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花恋物語  作者: 村野夜市
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スギナがいなくなってからも、施療院での毎日は続く。

朝と夕には食事の支度。

それ以外の時間は、花守様について患者さんのところを回る。

それは、スギナのいたときと、そう変わらない日常だったけど。

何か物足りないような、そんな感じが、ずっと抜けなかった。


ここの治療師さんたちとも、ずいぶん、親しくなった。

最初はあたしのことを、邪魔者扱いしていたヒトたちも、だんだんとそうしなくなった。


患者さんたちは、次々とやってきては、怪我を治して去っていく。

ここに送られてきた患者さんは、誰ひとりとして、治らなかったヒトはいない。

花守様が、みんなから、すごいヒトだと尊敬されているのが、分かる気がする。


あたしは花守様について回って、患者さんたちが怪我を治すお手伝いをする。

っても、実際には話し相手くらいにしかならないんだけどさ。

自由に動いて回れない患者さんたちは、みんな退屈していて、話し相手になると喜んでくれる。


そんなふうにしていると、患者さんたちとも、少しずつ仲良くなっていく。

仲良くなったころにはみんな怪我が治って、ここを出て行くんだけど。

その別れはいつもちょっと寂しくて、だけど、やっぱりいつも、よかったって思う。


患者さんたちとよく話すようになって、ここの患者は戦師が多いことに気づいた。

よく考えればそりゃそうだ。

自力でどうにかできないような酷い怪我をするのは、やっぱり、戦場のような場所が多い。


戦師が大っ嫌いなあたしにとっては、まさに、拷問のような環境だったわけだ。

だけど、まさか怪我して動けないヒト相手に、戦師とは話しません、というわけにもいかないし。

愛想笑いを浮かべつつも話していたら、そのうちに話しが面白いと思ってしまったり。

そうと知らないまま仲良くなったヒトを、後から戦師だと聞いても、今更嫌いにはなれなかったり。

戦師にもいろんなヒトがいて、あたしが思うより、ずっといいヒトもいるのかもしれない。

あたしがそんなふうに思えるようになったって言ったら、スギナはどう言うだろう。


治療師になったヒトたちも、元戦師、というヒトだらけだ。

柊さんも蕗さんも、元戦師だった。

戦場では幻術使いは重宝されるらしい。


ここの治療師さんは、元患者のヒトが多いんだけど、蕗さんはそうじゃない。

友だちが怪我をしてここの世話になって、その付き添いをしていて、そのまま治療師になった。

蕗さんには、優しい奥さんと三匹の仔狐がいる。

柊さんのように施療院に棲んでいる狐もいるけど、蕗さんは毎日夜になると自分の家に帰る。

奥さんと仔狐の話をしだすと止まらない父さん狐だ。


柊さんは何故か、施療院では、花守様に次ぐ人気者だ。

あんなに不愛想でおっかないんだけど、みんな不思議と嫌いじゃないんだ。

戦師だったころの柊さんには、小さな街ひとつ護るために幻術で大軍を惑わせたって伝説がある。

そんな柊さんの幻術の威力を恐れた敵方に命を狙われ、大怪我をしたそうだ。

けど、怪我人なのに、花守様の惨状を見かねて、無理してあれこれ手伝い始めたらしい。

柊さんがやり始めるまでは、誰も、花守様の手伝いをしようとするヒトはいなかったんだって。

というか、誰も、自分にその手伝いをできるとは、思いもしなかったんだと思う。

そうして、柊さんは、そのままずるずると戦師に戻りそこねた。

もっとも、そんな話、柊さん自身は絶対にしない。

しないんだけど、柊さん贔屓のヒトたちが、あたしに話してくれる。

おかげで、あたしもすっかり柊さんに詳しくなってしまった。


あれから、スギナからの便りはない。

もっとも、戦場にいれば、手紙なんて書いてる暇はないだろうし。

また怪我したら、ここに送られてくるんだろうから、便りがないのは無事だって証拠だろうけど。

ときどき。ほんのときどき。

どうしてるんだろうな、って思う。


竈で火の番をしていると、ここいっぱいに小枝をつっこんで、火が消えてしまったのを思い出す。

スギナが一本一本、小枝を取り出して、また火をつけてくれたのを思い出す。


石焼肉をするときは、あの石を取りに行ったときのことを思い出す。

石を手で割って、いってー、って叫んでいたのを思い出す。


スギナの思い出なんて、そんなにたくさんあるわけでもないから。

何度も何度も、同じことを思い出す。


考えてみれば、スギナがここにいたのなんて、月が一巡りするくらいの間なんだけど。

他の患者さんたちのことを、こんなふうに思い出すこともないんだけど。


どこか遠くの、あたしには思いもつかない場所にいるんだろうけど。

どうか、元気で。無事で、いますように。

毎朝、お日様にむかって、こっそりそうお祈りをする。



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