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その夜、盛大な石焼肉大会が開かれた。
スギナが正式に施療院の仲間になったお祝いだった。
スギナのおじいさんは大きな酒樽を抱えて駆け付けた。
花守様もとっておきのお酒をたくさん用意した。
あたしとスギナは久しぶりに一緒に食事の支度をした。
こうして一緒に働くと、スギナとはやっぱり息が合うと思う。
ここ、と思ったところに、ぴったりいるし、これ、と思ったものを、ほい、と渡してくれる。
こういうのを、相棒、とかいうのかな。
スギナは相棒としてはこの上なく居心地のいい相手だった。
戦師は相棒と組んで働くヒトが多いと聞く。
うちの父さんと母さんも、戦師をしていたころは相棒だったらしい。
スギナも戦師をしていたら、誰かと相棒になってたんだろう。
スギナが相棒だったら、すっごく働きやすいだろうな。
スギナを相棒にしそこねたどこかの誰かさんには、ご愁傷様だ。
貯蔵庫から取ってきたお肉を、あたしたちは、焼きに焼いた。
焼いても焼いても、お肉は飛ぶようになくなった。
「ほい。口、あけろ。」
突然、後ろからそう言われて、反射的に口を開けて振り返った。
その口のなかに、ぎゅっと肉が押し込まれた。
焼き加減といい、冷まし方といい、大きさといい、絶妙な頃合いの肉だった。
「うわ。おいし。」
スギナはふふん、と笑って、自分の口にも肉を放り込んだ。
「お前、ヒトの世話ばっかして、いっつも、自分は食い損ねてるだろ?」
「そんなことはないよ?」
「ああ、みんな済んでから、残り物、食ってんだよな?」
残り物とは思ってないけど、みんなが済んでから食べているのは事実だ。
「せっかく、いっちばんいい場所にいるんだからさ。
美味そうなのは、自分で食っちまえばいいんだよ。」
スギナはそう言うと、ちょうどいい感じに焼けてたのを、ほい、と差し出した。
「いや、そんな、それはみんなに申し訳ないよ?」
今度はあたしは口は開かずに慌てて手を振った。
「気にするな。」
後ろで低い声がしてぎょっとして振り返ると、柊さんだった。
「お前様方は、いつも一番働いてんだから。
一番美味そうなのを食うのはお前様方の権利だ。」
「ほら。柊さんだってそう言ってんじゃねえか。
どっちみち、お前はそんなに食わねえんだから。
一番いいとこは、全部、食っちまえ。」
スギナは、ほれほれ、と箸に取った肉を振る。
あたしは有難く口を開けた。
スギナは焼きながら器用に自分も食べた。
あんなことを言ってたけど、別に、美味しいところを独り占めしてるわけじゃない。
というか、お肉はどれもちゃんと美味しいんだ。
けど、スギナのおかげで、今日はあたしもいつもよりたくさん食べた。
「ひぃ~、あっち~な。
ちょっと水、飲んでくるわ。」
スギナは額に汗をびっしょりかいて、焼き箸を置くとあたしに言った。
ほいほい、とあたしは、焼く係を交代する。
近くにいた柊さんが、あたしに代わって、みんなに配る係になってくれた。
「って、あれ?
誰か、気ぃきかせて、置いといてくれたのか?」
スギナのそんな声がして、振り返ると、スギナは大きな升を一気に飲み干していた。
それはさっき、柊さんが置いたものだった。
「おま、それ、酒!」
滅多に焦らない柊さんが焦って止めようとしたけど、遅かった。
顔も隠れるくらい大きな升を下ろしたスギナは、へへへ~、と楽しそうに笑った。
「なに、この、水、うんま~。
あ、れ?
ひ~らぎ、さ~ん?へへへ~・・・」
目が合った柊さんに、スギナはにこにこと手を振った。
うわ。まずい。
声には出さなかったけど、柊さんの目はそう言っていた。
とりあえず、あたしは、肉を焼くことに集中する。
柊さん、スギナ、ごめん。
けど、ここはスギナは柊さんにお任せしよう。
「ひ~らぎさん?ひ~らぎさんって、俺のこと、嫌い、なんっすかぁ?」
スギナはふらふらと柊さんに近づいて話しかけた。
「は?なにをいきなり。
何故そんなことを尋ねる?」
柊さんはとりあえず真面目に相手をする。
「だって~、柊さんって、いっつも、俺のこと、睨むじゃないっすか~。」
「これは・・・睨んでいるわけじゃない。
わたしは目が悪いんだ。」
「目が悪い~?
それなら、花守様に治してもらった如何です~?」
「怪我をしたわけじゃない。
それに・・・施術を受けるのは、その・・・」
「まさか、怖い、んっすか~?
柊さんともあろう方が~?」
「う、うるさい。
花守様の施術は、刃で悪くなったところを取るんだ。
怖いに決まっているだろう?」
「俺は~、全然~、怖くなかったっすよ~?」
「そりゃあ、あのときのお前様は、それどころじゃなかっただろうから。」
「はい~。いいでしょ~、この目の色~。」
スギナは髪を上げて、山吹色の瞳を柊さんに見せようとした。
「ああ。よかったな。」
柊さんは適当な返事を返す。
けど、スギナはそれには納得いかなかったらしい。
いきなりがしっと柊さんの肩を抱くと、下から覗き込むように顔を見上げた。
「もっと~、よく見てくださいよ~。」
「うわっ、酒臭っ。」
柊さんが思わず顔を背けると、ええ~、とスギナは不満そうな声を上げた。
「そっか~。やっぱ~、俺のこと~、嫌いなんだ~・・・」
「誰も、そんなことは、言ってない。」
「じゃあ~、なんで~、顔を背けるんです~?」
「お前様が臭いからだ。」
「臭い~?臭いっすか~?俺~?
ちゃんと水浴びも~、毎日してるんすけど~・・・
臭いっすか~?俺~?」
「ああ、いやいや、臭くない臭くない。」
面倒臭そうに顔を顰めつつも、柊さんはスギナのことは放っておけないようだった。
からだを支えてその場にゆっくりと座らせると、スギナを見下ろして言った。
「おい、水を取ってくるから。このまま待ってろ。」
「え~、水なら~、さっき~、た~っぷり、飲みましたよ~?」
「あれは、水じゃない。」
「いいから~、柊さんも~ここに座ってくださいよ~。
もう少し~、お話し~、しましょ~?
それとも~、やっぱり~、俺のこと~嫌いだから~・・・」
「嫌いじゃない!」
面倒になったのか柊さんは大声でそう言い切った。
するとスギナは満開の笑顔になった。
「よかった~~~。
俺もね~、実は~、柊さんのこと~、嫌いじゃないっすよ~~~?
てか~、割と~、好きっす。
いや~、大好きっす!」
そう言うと、スギナはいきなり立って、柊さんをぎゅーっと抱きしめた。
「うわ、ちょっ、おま、離せ!離せっ!!」
自分より大きなスギナに抱きすくめられた柊さんは、赤くなったり青くなったりしながら暴れた。
けど、暴れても、スギナは離れなかった。
なんだなんだ、とみんなの視線が集まった。
柊さんは、思い切り渋い顔になって、見るな、と周囲を一喝した。
慌ててみんな視線を逸らせて、散り散りになっていく。
「大好きですよぉ~~~、柊さん~~~・・・」
半分寝言みたいにもにゃもにゃとスギナが言う。
「やれやれ。困ったな・・・」
柊さんはため息を吐くと、スギナの頭の上で手をひらひらさせた。
途端にスギナは柊さんから手を放して、ゆっくりとそこへ横になった。
やっと自由になって、柊さんは行こうとしたけど、ぐいとまた引き戻された。
スギナは柊さんの衣の袖をしっかりと握ったまま、すやすやと寝息を立てていた。
「ひ・・・らぎ、さ、ん・・・す、き・・・」
「お前様、なんの夢、見てんだ?」
柊さんは思い切り顔をしかめてから、ふっとため息を吐いて、よしよし、とスギナの頭を撫でた。
そのままスギナが自分で手を放すまで、渋い顔をしつつも、そこに座っていた。
翌朝。
「お前様。今後一切、わたしのいるところでは酒は飲むな。」
柊さんは目を覚ましたスギナに、そうきっぱり言い渡した。
はい?とスギナは首を傾げた。
「それって、わたしのいないところで酒は飲むな、の言い間違いじゃないっすか?」
「いいや。言い間違いじゃない。
わたしのいるところで酒は飲むな、だ。
わたしのいないところなら、いくらでも飲んでいい。
あとは誰がどうなろうと、金輪際、わたしの知ったことではない。」
柊さんは思い切り真面目な顔をして、そう断言した。




