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郷の外れにある花守様の森は、たくさんの木があって、一年中、鬱蒼としている。
葉を落とす種類の木も多いんだけど、冬になっても、どの木も青々と茂っている。
そして、いつも、どれかの木が花を咲かせている。
ことに、はじまりの木と言われる山吹の木は、一年中、葉を茂らせ、花も咲かせている。
郷の仔らは、小さいころに一度は、この木を見学に連れてこられる。
けど、それ以外には、滅多に足を踏み入れたことなんかない森だ。
郷のなかにあるんだけど、そこは仔狐にとっては、ちょっと怖いような、近寄り難い場所だった。
オトナたちにも、仔狐だけでは行ってはいけないとよく言われている。
悪戯坊主たちも、この森だけは、悪戯なんかしかけてはいけないんだ、って、なんとなく思っている。
そういう森だった。
森のなかに入ると、ちょっと、くらっとする。
強い霊力のせいだ、って、昔、見学に来たときに習った。
あたしは昔習った通り、一度立ち止まってから、目をつぶって深呼吸をした。
ゆっくりと、三回、深呼吸してから目を開くと、くらくらは収まっている。
それも、小さいころ、先生に習った方法だった。
花守様はとてもお忙しいから、お迎えには来られない。
先生は残念そうにそう言っていた。
けど、そんなに何日も旅するような遠方なわけでなし。
あたしは、大丈夫、ひとりで行けます、と胸を叩いた。
先生は、またため息を吐いて、眉をひそめてこっちを見ていたけど。
ほうら、大丈夫。
入口の深呼吸だって、ちゃんと覚えていましたよ。
あたしは心のなかで先生に報告をした。
花守様のお家は、はじまりの木の傍にあるらしい。
そういえば、昔、それらしい建物を見たような気もする。
ただ、始祖様のお屋敷、というには、それはあまりに質素な掘っ立て小屋で。
あたしもそのときには、物置かなにかと思ったんだ。
物置のような掘っ立て小屋は、相変わらず木の傍にあった。
こうして改めて見ると、やっぱりとても小さい。
ざっと見た感じ、小さな土間に厨もあって、その奥に寝間のあるくらいの大きさの家だ。
今日からここであたしも寝起きすることになる。
ひとつの寝間に花守様と二匹で寝起きというのは、ちょっと心配だけど。
先生の家にいたころにも、仔狐二匹に一部屋だったから。
それは、あんまり変わらないかな。
ただ、あたしは寝相が悪いらしいから。
寝ぼけて花守様を蹴とばさないように気を付けないと。
寝間には、布団二枚敷いたら、ぎっちぎちかな。
調度なんかちょっとたくさん目にあったら、布団、真っ直ぐに敷けないかも。
けどまあ、花守様には前にもお世話役が付いていたそうだし。
その狐もここにいたんだろうから、あたしも大丈夫だろう。
そんなことを考えながら、掘っ立て小屋、もとい、花守様のお家の戸を叩く。
とんとんとん。
おや?
ちょっと緊張して、おしとやかにやり過ぎたかも。
とんとんとん!
あれれ?
こんな狭い家のなかで、この音、聞こえないなんて、花守様、お昼寝でもしている?
どんどんどん!!
って、これでも聞こえないなんて、嘘でしょ?
まさか、花守様、倒れたりとかしてないよね?
いやいやいや、若く見えるけど、あれで実は相当なお年寄りらしいし・・・
「失礼!」
がらっ。
思い切り戸を引き開けたら、そこには、なにもなかった。




