた?
「紅葉殿は、身体的な能力は、そりゃあ、すごかったんだがな。」
「野生の勘っていうんですかい?あれは、誰も敵いませんでしたね?」
「けど、いかんせん、素直というか、単純というか・・・」
「そこらへんを、アニキはうまいこと、こう、後ろから操ってましてね?」
後ろから、操る?
「紅葉殿は、フジの言うことなら、どんなことでも素直に聞くから。」
「いじらしいくらいでしたよねえ?」
なんとまあ。
しかし、藤右衛門らしい、と言えば、らしいかもしれないけど。
「そもそもの始まりといえば、妖狐になりたての紅葉殿が、危なっかしいことばかりしていてね?」
「アニキは、それをなにかと気にかけて、あれこれ助言してたんっすけど。」
「紅葉殿は、そりゃあもう、フジに心酔してたもんだから。」
「そのうち、アニキも調子に乗って・・・
いやしかし、紅いろは、って。
あれ、アニキが自分でつけたんでしょ?」
そうだったんだ。
「いろは紅葉が、元らしいね?」
「なら、紅葉殿、そのままでいいでしょうに。」
「そこをそのままにしないのが、フジというか、なんというか。」
「ああ、なんか、分かるっす。」
・・・あたしも、なんか、分かります。
「だからそもそも、いろはに、岡惚れなんて、しようがないというか。
まあ、アッシは、アニキに惚れてやしたけど・・・
って、あ、そっか。」
レンさんは急に何か思いついたように、ぽん、と手を打った。
「紅葉殿は身籠ったときに、戦師を引退しやしてね?
そのまま、紅いろは、は、解散ってことになったんです。
けど、アッシは、諦めきれねえで。
紅葉殿の後釜に入りたくて、何度も何度も、アニキに言い寄ったんでさ。
アッシと組んで、このまま戦師を続けやしょう、って。」
「ああ、そうだ。
レンがしつこくて困る、って言ってた。
いい機会だから、このまま戦師は廃業するつもりなのに、って。」
「そんときにね、アッシが勝ったら言うことを聞いてもらいます、ってね。
いや、そりゃあ、毎度毎度、瞬殺されましたけど。
諦めの悪いのが、アッシの取り得っすから。」
「流石のフジも、そのしつこさには勝てなかったか。」
柊さんは楽しそうにくくくっと笑った。
それにしても、こんな楽しそうな柊さんは珍しい。
昔馴染みってのは、そんなにいいものなのかなあ?
「いやしかし、アニキのあの戦師としての絶妙な感覚は、お蔵入りにするのももったいなくて。」
「フジの才能は、つくづく、宝の持ち腐れだよなあ。」
言いたいように言われている。
「仕方ないっす。なにせ、働いたら負けのフジっすからね?」
「ああ、働いたら負けのフジだからな。」
顔を見合わせて、ふたりは納得するように頷きあった。
「なんですか、その、働いたら負け、って。」
前にもそんなようなことを聞いた気がする。
すると、ふたりとも楽しそうに教えてくれた。
「フジはね、旧家の三男坊の生まれなんだが。」
「母御は、次はきっと娘だと、藤、なんて名を用意してたんっすよね?」
「生まれてきたのは男だったけど、母御は、フジを着飾らせて、お座敷に閉じ込めて。」
「双六や雛遊び、書ばかりやらされてた、って言ってましたっけ。」
「けど、その、書、ってのは、なかなかの腕になってね。」
「アニキは、書師に見習いにつきたい、って父御に言ったんっすよ。」
「ところが、その家は、代々戦師の旧家だったもんだから。」
「父御も、ふたりの兄者も、立派な戦師でねえ。」
「大激怒した父御に、勘当されて。」
「家、おん出て、導師にもつかず、森のなかでひとり暮らししてて。」
「世捨てびと、のような心境だった、と言っていたかな。」
世捨てびと?
あ、でもなんか、想像つくかも。
「そのころ、えらく達筆な字で、衣の背中にね。」
「働いたら負け、って、お題目のように掲げてたわけだね?」
あれは郷でもちょっとした噂になってたねえ、とふたりは楽しそうに笑いあった。
へえ。
あたしは、父方の祖父母ってのに会ったことはない。
藤右衛門は若いころに家を捨てて、今は音信不通なんだ、って言ってたけど。
そういう事情だったんだ。
「けど、その森のなかで、紅葉殿と出会ったんだよな。」
「本当、ヒトってのは、どこでどういう運命と繋がってるのか分かりやせんよねえ。」
いや、そのころの母さんは、ヒトじゃなくて、狐ですけどね。
「最初は、野良狐に懐かれて、ついて回られて困ったって、言ってましたっけ。」
「けど、そのうち、情がわいてさあ。」
「おいで、って手を伸ばしたら、膝に乗ってきたんだ、って。」
「そのうち、獲った鼠とか、兎とか、持ってくるようになった、って。」
「フジのやつ、食うや食わずだったらしいから。」
「狐に養われてたんっすね。」
・・・藤右衛門・・・
「けどさ、アニキってば、腹、弱いから。」
「狐姿でも、生の肉、食えなくて。」
「あれでも、一応、坊ちゃん育ちっすから。」
「それで仕方なしに、料理覚えたんだ、って。」
それが、今じゃ、あそこまで立派な趣味なんだ。
「アニキは、そのまま狐になって、その野良狐と添い遂げようかと思ったそうなんっすけど。」
「狐姿になった途端、紅葉殿は逃げ出したんだよな?」
ふたりはそう言って、またげらげら笑った。
「仕方ないっすよ。紅葉殿は、変化姿のアニキ、に惚れてたそうっすから。」
「もしかしたら、狐姿のフジを、フジだとは思わなかったのかもしれないな?」
「それ以来、アニキ、変化を解いたことはないそうっすよ?」
「それを聞いたときには、まさかと思ったんだが。
この間、施術の後でも、変化を解かなかったからな。
まんざら作り話でもなかったようだな。」
確かに。そんなこともあったっけ。
なるほど。そういう理由だったんだ。
「それに、結局、フジには、狐の暮らしは無理だったんだ。」
「まあ、生の肉、食えませんし。」
「狩もダメなんだろ?」
「そりゃあ、鼠一匹、自分で獲ったこと、ありませんからね?」
「坊ちゃん育ちってのが、仇になったな。」
・・・なんか、哀れだ。
「そんなこんなで、仕方なく、フジは、紅葉殿を妖狐にしたんだ。」
「え?
母さんを妖狐にしたのは、父さんだったんですか?」
「父さん?」
「父さん!」
思わず咄嗟に出ちゃったんだけど。
ふたりに目を丸くされて、あっちゃーって、思った。
早速、うっかり、しちゃったよ。
ふたりはにやにやしたけど、それ以上は指摘しないでおいてくれた。
やれやれ、助かった。
「母さんは、よく言ってたんです。
お星様に、妖狐にしてください、って、毎晩お願いした、って。
そうしたら、念願が叶って、妖狐になれたんだ、って。」
「いやいや。妖狐にしたのはフジだよ。」
「こう、毎日毎日、自分の妖力を分け続けたそうっす。」
「妖狐になあれ、妖狐になあれ、ってね?」
「妖狐になれば、ただの狐より長く一緒にいられていいじゃないか、とまで言ってましたよね。」
母さんは、夢見る乙女、な顔をして、よく話してくれたんだけど。
なんか、真相を知っちゃうと、いろいろと、あれだなあ。
「紅葉殿が、少しずつ妖狐になって、毛色もだんだん白くなってね。」
「全身の毛色が耳の先に集まるように、耳の先だけ、赤くなったんだ、って言ってましたね。」
「その赤いのを見て、紅葉、と名付けたんだ、って。」
「ちょうど、秋の紅葉のころだったそうっす。」
なんとなんと。
紅葉って名前つけたのも、藤右衛門だったのか。
確かに、よくよく考えれば、母さんはもともと、ただの狐だったわけだし。
名前もなかったんだなあ。
「初めて変化したとき、その姿に、一目で恋に落ちた、って言ってたな。」
「いやあ、あれは、狐のときから、もう恋してたでしょうよ。」
「わざわざ力を分けて、妖狐にしたくらいだからねえ。」
「あれって、失敗したら、どっちも命を落とすこともあるんでしょう?」
そんな危険を冒しても、父さんも、妖狐になった母さんと一緒にいたかったんだ。
母さんは、よく父さんのことを褒めた。
素敵なヒトだ、って、ずっと言ってた。
母さんって、本当に父さんのこと、好きなんだな、って思ってた。
けど、父さんのほうは、よく分かんなかった。
でも、こういうこと聞くと、父さんもちゃんと、母さんのこと、好きだったんだなって思った。
「・・・ちょっと、お前さん方、いい加減にしな。
そんな話し、枕元でされちゃ、おちおち寝てらんないだろ?」
突然、そんな声が聞こえて、みんなびっくりして、寝ているはずの藤右衛門を見た。
藤右衛門は冷たい目をして、こっちをじっと睨んでいた。
からだを起こそうとする藤右衛門を、慌てて柊さんが支えに行った。
藤右衛門は助けてもらいながら、分かりやすく舌打ちをした。
「まったく、あることないこと、ぺらぺらと。
うちの娘に余計な事、吹き込まないでおくれ。」
「いや、ないことは、言ってない。」
ぼそりと返されてむっとした顔になったけど、すぐに、あたしのほうを見て、にこっとした。
「楓?
ずっと、ついていてくれたのかい?」
「・・・いや。ずっとじゃないけど・・・」
あのにんまり笑顔はなにかを企んでいるに違いない。
あたしは急いで藤右衛門から視線を逸らせた。
「でも、目が覚めて、最初に見えたのが、楓だなんて。
すごく嬉しいよ。
さあ、これで、アタシは約束を果たした。
今度はお前の番だよ?楓。」
「な、なに?約束、って・・・」
あたしは目を逸らせたままそらとぼける。
藤右衛門は、むぅ、と口を尖らせた。
「あれだよ、ほ、ら。あ、れ?
父さんは、あたしが・・・」
「父さん!」
焦ったあたしは、あわてて遮ろうとして、思わずそう言ってしまった。
一瞬凍り付いた藤右衛門は、こっちをむいて、にんまり笑った。
「むっふっふ。
いいもんだねえ。
娘からそう呼ばれる、ってのは。
まあ、いいや。
今日はすっごく気分いいから、それで許してあげよう。」
こんな上機嫌な顔は見たことない。
ってくらい、藤右衛門は満面の笑顔だった。




