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薬作りに妖力を使うようになってから、体調はずいぶんよくなった。
大きすぎる妖力は、あたしにとっても負担だったようだ。
術も、少しずつだけど、上達した。
っても、飛行術とか、高速移動とか、運動機能を強化するようなやつばっかりだったけど。
狐火のような、いわゆる、術らしい術、ってのは、相変わらず、さっぱりだった。
妖術の上達には、気持ちってのも、いろいろと影響するらしい。
得意不得意もあって当然。
花守様は、できないあたしも全然責めないで、呑気な調子でそう言ってくれた。
だから、あたしも、まあ、いっか、って思えた。
薬作りは、最初のうちは、花守様がいつも、一緒にやってくれた。
後ろからあたしの手を持って、ゆっくりと、こおろこおろの歌を歌いながら、花と水を混ぜる。
難しい歌じゃないし、そのうちあたしも、一緒に歌うようになった。
そしたら、花守様は、あたしの手を持つのはやめて、前に回って壺を押えるようになった。
しばらくの間は、そんな感じで続けていた。
けど、これならひとりでも、やれるんじゃないかなって思えてきて。
思い切ってやってみたら、案外、すんなりできてしまった。
それからは、あたしもひとりで薬を作るようになった。
あたしの回復を見届けたスギナは、また薬売りに戻った。
あたしの作った薬も、スギナは売ってくれている。
俺が高値で売ってやるから、お前は、ばんばん、薬を作れ。
なんて、楽しそうに言ってる。
まあ、倒れるほどにはやるなよ、って念も押してたけど。
いつの間にか二回目の年も越して、春が近づいていた。
もうそろそろ、あたしの見習い期間も終了だ。
けど、見習いを終了しても、施療院に残るつもりだったし。
それほど、何かが変わる、という気もしなかった。
薬を作れるようになれたのは、すごく嬉しかった。
これで、施療院に残るのに、引け目を感じなくてすむと思った。
薬作りも順調だったし、薬の売れ行きも順調だ。
施療院は、まあ、毎日なにやかやとバタバタしてるけど、それも日常と言えば日常だった。
そんなある日。
施療院に珍客が訪れた。
「もうし、もし、施療院というのは、こちら様でございましょうか。」
「どなたか、お取次ぎ、くださいませ。」
甲高い声でそう呼ばわりながら現れたのは、双子の童子だった。
「我ら、藤右衛門の家の使いでございます。」
「姉上様のお祝いを持参いたしました。」
「おい。お前様に客だ。」
食事の支度をしていたあたしは、柊さんにそう言われて、慌てて出て行った。
そこにいたのは、見覚えのない双子だった。
そっくり同じ青紫の衣を着て、髪は肩のところでぱっさりと切り揃えてある。
双子はあたしの顔を見ると、嬉しそうな顔になって、駆け寄ってきた。
「姉上様!」
「姉上様!」
左右から両手を取られて、軽く、既視感を覚える。
どこかの森の精霊にも、いたよね、こういうの。
「菖蒲にございます。」
「杜若にございます。」
ふたりはあたしの顔を下から覗き込みながら、同時に名乗った。
その名を聞いて、ようやく思い出した。
このふたりは、藤右衛門と今の奥方の仔。
あたしにとっては、母親違いの弟だ。
あたしがあの家を出たとき、ふたりはまだ生まれたばっかりの赤ん坊だった。
その後、あたしはあの家には一度も帰ってない。
いつの間にか、すっかり大きくなったなと思った。
けど、ふたりにとっても、あたしは初対面も同然なはずだ。
の割りには、ふたりとも、あたしの顔を見た途端に、あたしだと分かったようだった。
「姉上様。絵姿で拝見した御姿のままです。」
「いいえ。絵姿より千倍お美しい。」
・・・なに、この仔ら?
幼い姿に似合わず、口は達者だ。
確か、道場にはもう、入門してるんだっけ?
それにしても、いったい誰に似たんだろう?
「ずっと、一目でよいから、お会いしとうございました。」
「念願叶い、ご尊顔を拝しまして、感無量にございます。」
両手を合わせてあたしを拝む。
いやいや、生きてるうちに拝むのはやめてください。
「母上は、毎日、姉上様の絵姿に、陰膳を据えております。」
「姉上様のご無事を祈って、毎日手を合わせております。」
「我らも毎日、共にお参りしております。」
「おさがりをいただくのも、楽しみです。」
そっか。
奥方も、あたしのこと、気にかけてくださってるんだ。
奥方が、あたしの母さんを謀殺した、なんて、とんでもない噂話を信じてたこともあった。
あれは、つくづくバカだったと思う。
母さんのことに、奥方は、これっぽっちも責任はなかったんだから。
ただ、藤右衛門は、母さんが亡くなってすぐ、あの奥方を娶った。
この仔らの生まれたのは、そのすぐ後だった。
だから、あたしも、そんなつまらない噂を信じてしまったのかもしれない。
「姉上様。」
「姉上様。」
ふたりはそっくり同じ目をしてあたしを見ていた。
あたしは暗い物思いから慌てて自分を引き戻した。
なんにせよ、この仔らには、そんな親の事情なんてまったく関係ないんだし。
こんな小さい仔に邪険にあたるほど、あたしももう、仔狐じゃない。
「姉上様を姉上様とお呼びできて、我ら、尊き幸せにございます。」
「血の繋がらぬ我らを、藤右衛門様は、自らの仔にしてくださいました。」
「母上は、藤右衛門様の御恩を忘れてはならぬと、我らに言い聞かせてございます。」
「藤右衛門様にも姉上様にも、感謝しても感謝しきれませぬ。」
え?
今、なんて言った?
「血が、繋がってない?」
あたしが聞き返すと、双子ははいと同時に頷いた。
「やはり、ご存知なかったか。」
「そうではないかと、母上も申しておりました。」
「姉上様も幼仔であったので、そのときは、何も語らなかったと。」
「いっそ、自らの仔であると、騙ってしまおうかとも、思ったそうでございます。」
双子は顔を見合わせてから、はあ、とため息を吐いた。
「母上は、姉上様を、それはそれは、自らの仔にしたかったのでございます。」
「なにせ、あのいろは様の忘れ形見。」
いろは様?
って、母さん?
「母上は、今も、いろは様の、熱烈なる心奉者にございます。」
「身も心も、いろは様一筋の、崇拝者にございます。」
「いろは様の持ち物は、すべて、宝蔵の中に収めてございます。」
「ときどき取り出しては、ふへへへ、と気味の悪い笑い声を上げております。」
「いずれ全て姉上様にお返しするとは申しておりますけれど。」
「その日のくるまで、大切に保管するのが、自らの使命なのだそうです。」
「姉上様は、母御の記憶を封じられておられたとのこと。」
「これは好機と、余計なたくらみをいたしましたのが、母上の浅はかさで。」
また双子は同時にため息を吐いた。
「姉上様に疎まれて、一時は世をはかなみたくなったとか。」
「流石に乳飲み仔は放り出せず、思いとどまったと申しておりました。」
「その乳飲み仔というのは、我らのことで。」
「あんたたちのおかげで助かったと、いつも申します。」
「すると、生きていればまた好機もあるさと、立ち直りの早いのだけが取り得なヒトで。」
「毎日毎日、姉上様を思うて、念を送っておりまする。」
まったく、知らなかった。
あたしは目の前の双子を、まじまじと見つめた。
ふたりは、そんなあたしを見上げて、にやり、と笑った。
「我らのどちらか、いずれ、姉上様を娶るようにと、幼いころから言い聞かせられました。」
「子守歌の代わりに、姉上様のお話しを伺い続けてまいりました。」
は?
「我ら、姉上様の夫君として不足のないよう、幼いころから鍛錬に励んでおります。」
「年だけは姉上様にかないませぬが、なになに、オトナになれば、このくらいは誤差のうち。」
「いえいっそ、ある程度の年を越えれば、若いほうが値打ちもあると。」
「母上もそう言うて、励ましてくれましたゆえ。」
「そうすれば、名実ともに、姉上様から母と呼ばれると。」
「母上の長期計画にございます。」
え?
ちょっと、そんなの、いつの間に・・・
「正直申しますと、我らとて、迷いがなかったわけではございません。」
「なんといっても、絵姿と、母上の歪んだ情報しかなかったわけでございますから。」
「しかし、こうして直接お会いして、我らの心も決まりました。」
「やはり、姉上様は素晴らしい。」
「是非とも、我らのどちらかを、お選びください。」
「いっそのこと、どちらも、でもよろしゅうございます。」
はあ?
双子はあたしの前に膝をつき、それぞれ握っていた手の甲に、ちゅっと軽く口づけた。
それから、上目遣いにあたしを見て、にぃっこり、不敵な笑みを浮かべてみせた。




