表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花恋物語  作者: 村野夜市
66/164

66

食事を済ませて、一応、食卓は片付けておく。

勝手知ったるなんとやら。

スギナはこの家のどこに何を片付けるのか、すごくよく知っていた。

聞けば、藤右衛門の手料理を食べるのは、これが初めてじゃないらしい。

藤右衛門は、スギナをしょっちゅう呼びつけては、手料理をふるまっているんだそうだ。

なんだ、餌付けされてたのか。


あれだけあったご馳走は、ほとんど、スギナのお腹に収まってしまった。

前からよく食べるスギナだけど、今はそれにも増して大食いになったようだ。

藤右衛門が手懐けるのも楽勝だったのかもね。


食事中、藤右衛門は一度も姿を現さなかった。

まあ、別に会いたくもないし、いないほうが気楽でいいけど。

そういや、これからお役目だとか言ってたっけ。

どうやら、あのままそっちへ行ってしまったようだ。


片付けを済ませると、あたしたちは帰ることにした。

せっかくだし、都見物でもしていかないか、とスギナには誘われたんだけど。

あたしはもう、どっぷり疲れきっていて、とにかく早く帰りたかった。


都の大門を出て、人気の少ない場所まで行ったところで、あたしはスギナに言った。


「悪いけど、先、帰る。」


え?と聞き返すのも待たずに、高く、飛び上がる。

地上から見えても鳥かなんかに見間違えてもらえるくらい、高く高く、一気に雲の上まで上がった。


来るときは、目的地を知らなかったから、おとなしくスギナの術を使ったけど。

帰りは自分の力で帰ろう。

ヒトの術ってのは、どうにも使い勝手の悪いものだし。

あたしはやっぱり、こうやって自分のからだを使って飛ぶほうが好きだ。


飛行術ならスギナだってできるだろうから、追いかけてこようと思えばこられたんだろうけど。

スギナは追いかけてはこなかった。

あたしはちょっとほっとする。

どうしてか、むしょうに、ひとりになりたかった。


お天気はよくて、どこまでも遠く見晴らせる。

ひゅうひゅうと鳴る風も心地いい。

こうしていると、なんであんなにいらついていたのか、自分でも不思議だ。


簪を抜いて、髪をほどく。

風が髪をなびかせていく。

なんだかほっとする。


スギナと一緒だからって、これ、わざわざスギナにもらったやつつけてきたのに。

スギナってば、全然、気づかなかったな。

まあ、そういうやつか。


藤右衛門は、本当に、心底嫌いなんだけど。

よくよく考えれば、あたしのこと、祝ってくれてただけだよね。

あの陶器の狐には驚いたけどさ。


贈ってくれた衣とか、藤右衛門の趣味とあたしの趣味とは正反対で、まったく合わないけど。

仲良くなんて多分、一生、無理だけど。

あの木の実のお粥だけは美味しかった。


父さん、かあ。

柊さんに見せられた夢のなかの藤右衛門は、ちょっと、好きだったかな。

まあ、あれって、完全に夢なんだけどさ。


こうして風に吹かれていると、風が嫌なことは全部、吹き飛ばしていってくれる。

施療院に着くころには、きっと、いつものあたしに戻ってるはず。

暗い顔してたら、花守様に心配させちゃうもんね。


あのとき。

花守様の鏡が光って、声が聞こえた。

そのおかげで、あたしは、力を暴走させずに済んだ。


帰ったら、花守様にお礼を言わなくちゃ。

いつ、どんなときも、花守様は、あたしのこと、護ってくれてる。


なんだか、すごく、花守様に会いたかった。

いやもう、毎日会ってるんだし。

今朝だって、一緒に朝餉、食べたんだけど。

夕刻までには帰るつもりだったんだし。

施療院にいても、花守様の忙しいときには、半日くらい顔見られないなんて、珍しくないんだけど。


なんだろうなあ。

もう、ずっとずっと、離れていた気がする。

一刻も早く、花守様のところに帰りたい。


急げ、あたし。

逸る気持ちに速度を上げる。

流石にもう、飛行術で妖力を暴走させるようなことはないけど。

それでも、暴走直前、自力で制御できるぎりぎりのところまで、妖力を引き上げていく。


花守様に知られたら、また心配されてしまうかな。

花守様って、滅多に叱らない。

ただ、無茶しないでください、ってお願いされる。

あなたに何かあったら、わたしが生きていけないのですよ、って。

それがただの脅しじゃないのは、前に倒れたときによく分かった。


それでも、無茶、したいんです。

早く、花守様のところに帰りたいから。


あたしは、正直、もうこれヤバイ、って限界を突破して、妖力を上げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ