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花恋物語  作者: 村野夜市
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花集めをしていたあたしのところに花守様がやってきたのは、それから数日後のことだった。


「施術、もう終わったんですか?」


「ああ。ええ。

 思ったより、軽い怪我だったんです。

 毒がないと、楽ですよねえ。」


花守様はけろっとしてにこにこと答えた。


今朝も戦場から運ばれた戦師の施術が入っていた。


施術の必要な患者さんって、いっつも、付き添いもなしに、いきなりやってくることが多い。

自力じゃ動けないヒトも多くて、どうやってやってくるんだろうって、ずっと思ってたんだけど。

どうやら、戦場から直接、転送で送られてくるらしい。


戦場には、施療院に直接転送する、場、ってのを、真っ先に作っておくんだって。

それを使えば、怪我人は即座に、施療院に送り込めるようになっている。

場、の維持は、妖力もたくさんいるし、なかなか難しい術らしいんだけど。

そこは、戦師ってのは、術にも長けたヒトが多いから。

それに、戦師のお役目ってのは、たいてい複数で行くものらしい。

誰かが怪我をしたら、すぐに、仲間が、場、を使って、施療院に送り込む。

そういえば、スギナも、あのとき、突然、現れたんだけど。

あれは、スギナの導師が、ここへ送り込んでくれたわけだ。


けど、怪我人が戦場からではない場合は、自力で歩いてきたり、誰かに連れてこられたりする。

すると、その間に怪我が酷くなってたりして、かえって辛いことになることも多い。

いっそ郷のあちこちに、その、場、ってのを設置できないもんかなと思うけど。

常に妖力を補給しないといけないのと、管理が難しいのとで、なかなか実現しないんだって。


けど、もし、その場が、郷のあちこちにあったら。

母さんも助かったかもしれない。

あのとき、父さんは、母さんを抱えて走った。

他にやりようもなかったんだろう、とは思う。

瀕死のヒトに対して、強力な術を使うのは、とても危ないことだから。

花守様は、いっつも施術でそれをやってるけど。

それって、かなりすごいことだったりする。

妖力の総量の大きさはもちろん、状況に合わせた臨機応変で繊細かつ大胆な判断。

それ全部やってのけるのは、花守様の他にはいない。


あたしの妖力の危険については、両親もよく分かっていたらしい。

だから、術の練習も、誰かに迷惑をかけないように、郷から離れた、野っぱらでやってた。

施療院には、うんと、うんと、遠かった。

それも、よくなかったんだろう。


あたしの父親は、今は、戦師の頭領をやってるくらいだから。

実力?も、そのころから、それなり、それなり、だったんじゃないかと思う。

施療院に繋ぐ、場、の術くらいは、やろうと思ったら、そのときから、できたんじゃないかな。

やっとけばよかったのに。

なんで、やっとかなかったんだろう。

まあ、もっとも、仔狐の狐火の練習くらいで、そんな大怪我するわけない、って、思ってたのかな。

思ってたんだろうな。

まあ、思うよな。


それはさておき。


最近は、花集めも水汲みも、ほとんどあたしにお任せ状態だったから、ちょっとびっくりした。


「あ、なにか、あたし、失敗してました?」


シベかガクが混じってた、とか。

花びらが汚れてた、とか。

なにか、まずいことでもあったかと、あたしは不安になった。


けど、花守様は、あー、いえいえいえ、と手を振った。


「いつもよくやってくださってて、本当に助かっておりますとも。」


そんなら、何をしに来たんだろう?

不審な目をむけると、あははは、と乾いた声で笑った。


「わたしの教え子の愛らしい姿を拝みに来た、とは思っていただけませんか?」


「忙しいのに?

 そんな暇あったら、ちょっとでも寝たらどうです?」


今朝も、緊急の患者の到着で、朝餉もろくに食べられなかったはずだ。


「それとも、朝餉の支度をしろと、言いに来たとか?」


最近、花守様は、食事を抜くと、ものすごく残念そうにする。

これがちょっと前までは、お酒と山吹の実しか口にしなかったなんて、嘘みたいだ。

いつの間にやら、すっかり食い意地の立派なヒトになった。


「あああ、いえいえ。

 朝餉の支度くらい、自分でいたしますとも。

 お茶碗に入れるだけなのですし。

 もっとも、していただけるなら、それはそれで嬉しいですけど。

 あああ、いえいえいえ。

 してくれと言うつもりは毛頭ありません。」


なにやらひとりでおたおたしたかと思うと、はあ、と突然、ため息を吐いた。


「実はね。ちょっと、ご相談が・・・」


「なんでしょう?」


花守様があたしに相談なんて珍しい。

もっとも、無断でなんでもやってしまうヒトというわけでもない。

どちらかと言うと、あたしになにかやらせる前に、全部、自分でやってしまう方だ。


「口で説明するのも、ちょっと・・・

 あの。ちょっと、一緒に来ていただけますか?」


花守様は困ったようにそう言った。


あたしは仕方なく、花集めをそのままにして行こうとした。

それに気づいた花守様は、あ、と言って、ひょいひょいと、指を振った。

すると、花びらはするする~っと、甕のなかに入っていった。


「よっこいしょ。」


花守様の掛け声と共に、甕は、すっと浮かび上がる。

自分で持つわけじゃなくて、術で浮かしてるんだけど、花守様って、いっつも、そう言う。


「ああ。

 お待たせしました。

 じゃあ、泉へむかいましょう。」


そのまま甕を引き連れて、花守様はすたすたと先に歩きだした。


通い慣れた道だったけど、泉に着くまで、花守様は、一言も口をきかなかった。

これって、ものすごく珍しいことだ。

何にも話すことがなくったって、何かしら話してるのが花守様だから。

それもないときには、あらら、とか、ほわわ、とか、何かしら、呟いているのが、花守様だから。

それすらも言わないなんて、いったい、どうしちゃったのかと、心配になった。


泉に着くと、花守様は、するする~っと、術で甕に水を汲み上げてしまった。

つくづく、あたしがやるより早い。

この術、覚えろ、とか言うのかな。

まあ、覚えられたらいいな、とは思うけども。


「ちょっと、こちらへ。

 あ、そのくらいで。」


花守様に手招きされて近づくと、花守様はあたしを甕の前に立たせた。

それから、甕をかき回す柄杓を取り出して、あたしの手に持たせた。


「少しびっくりするかもしれませんけど、大丈夫ですから。

 気持ちを楽にして、力を抜いてくださいね。」


わざわざそんなことを言ってから、あたしの後ろに立つ。

それから、柄杓を持っているあたしの手を、上からそっと握った。


「こうして、ゆっくり、ゆっくり・・・」


花守様はあたしの手を持ったまま、柄杓で甕の花をかき混ぜ始めた。


「こおろこおろ

 こおろこおろ」


詞に合わせて、柄杓を動かす。

こおろこおろ、の調子が次第にからだにしみついてくる。


すると、ゆっくりと歌いだした。


たまきはる

いのちのはなの

あなとうと

こおろこおろに

かきならし


その調子に合わせるように、あたしのなかから、何か流れ出してくる。

それは柄杓を伝って、甕に流れ込み、水と花と混ざっていく。

すると、ふわり、と、目の前の甕が光った。


「大丈夫ですか?具合悪くなったりしてませんか?」


心配するように花守様はそう尋ねるけど。

具合悪いどころか、なんだか、すっきりして気分がいい。


「全然、大丈夫です。」


「なら、もう少し、やってみましょうか。」


花守様は、また、こおろこおろ、と唱え始めた。


花守様の薬作りは、初めて見たわけじゃない。

あの歌だって、こおろこおろ、だって、何度も何度も聞いた。

だけど、なんだろう。

今日はいつもとはなんか違う。

こおろこおろがこんなに響きのいい音だと思ったのは初めてだし。

花守様の歌も、いつもより、耳に心地いい。


歌に合わせて、あたしから流れていくこれは、いったい、なんなんだろう。

ふわりと力が抜けて、からだが軽くなっていく。

そして、それが流れ込むと、甕の水は、柔らかな光を放つ。


「この光は、あなたの妖力ですよ。」


あたしの疑問に答えるように花守様は教えてくれた。


へえ。これが?

妖力って、こんなに綺麗なものだったんだ。


「あなたの力は、綺麗で優しくて、しなやかに強い。

 素晴らしい力です。」


花守様はそう褒めてくれた。


今にも暴れだしそうな蛇。

膨れ上がってはちきれそうな力。

自分の妖力には、そんな印象しかなかったんだけど。

目の前の甕のなかで淡く光っているものは、とても、綺麗だった。


何度か歌を繰り返すと、目の前の甕は、もう混ぜなくても、ずっと光っているようになった。


「さてと。

 こんなもんですかね。」


花守様は、そう言うと、柄杓を動かすのを止める。

その途端、足元がふわっとなって、あたしはその場に崩れ落ちそうになった。


「お、っと。」


花守様はそのままあたしを抱きとめて、ゆっくりと座らせてくれた。


「少し、無理をさせてしまいましたか。

 しばらく、休んでいてください。」


あたしは言われた通り、そのままそこへへたり込んだ。

ちょっと、すぐには動けそうにない。

その間に、花守様は甕に厳重に封印を施した。


「これはまた、いい薬になりそうです。」


「・・・あたしの妖力って、薬になるんですか?」


「ええ。

 とってもいい薬になりますよ。」


花守様はにこにことあたしに言った。


「薬作りには、結構な妖力を必要とするのですが。

 これほどの妖力を抜き取っても、まだ、大丈夫だなんて。

 あなたの妖力は底知れずですね。」


そっか。さっきのあれって、妖力を抜き取ってたんだ。

花守様って、そういうこともできたんだ、って素直に感心した。


妖力って、体力に似てるところもあって、使いすぎるとすごく疲れる、らしい。

使い果たすと、気を失ったり、場合によっちゃ、命すら落とすこともある、らしい。

らしい、って付けてんのは、あたしはそんな経験、したことないから。

まあ、狐火すらまともに使えないのに、大量の妖力、使うなんて、あるわけないもんね。


そっか。

今、あたしがへたり込んでるのって、妖力をたくさん使ったからなんだ。

けど、これって、体術の鍛錬のきついのをやった後みたいで、なんか、気持ちいい疲れだ。

悪い気分じゃなかった。


「これからは、こんなふうに、薬作りに、あなたの妖力を、分けていただけませんか?」


花守様はそう言ってあたしを見た。


「もちろん。

 あたしの妖力がこんなふうにお役に立てるなら。

 いくらでも、どんどん、使っちゃってください。」


あたしは嬉しくなって即答した。

すると、花守様は、ちょっと困ったように笑った。


「あなたの妖力を勝手に使うなんて、もちろん、たとえ導師でもしてはいけないことです。

 ただあなたの場合、少ぅし妖力を減らしておいたほうが、術を使いよいのではないか、と。

 重すぎる道具は、持ち上げるのも、使うのも大変ですから。

 ならば、その減らす分の妖力を、薬に使わせていただけないかと、考えたのです。」


それもこれも、元は言えばあたしのためなのに、花守様はいろいろと悩んでくれたみたいだった。

花守様って、つくづく、優しくて真面目なヒトだと思った。


「もちろん、重い道具を使いこなすには、腕の力を鍛えることも必要です。

 ただ、いきなり重い道具を扱うより、最初は軽い道具から始めるのもよいと考えたのです。

 修行を積めば、重い道具も使いこなせるように、妖力を多く使う術も使えるようになるでしょう。

 そうなれば、あなたの力を薬に分けてほしいとは、申しません。」


「いやあ、そんな術、使えるようになるなんて、まだまだ先だろうし。

 それまで、遠慮しないで使っちゃってください。

 なんか、今、ちょっと、楽だし。」


それは本音だった。

封じてもらってたころは、そんなに重いとは思ってなかったんだけど。

このところ、よく眠れなかったり、からだが重かったりしたのは、この妖力のせいだったんだ。


花守様はにっこり頷いた。


「なら、まあ、遠慮なく。

 わたしとしても、助かります。

 薬を作れるほどの大量の妖力を持つ方は、そうそうおられませんから。」


へえ。

妖力が多いってのも、そう悪くないもんだな、と。

そんなことを、初めて思った。







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