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花恋物語  作者: 村野夜市
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それからの一年は、あっという間だった。


その間、花守様といえば、ずぅっと、あたしに対しての悪役を演じてくれていた。

朝は、おはようの代わりに、今日こそは、わたしを倒してみせなさい。

夜は、おやすみの代わりに、今日は残念でしたね。明日こそは、倒してみせなさい。


・・・いやはや。


いい加減、ちょっと面倒臭くなってきて、もう、それ、いいです、とか言ってしまったけど。

そうしたら、がーん、って顔をして、そうですか?って、ちょっと上目遣いになってたりしたけど。


・・・あれ、もしかしたら、花守様も、ちょっと楽しんでたのか?


けど、あたしにだって、花守様に怒りをぶつけるのはお門違いだってことくらいは分かってたし。

花守様が、あたしが自分を責めないように、そうしてくれてるってことも、分かってた。

悲しくて淋しくて辛いけど。

多分、きっと、母さんは、あたしが傷つくことは望まないだろうし。

花守様はそうやって、ずっとあたしのことを気にかけて、傍にいてくれたから。

だから、あたしは、毎日毎日を、ただ目の前のことに集中して過ごした。

そうでなくても、施療院の一日はとても忙しくて、余計なことを思い悩む暇は、あんまりなかった。


ずいぶん後になってから、なにかのときにその話しになったことがあって。

あのときは、いきなり、殺せ、とか言われて、びっくりしましたよ、って言ったら。

ああ、あれはねえ、わたしも、いっぱいいっぱいでねえ、と花守様もしみじみ言った。


「ほら、よく、親が子どもに対して、俺を乗り越えて行け、みたいに言うじゃないですか?

 あれとは、ちょっと、違いますけど、ほら、自分がわざと障害になる、みたいな。

 ああいうの、一度はやってみたかったのかもしれませんねえ。


 他で辛い目になんて合わせたくないから、どうにかして、あなたの苦しみを引き受けたかった。

 とか言うと、格好をつけているようですけれど。

 実際には、もう、どうしていいか、わたしにも分からなくて。

 とにかく、必死だったんです。


 あなたがあなたを傷つけるようなことにはしたくなかった。

 あなたが刃をむける相手をあなたにしないために、その前に立ち塞がりたかったんです。


 わたしも導師としては新人ですからね。

 あなたの見習い歴と、まったく同じ長さなんですから。

 いくら長く生きていたって、導師としての経験なんてありませんから。


 導師なんだから、あなたの八つ当たりくらい引き受けてあげなきゃ?

 いや、それも、ちょっと違うか?

 うーん、うまく言えないなあ・・・」


なんか、導師としては、滅茶苦茶だけど、ヒトとしては、あったかい。

一年経って、花守様のことは、そう思うようになった。


花守様があたしの導師を引き受けたのは、もちろん、あたしにかけた術を解くためだった。

記憶の封印術というのは、とても不安定で、時間が経てば勝手に解けてしまうことも多い。

ことに、陽の気の高まる季節は危険なんだそうだ。


誰もいないところでいきなり解けて、あたしが狼狽えることにならないように。

毎朝、一緒に日の出を見て。なるべく、昼間はずっと、傍にいてくれた。

花守様はやっぱり、とことん治療師なんだと思う。

昔昔大昔に、術をかけた仔狐のことが心配で、治るまで見届けずにいられなかったんだろう。


封印を解いてしまえば、もう、あたしを傍に置いておく必要もなかったんじゃないかと思うけど。

それでも、出て行けとは言われなかったから、あたしはそのまま施療院にいた。


一年もいたら、それなりに仕事も覚えるもので、それなりには、使えるようにもなったと思う。

相変わらず、花守様の天幕には近づかなかったけど。

代わりに、薬作りや施療院の居心地をよくすることに関しては、頑張った。


季節毎に旬の食材を使った食事。

節目節目の節句行事。

道場にいたころ普通にやってたことを、そのままやっただけだけど。

それまで施療院じゃ、季節もなにも、まったく無視してたそうで。

なかなかにこれは、好評だった。

星祭りに月祭り。収穫祭りに雪祭り。お餅つきに年越し祭り。

いい年をしたオトナは、そういうのはもうやらないのかと思ってたけど。

案外みんな楽しそうに大騒ぎしていた。


あたしが来てから、ずいぶん居心地がよくなったって、よく言われた。

もっとも、あんまり患者さんの居心地をよくしたら、長く居られて困る、ほどほどにしておけ、なんて。

冗談なのか本気なのかよく分からないことも、治療師さんたちから言われたけど。


薬作りは、花守様から直々に習った。

はじまりの山吹の花を使った薬は、花守様にしか作れない。

ずっとみんなそう思ってた。

確かに、肝心なところは、花守様にしかできないんだけど。

それ以外は、あたしにも手伝えることも多かった。


山吹の花を拾って、きれいに洗ってから、甕に詰める。

それに泉の水を汲んで、ひたひたに浸す。

花守様は大きな杓子でそれをかき混ぜながら、歌うように呪文を唱える。

それから、蓋をして涼しいところにしばらく置いたら、出来上がり。


呪文以外のところは、実際、誰がやっても変わらないから、あたしが引き受けることにした。


出来上がった貼り薬は、その後乾燥させたのを粉に挽いて、練ったのを丸めて丸薬も作る。

こっちは、飲み薬になった。

その作業も、花守様に習って、まるごと、あたしが引き受けるようになった。


花守様は、仕事が減った、っていったんは喜んだんだけど。

すぐに、あいた時間を、薬の改良をしたり、治療の道具の改良をしたりに充ててしまった。

花守様って、つくづく、自分で自分を忙しくしてしまうヒトだと思う。


こうして一年も経つころには、あたしも立派な施療院の見習いになっていた。


最初の約束では、花守様のお世話係は一年間、ということだった。


「大丈夫、楓。心配いらないから。

 一年経つころには、お前さんのほうから、もっと花守様のところにいたいって言うようになるよ。」


あのとき、確か、先生はそう言ったっけ。

あたしは、そんなことはあり得ない、って思ったけど。


一年経って、あのとき、先生の言ったことは間違ってなかったって、しみじみ思う羽目になった。


お世話係という名の見習いを、もうちょっと長く、できないかな。

せめて、見習い期間のあけるまで、もうちょっと。

いや、本音をいうと、見習い期間があけても、その先もずっと、施療院にいたい。


けど、結局、あたしは治療師にはなれなかったし、術も相変わらず下手くそだった。

ここで働くヒトたちは、やっぱりなにか、術の上手いヒトが多い。

あたしじゃやっぱり、役不足だってのは、間違いない。


封印を解いたあたしには、結構強い妖力があるらしい。

らしい、というのは、まだ実は、ほとんど使ったことがないから。

結局、あたしは、一年経っても、まだ自分の妖力を使いこなせてはいない。


ここって、術の上手いヒトが多いし、ここにいたら、術の訓練とかに、なるんじゃ?とか。


上級の術師なら、他の妖狐の妖力を自分の術に使えるヒトもいる。

聞いたことはないけど、柊さんや蕗さんなら、そのくらいやるんじゃないかな。

だったらあたし、みんなの妖力の溜め池?みたいなものに、なれるんじゃ?とか。


あたしがいなくなったら、また、花守様は、前の不健康な生活に戻ってしまうんじゃ?とか。


みんな、美味しいご飯が食べられなくなったら、困るんじゃ?とか。


なんとかここに残る言い訳はないかと、そのころは毎日、そんなことばかり考えていた。







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