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花恋物語  作者: 村野夜市
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目の前に見えたのは、綺麗な綺麗な山吹の花の色。


はっとして、目を開くと、花守様の目と目が合った。


「あ。」

「あ?」


花守様は、視界いっぱいになるくらい近くにいて、あたしはぎょっとした。


「あああ、ごめんなさい。

 驚かせてしまいました。

 少し、様子を診ようとしただけなのです。」


花守様はひどく取り乱した様子で、慌てて離れた。


「ごめんなさい。

 寝顔が可愛い、とか、今、ちょっと笑った、なんて・・・

 あああああああ!!!い、いえ、なんでも、ありませんっ!!!!!」


あたしはぼんやりした目で辺りを見回した。

見慣れた景色・・・

そこは、いつも寝起きしている庵だった。

お気に入りのふかふかの寝具に包まれて、あたしはぐっすり眠っていたらしかった。


あたふたしている花守様に、あたしは話しかけた。


「・・・あたし、笑って、ました?」


声がかすれている。

なんだか自分の声じゃないみたい。


「え?

 あ、ああ・・・ええ、とっても。

 いいお顔で笑ってました。」


花守様はうんうんと何回も頷いた。


それから、お水、飲みますか?と聞いてくれた。

あたしが頷くと、枕許にあった水差しで、水を飲ませてくれた。


水を飲むと口のなかがちょっとすっきりして、格段に口をききやすくなった。


「・・・そっか。」


笑ってたのか、あたし。


「いい夢を、見てたんです。」


「そうでしょうとも。

 柊殿が、あなたに術をかけてくれてたんです。

 柊殿の幻術は、それはそれはいい夢を見られると、評判ですから。」


そっか。

なるほど。

これが、柊さんの術というやつか。

そら、評判になるだろうな。


「・・・柊さんは?」


「ああ、もうじきあなたは目を覚ますだろうから、後はわたしに任せたと言って。

 柊殿も、大勢、患者さんを抱えておられますからね?」


ですよね。

一言お礼を言っておかなくちゃと思ったけど、それはまあ、後にしよう。


「花守様は、お仕事は・・・?」


「他の治療師さんたちが、代わってくださいました。

 だから、よほどのことがない限りは、あなたの傍にいます。

 どうか、安心して、ゆっくり休んでくださいね。」


花守様は、にっこり笑ってそう言った。

あたしは慌ててからだを起こした。


「それなら、花守様が休んでください。

 あたしはもう、たっぷり寝たし。

 よかったら、ここで・・・」


「あらあら。それはいけません。」


花守様は起きようとするあたしを寝具に押し戻した。


「あなたはまだ休まないと。

 覚えていませんか?

 泉の傍で倒れていたのですよ?」


「あ・・・ちょっと、くらっ、として・・・

 そうだ、突然、日食になって!」


「日食ではなくて、恐らく、そのとき気を失ったのです。」


「ああ!そうだ!

 甕は?

 あたし、甕、壊してなかったですか?」


急いで尋ねたら、花守様は少し気が抜けたような顔をして微笑んだ。


「心配しなくても、甕は無事ですよ。

 けれど、あなたは無理をし過ぎです。

 いいえ。

 あなたをこんな目に合わせたのは、わたしに責任があります。

 わたしは、ずっと、あなたの一番傍にいたというのに。

 こんなになるまで、無理をさせるなんて。

 本当に、申し訳ありません。」


そう言って、丁寧に頭を下げた。

それから、しょんぼりと付け足した。


「本当に、わたしは導師失格です。

 いいえ、それ以前に、治療師も失格です。

 つくづく、自分の未熟さを思い知ります。」


「花守様は悪くないです。

 ちょっと昨夜、眠れなくて・・・」


「三日三晩、あなたは眠り続けていたのですよ。」


「そりゃあ、また、よく寝たなあ。」


うーん、と寝床で背伸びをすると、花守様は困ったような顔をしながら、ちょっと笑った。


「ご気分は、如何ですか?

 痛いところや、苦しいところはありませんか?」


「すっごくいい気分です!

 どっこも痛くないし、苦しくもないし。

 あ。ちょっとお腹すいたかな。」


「では、お食事をお持ちしましょう。

 少し、お待ちいただけますか?」


「あ、いえ、自分で食堂に行きます。

 てか、食堂にご飯、あるかな?

 あたし、三日も寝てたんですよね?」


「食事の支度なら、スギナさんがしてくださってます。

 あなたが倒れたと聞いて、すぐに駆け付けてくださったんですよ。」


そっかあ。

それは、後でスギナにもお礼を言っておこう。


花守様はまだ心配そうにあたしを見て尋ねた。


「わたしの知り得る限りの方法であなたのことは診てみました。

 これといって悪いところは見つかりませんでしたけれど、わたしも万能ではありません。

 なにかおかしいな、と感じるところはありませんか?」


「なんにもないです。

 すっごく元気!

 多分、よく寝たからだと思います。

 なんか、最近、よく眠れなくて・・・」


「ここのところ、とても忙しかったですからね。

 わたしがもっと気を付けているべきでした。

 本当に、ごめんなさい。」


花守様はしょんぼりと下をむいた。


「あなたには言おう言おうと、ずっと、思っていたんです。

 お世話係は一年のお約束だったのに、ずるずると引き延ばしてしまっていて。

 あなたが何も言わないのをいいことに、そのまま居続けてもらってました。」


「それは!

 あたしこそ、言わなくちゃ、言わなくちゃ、って思ってたんですけど・・・」


施療院に残らせてほしいって言い訳、いくつもいくつも考えてた。

いざ、花守様に何か言われたら、それ全部並べようと思って。

けど、どれもどこか何か弱い気がして・・・

まあ、弱くても、たくさん並べりゃ、なんとかなるかも、とかも思ったりしつつ・・・

自分から言わなくていいなら、わざわざ言いたくはない、感じではあった。


「とうとう倒れるまで無理をさせるなんて、本当に、わたしは謝っても謝りきれません。」


「あたしなんかより、花守様のほうがずっと大変だったんだし。

 あたしは、お世話係、って言いながら、むしろいつも、花守様に治してもらってて。」


「そんなことは、当たり前のことです。」


「当たり前じゃないです、花守様。」


あたしは花守様の顔をじっと見つめた。

花守様はいつもどこか飄々としていて、辛いとか、しんどいとか、顔に出さないヒトだけど。

なんだかちょっと、いつもよりやつれている感じがした。


「疲れてますね、花守様?」


「そりゃあ、まあ・・・多少は?」


「やっぱり、ここで寝てください!」


あたしは花守様を寝具に押し倒した。

非力な花守様はいともたやすく、押し倒されてしまった。


「え?あ、あれ?あ、あの・・・これは、ちょっと、その・・・」


起き上がろうとする花守様を、あたしは力づくで組み敷いた。

山吹色の瞳を見開いて、花守様はただじっとあたしの顔を見上げていた。

目と目が合ったまま、あたしは自分のやらかしたことに、まだ自分で気づいていなかった。


そのとき、また間の悪いことに、いきなり庵の戸が引き開けられた。


「花守様!

 柊さんが、楓もそろそろ目を覚ますだろうから、食事を持って行ってやれ、って・・・

 って?

 っとととととと・・・ご、ごめんっ!」


花守様なら、いつも戸を開ける前には声をかけてくれるんだけど。

スギナは、まあ、そんなこと、しないわな。


大慌てで戸の向こう側に隠れた、っても隠れてなかったけど、スギナは、恐る恐る言った。


「あのう・・・お取込み中、すいません。

 ご飯、持ってきたんっすけど・・・」


「ああ、どうもすみません。

 わたし、滑って転んでしまって・・・」


花守様が妙な言い訳をする。


「あ、ああ、そうなんっすか?」


けど、スギナはそれで納得する。


「とりあえず、お盆は、ここに置いておきます、ね。」


そのまま逃げていった。


「どうも、すみませんっ!」


ようやく状況に気づいたあたしは、慌てて花守様から手を放しながら、平謝りに謝った。

どこの世界に、導師を押し倒す見習いがいるってんだ。


花守様は寝転んだ姿勢のまま、あはは、と笑いだした。


「うら若いお嬢さんに押し倒していただけるなんて、雄狐の夢の極み。

 今生の思い出に、墓まで持って行きますよ。」


それから起き上がって、肘を何度も曲げたり伸ばしたりした。


「それにしても、わたしの非力にも困ったものです。

 せめて、あなたにくらいは抵抗できるようになっておかないと。」


「どうも、本当に、本当に、すみませんっ!!」


あたしは謝るしかなかった。


花守様は、なにやら企むような目をして、ふむ、とあたしを見た。


「ならば、今日は一日、わたしの言うことを聞いていただきましょうか?」


「え?」


なにを言われるんだろう?

まあ、花守様だし、そんなに困らせるようなことはしない、よね?


目の合った花守様は、にっこり、否、にんまりと微笑んだ。






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