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門の前には大勢の人間が行列を作っていた。
スギナはおとなしくその行列に並ぶ。
門のところでは、人間の役人が、いろいろと尋ねるようだった。
ようやく順番がきたと思ったら、役人はスギナの顔を見て、親し気に笑いかけた。
「よう、スギさん。商いかい?」
「へえ。いつもお世話になっております。」
スギナは腰を低くしてそう言うと、懐からなにか取り出して、役人の袖にそっと差し入れた。
「あ。じゃあ、行っていいよ。」
役人はにこにこと手を振る。
スギナは、へえ、とだけ言って、あたしの背中を押した。
「え?今の、なに?」
尋ねるあたしの耳元で、いいから、と言うと、ぐいぐいと押して門を抜けた。
なんだろう。
よくわからないけど、あの役人のにやにや笑いは、妙に気持ち悪かった。
「あれこれ詮索されるよりはましだ。
まあ、必要経費だ。」
スギナはぼそぼそと教えてくれる。
なんか、人間の世界って、大変そうだ。
郷の外に出てお役目を果たしてるヒトたちにとって、こういうのって、普通なんだろうか。
あたしは、施療院にいられて本当によかったと思った。
都の大路はそれはそれは賑やかだった。
市をいくつも集めたみたいだ。
ここにはきっと、国中のありとあらゆるものがあるに違いない。
美味しそうなもの、綺麗なもの、珍しいもの。
それが、次から次へと五感に入ってくる。
きょろきょろ見回していると、何度も人間にぶつかりそうになった。
ぎりぎりのところで、いつもスギナが引っ張ってくれたけど。
「おい、お前、そんな田舎者丸出しの顔してねえで、もう少し気を付けて歩け。」
とうとうそう言って叱られた。
田舎者って・・・あんたも同じところから来たんじゃない。
スギナは都には慣れているらしい。
大きな川みたいな人間の流れも、すいすいと渡っていく。
こんなに珍しいものがいっぱいあるんだから、もうちょっとゆっくり見たらいいのに。
あたしはそう思ってたんだけど、スギナは、目的地があるように、ぐいぐい歩いて行った。
大路をいくつか過ぎて、大きな橋を渡ると、少し静かな通りに出た。
人通りがないわけじゃないんだけど、誰も大声を出したり、走ったりはしていない。
道を行く人たちはみんないい身形をして、仕草もどこか優雅な感じだ。
その通りに並ぶ一軒の戸を、スギナはがらりと開いた。
「ごめんください、スギナっす。」
入口に首を突っ込んでそう声をかける。
おう、お上がり、と中から声が聞こえた。
「おい、ついてこい。」
スギナは後ろにいるあたしに一声かけると、その家のなかに入って行った。
家のなかは天井が高くて薄暗かった。
明るい外からいきなり暗いところに入って、あたしはしばらく何も見えなかった。
間口の狭い家の片側は土間になっている。
水瓶や流し、小さな竈もある。
奥はどこまであるのか、端は見えない。
玄関の天井が高いと思ったのは、二階まで吹き抜けになっていたからだ。
その二階から、手すりに凭れてこっちを見下ろすヒトがいた。
「よく来たねえ。
まあ、こっちまで上がっておいで。」
ゆらりゆらりと手招きをする。
その声に、あたしは、背筋がぞくりとした。
「藤右衛門?」
ようやく慣れてきた目に見えたのは、白いうりざね顔だった。
「あたし、帰る。」
思わず引き返そうとした。
そのあたしの目の前で、開きっぱなしだった戸が、ぴしゃりと音を立てて閉まった。
え?
慌てて手をかけて開こうとしたけれど、戸は釘で打ち付けたようにびくともしない。
「まあまあ。
そうつれないことを言わずに。
ゆっくりしておいきよ。」
二階から、嗤いを含んだ声がそう言った。
「ほら、行くぞ?」
先に立ったスギナが、そう言ってあたしを振り返る。
あたしは渋々、スギナについていくことにした。




