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翌日、早速スギナはおじいさんを連れてきた。
スギナのおじいさんは、元気で明るくて、スギナにそっくりだった。
だけど、病はもう長いらしくて、からだは痩せ細ってしまっていた。
「わしに祈祷も治療もいらん。
神様のなさるまま、あるがままにしてほしい、と言うておるのですが。」
花守様に会うなり、おじいさんはそう言った。
「スギナもようよう一人前になったことじゃし、もう、思い残すこともねえ。
息子も嫁も、お役目に取られて、先に行っております。
わしもそろそろ、お役御免じゃ。
息子と嫁と、あちらでのんびりするのもええと、言うておりますのに。」
おじいさんは傍らに寄り添うスギナを恨めしそうに見た。
「こやつは、この老体に鞭打って、まだまだ働けと、言いよります。」
スギナは心外だというように目を見開いた。
「働け、とは言ってないだろ?」
「食べるも着るも暮らしていくも、この年になると、仕事のようなものじゃ。」
おじいさんの言うことをじっと聞いていた花守様は、にこっとして言った。
「わたしよりずっとお若いのに、なにをおっしゃいますか。」
途端におじいさんは口を噤んで、まじまじと花守様を見返した。
花守様は、そのおじいさんに、にっこりと微笑んでみせた。
「スギナさんもまだまだお若いですし、待つヒトのあればこそ、お役目にも励めるというもの。」
おじいさんは花守様から視線を逸らせると、小さくため息を吐いた。
「まったく、戦師になどなりくさって・・・
息子も嫁も、それで命を落としたというのに・・・
狩師は稼げん、と。
危険なのは同じなのに、稼げんから嫌じゃ、と。
わしはその狩師で、息子も孫も育てたというのに・・・」
「だから、薬代さえ稼げば、俺も狩師になる、って、言ってんだろ?」
「そんなほいほい、なると言ってなれるものじゃない。
狩師なら狩師として、きちんと修行を修め・・・」
「少し、後ろをむいてもらえますか?
あ、そんな感じで。」
花守様は祖父孫喧嘩には知らん顔で、さくさくとおじいさんのからだを調べていった。
「むぅ。やっぱり、胸はだいぶ、虫に喰われているようです。
ただ、無事な部分もまだまだ残っていますから。
あとは、ご本人のお気持ち次第と申しましょうか。」
ひととおり調べてから、花守様は、おじいさんに言った。
「今ならまだ、無事なところから再生は可能です。
時間はかかりますが、きちんと薬を飲み続ければ、きっと前のように元気になれると思います。
病に打ち勝つ力をつければ、悪い虫も少しずつ、御大の身のうちから逃げて行きましょう。
ただ、御大はそれをお望みでしょうか?」
花守様は目を開いてじっと正面からおじいさんの目を見つめた。
その山吹色の瞳は、本当のことを何もかも、見通すようだった。
「仔を失い、仔の連れ合いを失い、御大は失うことにもう耐えられないのでしょう?
そんな心配を抱えて待つことに、もはや倦んでおられる。
いっそ投げ出して、逃げてしまいたいと望むほどに。」
おじいさんはぎょっとしたような顔をしたまま、花守様から目を逸らせなくなっていた。
「スギナさんはたったひとりの孫。
たとえ戦師ではなくとも、外に出てお役目を果たす以上、その身に危険はつきものです。
怪我をしていないか、病にかかっていないか。
怖い目に遭っていないか、困っていないか。
今日は帰るか。明日になるのか。もっともっと、遠い遠い先になるのか。
その身を案じ、待ち続けるのに、疲れてしまったのではありませんか?」
おじいさんはしょんぼりとうつむいた。
それから、小さく、頷いた。
「それもこれも、御大が、スギナさんのことを、何より大切に思うが故のことでしょう。
けど、それは、スギナさんにとっても、同じことではありませんか?
遠い遠い戦場から、御大のことを案じておられる。
早く稼いで早く帰りたいからこそ、戦師を志したのでしょう?
間違いなく、スギナさんにとって、御大はかけがえのない大切な方なのです。」
おじいさんは下をむいたまま、もう一度頷いた。
「ならば、もうしばらく、生きて、スギナさんのことを待っていてあげていただけませんか。
待つというのは、自分からはどうしようもなく、ただ、振り回されるだけに思えるかもしれませんけど。
大切なヒトが待っていてくれることは、きっと、スギナさんを護るでしょう。」
おじいさんは、顔を上げて、ちらりと花守様を見てから、もう一度、頷いた。
「いずれ、スギナさんが狩師になるのなら、その師も必要でしょうし。」
「狩師の技なら、こやつに教えることなど、もうありはしません。
なにもかも、ぜーんぶ、教えてある。」
さっき言ったことと反対のことをおじいさんは言った。
「狩師なら、見習いなんぞせずとも、もう一人前じゃ。」
「へえ~、それは、スギナさん、よかったですね?」
花守様ににこにこと見上げられて、スギナは慌てて、ほ、ほい、と答えた。
よく見ると、ちょっと瞳がうるっとなっていた。
「・・・じっちゃん、長生きしてくれよ。」
ぼそっとスギナが言う。
おじいさんは、そっぽをむいたまま、仕方ねえなあ、と呟いた。
ふたりを帰したあと、花守様はいつもより時間をかけて、丁寧に丁寧に薬を作った。
花守様の薬作りを手伝うのは、実は一番好きな仕事のひとつだ。
泉の水と山吹の花を入れた甕を、大きな杓子でゆっくりとかき混ぜながら花守様は歌を歌う。
その歌の優しい旋律は、心にしみ込んで、辛いところをいつの間にか癒していく。
花守様はこの薬作りを、あたし以外の誰にも手伝わせない。
あたしの来る前は、ずっとひとりでやっていたらしい。
そんな大事なことを手伝わせてもらえるだけでも、ものすごく光栄に感じる。
こき使ってすみませんね、って言われるけど。
むしろ、こちらから御願いして、手伝わせてください、って言いたい。
手伝うったって、甕をおさえているくらいなんだけど。
あなたが手伝ってくださると、捗るのですよ、って花守様は嬉しそうに言ってくれる。
いえいえ、こんなことでよろしければ。
いくらでも、おさえましょうとも。
スギナのおじいさんは花守様からもらった薬をちゃんと言われた通り真面目に飲んだ。
すると、ひと月もすると、その具合はみるみるよくなっていった。
スギナにはまだ一人前の戦師としてのお役目はきていなかった。
先輩の戦師たちのお使い程度のお役目で、せいぜい数日以内に帰れるものばかりだった。
暇になると、スギナは狩に行った。
そうして狩ってきた獲物を、せっせとおじいさんに食べさせた。
おじいさんの痩せたからだも、あっという間にがっちりと頑丈になった。
なんだか見た目も若返ったみたいだった。
施療院にも何回か、おじいさんを連れてきた。
その度に、獲物も持ってきてくれた。
スギナとおじいさんが来ると、いつも夕食は石焼肉になった。
元気になったおじいさんは、スギナよりもよく食べた。
おじいさんはお酒も大好きだった。
元気になると、獲物と一緒に酒樽も担いできた。
花守様は大喜びで、おじいさんとはいつの間にかいい飲み友だちになった。




