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食事を済ませて、一応、食卓は片付けておく。
勝手知ったるなんとやら。
スギナはこの家のどこに何を片付けるのか、すごくよく知っていた。
聞けば、藤右衛門の手料理を食べるのは、これが初めてじゃないらしい。
藤右衛門は、スギナをしょっちゅう呼びつけては、手料理をふるまっているんだそうだ。
なんだ、餌付けされてたのか。
あれだけあったご馳走は、ほとんど、スギナのお腹に収まってしまった。
前からよく食べるスギナだけど、今はそれにも増して大食いになったようだ。
藤右衛門が手懐けるのも楽勝だったのかもね。
食事中、藤右衛門は一度も姿を現さなかった。
まあ、別に会いたくもないし、いないほうが気楽でいいけど。
そういや、これからお役目だとか言ってたっけ。
どうやら、あのままそっちへ行ってしまったようだ。
片付けを済ませると、あたしたちは帰ることにした。
せっかくだし、都見物でもしていかないか、とスギナには誘われたんだけど。
あたしはもう、どっぷり疲れきっていて、とにかく早く帰りたかった。
都の大門を出て、人気の少ない場所まで行ったところで、あたしはスギナに言った。
「悪いけど、先、帰る。」
え?と聞き返すのも待たずに、高く、飛び上がる。
地上から見えても鳥かなんかに見間違えてもらえるくらい、高く高く、一気に雲の上まで上がった。
来るときは、目的地を知らなかったから、おとなしくスギナの術を使ったけど。
帰りは自分の力で帰ろう。
ヒトの術ってのは、どうにも使い勝手の悪いものだし。
あたしはやっぱり、こうやって自分のからだを使って飛ぶほうが好きだ。
飛行術ならスギナだってできるだろうから、追いかけてこようと思えばこられたんだろうけど。
スギナは追いかけてはこなかった。
あたしはちょっとほっとする。
どうしてか、むしょうに、ひとりになりたかった。
お天気はよくて、どこまでも遠く見晴らせる。
ひゅうひゅうと鳴る風も心地いい。
こうしていると、なんであんなにいらついていたのか、自分でも不思議だ。
簪を抜いて、髪をほどく。
風が髪をなびかせていく。
なんだかほっとする。
スギナと一緒だからって、これ、わざわざスギナにもらったやつつけてきたのに。
スギナってば、全然、気づかなかったな。
まあ、そういうやつか。
藤右衛門は、本当に、心底嫌いなんだけど。
よくよく考えれば、あたしのこと、祝ってくれてただけだよね。
あの陶器の狐には驚いたけどさ。
贈ってくれた衣とか、藤右衛門の趣味とあたしの趣味とは正反対で、まったく合わないけど。
仲良くなんて多分、一生、無理だけど。
あの木の実のお粥だけは美味しかった。
父さん、かあ。
柊さんに見せられた夢のなかの藤右衛門は、ちょっと、好きだったかな。
まあ、あれって、完全に夢なんだけどさ。
こうして風に吹かれていると、風が嫌なことは全部、吹き飛ばしていってくれる。
施療院に着くころには、きっと、いつものあたしに戻ってるはず。
暗い顔してたら、花守様に心配させちゃうもんね。
あのとき。
花守様の鏡が光って、声が聞こえた。
そのおかげで、あたしは、力を暴走させずに済んだ。
帰ったら、花守様にお礼を言わなくちゃ。
いつ、どんなときも、花守様は、あたしのこと、護ってくれてる。
なんだか、すごく、花守様に会いたかった。
いやもう、毎日会ってるんだし。
今朝だって、一緒に朝餉、食べたんだけど。
夕刻までには帰るつもりだったんだし。
施療院にいても、花守様の忙しいときには、半日くらい顔見られないなんて、珍しくないんだけど。
なんだろうなあ。
もう、ずっとずっと、離れていた気がする。
一刻も早く、花守様のところに帰りたい。
急げ、あたし。
逸る気持ちに速度を上げる。
流石にもう、飛行術で妖力を暴走させるようなことはないけど。
それでも、暴走直前、自力で制御できるぎりぎりのところまで、妖力を引き上げていく。
花守様に知られたら、また心配されてしまうかな。
花守様って、滅多に叱らない。
ただ、無茶しないでください、ってお願いされる。
あなたに何かあったら、わたしが生きていけないのですよ、って。
それがただの脅しじゃないのは、前に倒れたときによく分かった。
それでも、無茶、したいんです。
早く、花守様のところに帰りたいから。
あたしは、正直、もうこれヤバイ、って限界を突破して、妖力を上げた。




