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花恋物語  作者: 村野夜市
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いろいろとビビりつつも、とりあえず、双子を花守様のところへ連れて行く。

双子は草の上に座ると、童子とは思えない仕草で、花守様に挨拶をした。


「お初にお目にかかります。菖蒲と申します。」

「杜若と申します。」


「日頃は、我らの敬愛する姉上様をご指導くださいますこと。」

「心より、御礼、申し上げます。」


揃ってお辞儀をするふたりに、花守様も目を丸くした。


「これはこれは、まあまあ、ご丁寧に。

 けど、わたしには、そんな、ご挨拶なんて、いいんですよ?」


「いえいえ。花守様は、我らの大切な姉上様の、導師様でいらっしゃいますから。」

「そのうえ、郷の始祖様でもいらっしゃいます。」


「そのようなお方に礼を欠いては、我ら、末代までの恥。」

「ということは、姉上様にとっても、恥となりますゆえ。」


ふたりの堂々とした落ち着きっぷりには、花守様もあたしもたじたじだった。


ふたりは互いに視線を交わすと、ぱん、と同時に手を叩いた。

すると、ぼんっ、と音を立てて、立派なつづらが現れた。


これって、召喚術?

しかし、ふたりがかりとはいえ、この年で、これだけ大きなものを、これはすごい。

あたしたちの反応を見て、ふたりとも得意げな顔になる。

そういうとこ、ちょっと可愛い。


「こちら、ご挨拶の品でございます。」

「ご笑納くださりませ。」


ふたりがもう一度手を叩くと、つづらは勝手に蓋が開いた。

中から溢れ出したのは、金銀財宝、珊瑚に真珠、琥珀に瑪瑙、大小の宝玉。

それから、舶来の薬草、珍しい冬虫夏草まであった。


「これはこれは。まあ。」


花守様は目を丸くする。

それからちょっと困った顔になった。


「このようなお気遣いは、どうぞご無用に・・・」


ふたりは揃って頭を下げた。


「頭領家の第一子を二年もお預かり頂いているわけですから。」

「こんなものでは到底足りないと、母は申しておりました。」


「しかし、花守様は、音に聞く清貧の聖者様。」

「ならば、あまりに仰々しいのもかえって失礼と、控えましてございます。」


いえいえ、全然、控えてません、って。


と、花守様の目は訴えている。


ぎりぎり口に出さなかったのは、相手が幼い童子だからだろう。

親に、そう言えと言い含められてきているのだろうし。

可哀そうだと思ったのかもしれない。


ゆったりと頭を下げるふたりは、どこからどう見ても、非の打ちどころのない良家の坊ちゃんだ。

これがあたしの弟だっていうんだから、びっくり。

まあ、血は繋がってなかったらしいけど。


「楓さんに来ていただいたのは、治療の一環だったのです。

 見習いというのは、記憶を封じていたため、あくまで、言い訳にしただけのこと。

 実際には、わたしに、楓さんを導けることなど、なにもありませんでした。

 むしろ、わたしのほうが、楓さんに助けていただくことばかり。

 最初のお約束を破り、ずるずると引き留めてしまったのも、わたしの都合。

 お礼もお詫びも、申し上げなければならないのは、わたしのほうなのです。

 それでこのようなことをして頂いては、わたしも心苦しゅうございます。」


あくまで固辞するように、花守様は首を振った。

すると双子は、いきなり頼りない目つきで花守様を見上げた。


「それでは我ら、お使いも果たせぬ不調法者になってしまいます。」

「仔狐の使い、と母上に叱られます。」


さっきまでの一丁前の仕草とは違って、途方に暮れた仔狐のような目になる。

花守様は、はっとした顔をしてから、困りましたねえ、と首を傾げた。


「もらっといたら、いいんじゃないですか?」


あたしは横からぼそっと言った。

あの家はお金持ちだし。

藤右衛門はなかなかのやり手で、稼ぎもいいらしい。

もっとも、家に帰らない瘋癜だけど。


「我らのためと思って。」

「どうぞそうしてくださいませ。」


双子も今にも泣き出しそうな顔をして、ダメ押しとばかりに頭を下げた。


「仕方ありません・・・か。」


花守様がそう言った途端、双子はけろりと笑顔になった。

この年であれが演技なら、なかなか先の恐ろしい仔狐だ。


「さて、ではお次は、姉上様へのお祝いの品。」

「こちらを御覧くださいませ。」


次にふたりが出したのは、意外に小さい桐の箱だった。


まあ、このくらいなら、もらっといてもいいかな、と思わせる絶妙な大きさだ。


あたしは何気なく箱の蓋を開いた。


「う、わっ、なにこれ?」


箱を開いた途端、そこから差した光が眩しくて目が開けられない。


「藤右衛門様、直々の、お見立てでございます。」

「ご卒業の宴では、是非、これをお召しになっていただきたい、と。」


光のむこうで陰になったふたりがそう説明する。


「え?衣なの?これ?

 嘘でしょ?趣味悪。」


きんきらきん?いや、ぎんぎらぎん?

とにかくまともに見てられない。

あたしは急いで箱の蓋を閉じた。


「純金を細く撚った糸と純銀を細く撚った糸を織った、妖狐の郷、匠の逸品でございます。」

「仕上げに藤右衛門様の妖力を施し、輝きをさらに増しております。」


郷にそういうとんでもない織物があるなんて知らなかった。

いったいなにに使うんだろう?

それにしても、ただでさえ眩しいのを、さらに眩しくなんて。

いらないことをするもんだ。


「こちら、花嫁衣裳にしてもおかしくはないほどの御品。」

「その場で我らと祝言を挙げて頂いてもよろしゅうございます。」


いや、それは、やりませんけど。


「あ。じゃあ、これは、結婚式で着ます。」


ということにしておこう。


双子は、がっかりした様子もなく、にっこり頷いた。

もしかしたら、あたしがそう言うだろうって、予想してたのかもしれない。


「髪飾りは別途、ご用意させて頂きました。」

「こちらは母上からでございます。」


ふたりはそう言って、今度は古ぼけた小さな木箱を取り出した。

開けてみると、意外と質素な古い簪が一本、入っていた。


「これは、母上の収蔵品のなかでも、特別な一品。」

「いろは様と藤右衛門様のご祝言の折、いろは様のつけておられたものだそうです。」


「え?」


一瞬、息が止まった。

どきどきいう自分の心臓の音だけ聞こえる。

簪を持った手が震えた。


そっか。

これ、母さんの、なんだ。


「その後も、なにか特別なときには、いろは様は好んでお使いになっておられた、と。」

「いろは様のお使いになっていた、そのままの状態にしてあるそうです。」


「多少、くもりやくすみもございますが、まずはそのまま、ありのままの状態で持参いたしました。」

「お望みとあらば、職人に磨かせ、輝くようにいたしましょう。」


「いや、いいです。

 これは、このままで。」


あたしは簪を握った手を胸に抱きしめた。

母さん。

ずっと、記憶を封じられて、声も、顔も、知らなかった。

もちろん、形見なんてものも、何一つ、持ってなかった。


そう言われれば、どことなく見覚えもある気がする。

これは、何より嬉しい贈り物だった。


「・・・有難う、ございます・・・」


あたしは双子にむかって、深々と頭を下げた。

この仔らのことを疎んで家を出たのに。

この仔らの母さんのことを、ずっとずっと、嫌っていたのに。

こんなふうに優しくしてもらえることが、申し訳なくて、有難かった。


すると双子はすっと立ち上がると、あたし前に来て屈んだ。


「姉さま、よしよし。」

「大丈夫、大丈夫。」


そう言って、小さな手を伸ばして、左右から、あたしの頭を撫でる。

それがまた妙に心地よくて、あたしはじっとしていた。


「泣かないで、姉さま。」

「僕らがついてるよ?」


言われて初めて、自分が泣いていたのに気づく。

こんな小さい仔に慰められるなんて、ちょっと恥ずかしいけど。

それでも、なんだか、あったかい。


盛大に鼻をかむ音がして、なんだろうと思って見たら、花守様がぼろっぼろにもらい泣きしていた。


「僕らの母さんでよかったら、いつでもあげるから。」

「祝言を挙げたら、すぐにでも、姉さまの母さんになるよ?」


いや、それは、遠慮しときます。


「弥栄。楓姫。弥栄。」

「姫の前途に幸多からん。弥栄。」


ふたりは歌いながら、面白い振りで踊り始めた。

仔狐の身軽さで、くるくると舞い踊る。

すとん、とん、と踏み鳴らす足の調子も、楽し気だ。


それがあまりにも楽しそうなもんだから、あたしは泣いていたのも忘れて思わず笑ってた。


笑うあたしを見て、ふたりも、嬉しそうに声を立てて笑った。

花守様も、楽しそうに笑っていた。


「姉上様、お目出度う、ございます。」


踊りの最後にそう言って、ふたりは優雅に頭を下げた。


いつの間にか周囲には観衆が集まっていて、盛大な拍手がいつまでも鳴りやまなかった。











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