表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花恋物語  作者: 村野夜市
63/164

63

門の前には大勢の人間が行列を作っていた。

スギナはおとなしくその行列に並ぶ。

門のところでは、人間の役人が、いろいろと尋ねるようだった。


ようやく順番がきたと思ったら、役人はスギナの顔を見て、親し気に笑いかけた。


「よう、スギさん。商いかい?」


「へえ。いつもお世話になっております。」


スギナは腰を低くしてそう言うと、懐からなにか取り出して、役人の袖にそっと差し入れた。


「あ。じゃあ、行っていいよ。」


役人はにこにこと手を振る。

スギナは、へえ、とだけ言って、あたしの背中を押した。


「え?今の、なに?」


尋ねるあたしの耳元で、いいから、と言うと、ぐいぐいと押して門を抜けた。

なんだろう。

よくわからないけど、あの役人のにやにや笑いは、妙に気持ち悪かった。


「あれこれ詮索されるよりはましだ。

 まあ、必要経費だ。」


スギナはぼそぼそと教えてくれる。

なんか、人間の世界って、大変そうだ。

郷の外に出てお役目を果たしてるヒトたちにとって、こういうのって、普通なんだろうか。

あたしは、施療院にいられて本当によかったと思った。


都の大路はそれはそれは賑やかだった。

市をいくつも集めたみたいだ。

ここにはきっと、国中のありとあらゆるものがあるに違いない。


美味しそうなもの、綺麗なもの、珍しいもの。

それが、次から次へと五感に入ってくる。


きょろきょろ見回していると、何度も人間にぶつかりそうになった。

ぎりぎりのところで、いつもスギナが引っ張ってくれたけど。


「おい、お前、そんな田舎者丸出しの顔してねえで、もう少し気を付けて歩け。」


とうとうそう言って叱られた。

田舎者って・・・あんたも同じところから来たんじゃない。


スギナは都には慣れているらしい。

大きな川みたいな人間の流れも、すいすいと渡っていく。

こんなに珍しいものがいっぱいあるんだから、もうちょっとゆっくり見たらいいのに。

あたしはそう思ってたんだけど、スギナは、目的地があるように、ぐいぐい歩いて行った。


大路をいくつか過ぎて、大きな橋を渡ると、少し静かな通りに出た。

人通りがないわけじゃないんだけど、誰も大声を出したり、走ったりはしていない。

道を行く人たちはみんないい身形をして、仕草もどこか優雅な感じだ。


その通りに並ぶ一軒の戸を、スギナはがらりと開いた。


「ごめんください、スギナっす。」


入口に首を突っ込んでそう声をかける。

おう、お上がり、と中から声が聞こえた。


「おい、ついてこい。」


スギナは後ろにいるあたしに一声かけると、その家のなかに入って行った。


家のなかは天井が高くて薄暗かった。

明るい外からいきなり暗いところに入って、あたしはしばらく何も見えなかった。


間口の狭い家の片側は土間になっている。

水瓶や流し、小さな竈もある。

奥はどこまであるのか、端は見えない。


玄関の天井が高いと思ったのは、二階まで吹き抜けになっていたからだ。

その二階から、手すりに凭れてこっちを見下ろすヒトがいた。


「よく来たねえ。

 まあ、こっちまで上がっておいで。」


ゆらりゆらりと手招きをする。

その声に、あたしは、背筋がぞくりとした。


「藤右衛門?」


ようやく慣れてきた目に見えたのは、白いうりざね顔だった。


「あたし、帰る。」


思わず引き返そうとした。

そのあたしの目の前で、開きっぱなしだった戸が、ぴしゃりと音を立てて閉まった。


え?


慌てて手をかけて開こうとしたけれど、戸は釘で打ち付けたようにびくともしない。


「まあまあ。

 そうつれないことを言わずに。

 ゆっくりしておいきよ。」


二階から、嗤いを含んだ声がそう言った。


「ほら、行くぞ?」


先に立ったスギナが、そう言ってあたしを振り返る。

あたしは渋々、スギナについていくことにした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ