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花恋物語  作者: 村野夜市
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日の出を見て戻ると、あたしは朝餉の支度を始めた。

花守様はなにか用事があると言って、どこかへ行ってしまった。

とはいえ、別に困ることもない。

食事の支度なら慣れたものだし、そもそも、花守様はいても、あんまり役に立たない。

むしろ余計な手出しをするヒトがいないほうが仕事はよく捗った。


竈で火の番をしていると、後ろから声をかけられた。


「おはよう。昨日はどこまで行ってきたんだ?」


驚いて振り向くと、柊さんが立っていた。

珍しいこともあるもんだと思った。

柊さんは朝は苦手で、朝餉には起きてこないことも多い。

もっとも、夜通し起きて患者さんの世話をしていたりするから、だらしないとかそういうわけじゃない。

蕗さんみたいに夜は家に帰るヒトの分も、余計に働いているんだ。


「森の泉に・・・」


なんでそんなことを聞くんだろうと思いながら、あたしは短く答えた。


「そうか。あそこはとてもいいところだからな。」


柊さんはあたしの警戒に気づいているのかいないのか、淡々と言った。


「お前様も、多少は息抜きになったろう。」


「はい。」


「それはよかった。

 お前様の元気がないと花守様も心配しておられたからな。」


「花守様が?」


そうだったのか、と思った。

突然、森に行くなんて、なんの用事だったんだろうって思ってたけど。

あたしのためだったんだ。


「スギナが行ってしまってから、どうにもお前様の元気がない、とな。

 同じ年頃の仔狐は施療院にはおらんし。

 オトナばかりに囲まれていては、気づまりなのかもしれん、と。」


あたしは首を傾げた。

気づまり、なんてことはないんだけど?


「オトナばかり・・・?

 あ。そっか。花守様って、一応、ちゃんとしたオトナでしたっけ。」


柊さんは思い切り苦笑いをした。


「あの方は、見た目はお若いが、我らよりよほどオトナだぞ?」


そうだった。

花守様は、郷のどの妖狐より長く生きているんだから。


「そういえば、森の精霊さんたちにも、お父様、って呼ばれてたっけ。」


木の精霊なんて百年単位で長生きしてるから、その、お父様、となれば、そりゃあもう!なはずだ。


「ほう。お前様、森の精霊にも遭ったのかい?」


柊さんはちょっと驚いた、というふうにあたしを見た。


「普通に。ぞろぞろ出てきましたよ?」


そうして花守様にまとわりついていた。


「へえ。ぞろぞろ?

 あの精霊たちは、警戒心が強くて、滅多に姿を現さないのに。」


え?警戒心?

あの精霊に?


「いやいやいや。

 一緒に泉まで駆けっこしたり、泉に直接口をつけて水を飲んだり。

 あたしが泉に飛び込んだら、手を叩いて、やれやれ~、って言ってましたよ?」


話しを聞きながら、柊さんの目はどんどん丸くなっていった。

柊さんのこんな顔を見たのは初めてだ。


「なんとまあ。

 お前様は精霊に愛されるほど、純真で無垢ということか。

 いや、まだまだ仔狐だから、精霊に揶揄われたのか?」


どっちかってっと、揶揄われてた、んだろうな、あれは。


「いやね、昨日、夕餉に現れなかっただろう?

 だから、どうしたんだろうって、まあ、少し、思っただけだ。」


柊さんはちょっと笑って付け足した。


「花守様もご一緒だったし、問題はなかろうとは思っていたけどね。」


あ。そっか。

あたしは泉で遊び疲れて眠ってしまって、そのまま朝まで眠ってたから。


「昨日は夕餉を作りそこねてすいません。

 みんな、困ってました?」


ぺこりと頭を下げると、いやいや、と柊さんは手を振った。


「問題ない。食べるものがなかったわけではないから。

 たまには、粗食も悪くなかろう。

 お前様の有難みも身に染み渡るというものだ。」


柊さんは腕組みをして、うんうん、と頷いた。


「昨日は急患もなかったし。

 花守様は分身を置いて行ってくださったし。

 なにか問題だった、というわけではないんだ。」


「分身?・・・って、施療院の外までは行けなかったんじゃ・・・」


「ああ。森くらいまでは行けるようになったそうだ。

 少しずつ、研鑽を積んでおられるんだと。」


研鑽?

花守様が?


「昨日はお帰りになってから患者のところを回ってくださったが。

 お疲れではないかと心配したが、むしろいつもより生き生きしておられた。

 あの泉の癒しの効果は、やはり、格別なのだろうな。」


泉の水に癒しの効果があるというのは、あたしも花守様に聞いたけど。

それにしたって、一日分身の術を使った上に、帰ってからも仕事だなんて。

それなのに、今朝も知らん顔をして起こしに来てくれて。

いろんな話をしてくれて、日の出も見て。

花守様、いったい、いつ寝てるんだろう。


いくら花守様だって、それは無理し過ぎだ。


「あの、柊さん、すいません。

 ちょっとここ、お願いします。」


あたしは柊さんに火吹き竹を押し付けると、急いで花守様を探しに行った。









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