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花守様とは相変わらず毎朝日の出を見に行っていた。
忙しい花守様は、いつも日の出を見ると早々に引き返す。
けど、その朝は、いつもみたいには引き返さずに、花守様は森のなかへ歩き出した。
「今日は、帰らないんですか?」
「ああ。ええ。今日は、久しぶりに森のみなさんにご挨拶をと思いまして。」
花守様はそう言いながら先へ先へと進んで行く。
この森には花の咲く木が多い。
どっちをむいても、なにかしら、花が目につく。
よく見ると、絶妙に間隔があけてあって、どの木にも日の光が十分に降り注ぐ。
だから、どの木もまっすぐに、すくすくとよく育っていた。
「おやおや。誰かと思ったら父上ではないか。」
ふいに後ろから声をかけられて、あたしは飛び跳ねるくらい驚いた。
まったく気配を感じなかったのに、振り返ると、幼い童女がふたり、にこにこと立っていた。
「お久しぶりです。お父様。」
手を繋いだふたりは、双子のようにそっくりだった。
お揃いの花柄の衣を着て、そっくり同じ稚児髷を結っている。
違っているのは、その髷を結んだ紐の色だけだった。
「お父様?」
あたしは横の花守様を見上げた。
花守様って、こども、いたんだ?
まあそりゃ、年から言えば、こどもどころか孫の孫のそのまた孫がいたっておかしくはないんだけど。
それでも、印象とはちょっと違ったもんだから、けっこう、驚いた。
花守様は、あはははは~、と気合の抜けた笑い方をした。
「その呼び方は、その、いろいろと誤解を招くので・・・」
「なにを言うか父上。
そなたは紛うことなき、我らが父ぞ。」
童女の片方はちょっとふんぞり返って威張って言った。
もう片方は、オトナみたいにくすっと笑った。
「苗木のころからお世話をしてくださっているのですもの。
お父様とお呼びするのが、一番、相応しゅうございましょう?」
なえき?
すると、辺りの木々から、わらわらと童子姿の子どもらが現れた。
「お父様!」
「父上!」
「父ちゃん!」
「ととさま!」
みんな口々に叫びながら、花守様に飛びついていく。
花守様は、笑いながらひとりひとりを抱きかかえて、よしよしと頭を撫でた。
「花守様って、子だくさんだったんですね?」
あたしが言うと、花守様は困ったように笑った。
「鳥さんが、次から次へと、運んできてくれるものですから。」
鳥?
「鳥に種を運ばれた子もいれば、風に乗ってきた子もいますけれど。
みんな、この森で芽を出した子らですわ。
あまりに近すぎたら場所を移し、お日様に当たらなければ、小さいほうを前に出し。
そうやって丹精込めて、守り育てていただいたのです。」
双子の片割れがそう話しながら近づいてきて、あたしの片方の手を取った。
そっか。この子たちはみんな、この森の木の精霊なんだ。
なるほど。辺りをよく見ると、精霊が憑くくらい、旧くて立派な木がたくさんあった。
「父上はおるが、母上はおらぬ。
おってもよいと思うておるが、父上は不調法者ゆえ、いつまでたっても嫁の来手がない。」
もうひとりも近づいてきて、もう一方の手を取った。
花守様は、大勢の子どもにまとわりつかれながら、こっちを振り向いて、あははは、と笑った。
「近頃は、父上も忙しゅうて、さっぱり顔を見せん。」
「ただずっと待つだけというのも、辛いもの。
ようやっと思い出していただけて、よろしゅうございましたわ。」
ふたりは左右から代わる代わるあたしに訴えた。
なんだか拗ねてる子どもみたいで可愛い。
けど、こんな見た目でも、ふたりとも、あたしよりずっと長く生きてるはずだ。
「そなた、楓であろ?大きゅうなったの。」
「紅葉の娘ですよね。見違えましたわ。」
「え?あたしのこと、知ってるん、ですか?」
驚いて聞き返すと、ふたりは顔を見合わせて、にんまりと笑った。
「わしらこう見えて、山吹殿の次に旧い木じゃからの。」
「この森の木々も、郷の狐も、知らない者はありませんわ。」
それはまた、すごい大物だった。
「こんな若作りをしておられますが、おふたりとも、そこそこの大精霊ですよ。」
横から言った花守様の台詞に、ふたりとも憮然とした。
「なにを言う。若作りなら、そなたには敵わぬ。」
「お父様は、わたくしたちが苗木のころから、姿が全く変わりませんもの。」
ふたりは、つん、つん、とそっぽをむくと、あたしの手を引いて走り出した。
「泉へ行こう、楓。」
「泉へ行きましょう。」
見た目は幼いふたりだけど、驚くほど走るのが速い。
びゅうびゅうと耳元で風が渦を巻き、辺りの景色は後ろへ流れるように過ぎ去っていく。
いやこれは、走っているんじゃなくて、このふたりの術だ。
大精霊ともなれば、姿の変化だけじゃなくて、術も使えるようになるらしい。
きゃはきゃはと楽しそうに笑う姿は、とても大精霊とは思えないけれど。
このふたりは、花守様と一緒でなければ、出会うことすらなかったくらいの方だった。




