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庵に戻ると、花守様は、いつもの変化した姿になっていた。
途中で目を覚ましたか、もしかしたら、無意識のうちにでも、戻ったのかもしれない。
狐になっちゃったのを知っているのはあたしだけ。
さっきの花守様じゃないけど、このことは、冥途の土産に墓場まで持って行ってあげよう。
わざわざ花守様に言う必要もない。
こっちの寝顔のほうは、何回か見たことある。
起きてるときも、割といつもにこにこしてるけど、寝てるときも、花守様はいつもにこやかだ。
なんだか、楽しくって仕方ない、って顔、してる。
いつも忙しくてなかなかそんな暇はないんだけど。
実は、花守様は、寝るのが大好き。
だから、寝ているときは、この世の至福、って顔になる。
多分、もっと暇だったら、一日中でも寝ていたいんだと思う。
花守様は何かいい夢でも見てるのか、突然、えへへ、と笑った。
ちょっと、びっくりする。
起きたのかと思ったけど、しっかりまだ寝ている。
寝言で笑ったらしい。
あたしには柊さんが幻術をかけてくれたらしいけど。
もしかしたら、庵に、その効果でも残ってたのかな。
いや、そんなわけないか。
どっちにしても、花守様が、幸せそうなのはよかった。
さっきのスギナの話しには驚いた。
スギナは嘘つきでもないし、わざと大袈裟に言ったわけでもないだろう。
それにしても、スギナの話しに聞いた花守様の姿は、ちょっと、想像もつかない。
あたしには、まったくちっとも、そんな素振りは見せなかったし。
心配かけちゃったお詫びと、看病してくれたお礼、しなくちゃと思う。
けど、何をしたらいいかな。
聞いたら絶対、何もいらない、って言うだろうし。
こっそり、用意できること・・・
あ。そうだ。
あたしはふと思いついて、自分の物をしまってある行李を引っ張り出した。
ずっと長く、大事に使っている道具と一緒に、山吹色の小切れが一枚、しまってある。
前に、スズ姉に、卒業祝いだと言って買ってもらった小切れ。
こんな小さい布切れなのに、銀貨一枚もした代物だ。
仕立ては自分でしなさいね、とスズ姉に言われて、そのままになってた。
っても、この大きさで作れるものなんて、あんまりない。
巾着とか、作れないかな?
あたしは布を広げて矯めつ眇めつしてみた。
大きさは問題なさそうだけど、問題はあたしの腕だ。
お裁縫は・・・お世辞にも、上手とは言えない。
あ、いや。
それはかなり、遠まわしな言い方。
はっきり言って、どのつく下手くそ。
指を刺す、自分の衣を縫い付ける、辺りは、基本として。
縫うところを間違える。
隣のヒトの衣も縫い付ける。
挙句、何度もほどいては縫い直しを繰り返しているうちに、布はくたくたになる。
武勇伝、上げてりゃ、キリがないほどで。
作ったものが、使えた試しは、ただの一度もない。
う。
困った。
とっておきのこの布を贈るってのは、いい思いつきだと思ったんだけどな。
そもそも、この布を初めて見て気に入ったの、って。
布に織り込まれた山吹の花の柄と、その鮮やかな色合いだった。
花守様の目の色だ、って思って。
目が離せなくなったんだ。
これ、どうにかできないかな・・・
考えても分からないときは、誰かに相談。
花守様もまだ当分、起きそうにないし。
あたしは、布を持って、たーっと庵を飛び出した。
とりあえず、思いつくのはスギナだ。
厨にいるかなと思ったら、思った通りいた。
夕食の仕込み中だった。
布を見せて相談したら、うーん、と首をひねった。
「このくらいの大きさだと、巾着くらいしか思いつかないなあ。
お前、縫えないなら、俺、縫ってやろうか?」
スギナは、自分の衣も自分で作ってるくらい器用だから、巾着くらいお手の物だろうけど。
これだけは、自分で作りたい気がして、それは丁重にお断りした。
「柊さんに相談したらどうだ?
あのヒト、意外と物知りだし。」
そうだ、柊さんなら、いいこと思いつくかも。
柊さんを見つけるのはちょっと大変だった。
とにかく、担当している患者さんが多い。
ひとりひとり尋ねて回るけど、ああ、さっきまでいたんだけど、とか、次、行ったよ、とか。
そんなのばっかり。
さんざんあちこちうろうろして、ようやく捕まえた。
「は?布?
それを何故、わたしに聞く?」
相談すると、第一声、そう言って睨まれる。
けど、睨んでるように見えるのは、単に目が悪いだけ。
そう聞いてからは、前みたいに怯むこともなくなった。
「そんなことより、具合はどうだ?
まあ、だろうな。
花守様は?
寝ていらっしゃる?
ああ、それなら、寝かせておけ。
え?
花守様に、それを、差し上げるのか?
ふむ。
なるほど・・・
は?手作り?
素直にどこかに仕立てに出したらどうだ?
どうしても自分でやりたい?
ならば、そうだな・・・
お前様の力量なら・・・
布の四辺を折り返して真っ直ぐに縫う。
そのくらいなら、できるだろう。」
そう言って針と糸を貸してくれただけじゃなくて、縫い方まで教えてくれた。
なんだかんだ言って、親切なんだよね、柊さん。
花守様の寝ている間にできないかと思ったけど、到底無理だった。
結局、その後、ひと月以上かけて、ちくちく、ちくちく、頑張って、縫った。
というわけで、出来上がったのは、風呂敷だ。
針目も揃ってなかったし、真っ直ぐにも縫えなかったけど。
何回も縫い直して、よれよれになったとこもあるけど。
それでも、それを渡すと、花守様は、それはそれは喜んでくれた。
それから大事そうに懐にしまい込んだ。
何かに使ってるのは見たことないけど。
今も、あれ、持っているのかな・・・




