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花恋物語  作者: 村野夜市
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日の出を見たらすぐに戻って朝食の支度。

昨夜から水に浸けておいた穀物を釜に入れ、竈に火を点けたところへ、スギナが起きてきた。


「よう。今朝も早いなあ。」


眠そうに目をこするスギナに、あたしはさっき花守様から聞いた話を思い出した。


「スギナさあ、からだきつかったら、朝は寝てていいよ?」


「は?」


スギナはきょとんとしてから、はは、と小さく笑った。


「見抜かれてるようなら、おいらもまだまだだなあ。」


「見抜いてるのは、あたしじゃないよ。花守様。」


「ああ、そっか。」


スギナは頷くと、火加減の番をしているあたしの隣に座った。


「どうしても辛かったら、幻術を使ってもらえばいいんだよ。」


あたしは、せっせと火に風を送り込みながら言った。


「幻術使わないと眠れないようじゃ、先が思いやられるからな。」


スギナは花守様と同じことを言った。


「そのくらい怖い思いをしたんだね。」


「ああ。怖かった。けど、だからこそ、自分で乗り越えないとね。」


へえ、とあたしはちょっとスギナのことを見直した。

スギナはあたしのほうをちらっと見て言った。


「ずっと、考えてたんだよね。」


「何を?」


「お前、前に、おいらの手を見て、この手がニンゲンを殺してなくてよかった、って、言ったよな?」


「・・・そんなこと、言ったっけ。」


スギナはよく覚えてるなって思った。


「お前は、戦でニンゲンを殺すのが、嫌なんだろう?」


「そんなこと、好きなヒトなんているの?

 ・・・ああ、いるか。いるよね・・・」


狩の獲物を自慢するみたいに、殺した人間の数を自慢する戦師。

互いにその数を競い合って、お酒を飲みながら、笑って話して・・・


あたしの意識を、その暗い記憶から引き戻したのは、スギナの声だった。


「お前は優しいやつだな。

 けど、おいらは、どうしても金が必要でさ。」


スギナは困ったように言った。


「それは、戦師でもやらないと稼げないくらいの額なんだ。」


「・・・なら、戦師になるしかないね。」


ちょっと投げやりにあたしは返した。


「ああ。

 お前は戦師は嫌いだって分かってるけど。

 おいらも、そこはどうしたって、譲れないんだよ。」


スギナはどうしたって心は変わらないというように、ぎゅっと口を結んだ。

それから、握ったこぶしをじっと見つめて、それで自分の胸を叩いた。


「けどさ、おいら、お前に約束する。

 戦場に行っても、おいらは誰も殺さねえ。」


こぶしで胸を叩くのは、あたしたちの誓いの印だ。

それは、すっごく大事なことを誓うときにしかしないことだった。


「そんなことできるの?」


けど、あたしがそう尋ねた途端、スギナはみるみる自信なさそうな顔になった。


「う。確約はできない、けど・・・、なるべくそうすると誓う。

 それに、必要なだけ金を稼いだら、戦師は辞めるから。」


「え?」


目を丸くしたあたしに、スギナはにこっと笑ってみせた。


「それは約束する。

 辞めたら、じいさまの後を継いで狩師、やるよ。

 狩師なら、お前も、嫌じゃないんだろ?」


「・・・それは・・・狩師は嫌じゃないけど・・・」


「ああ、よかった!」


スギナは突然そう叫ぶと、いきなり立って大きく伸びをした。


「いやあ、寝ずに考えた甲斐があったぜ。」


「ええっ?

 まさか、眠れなかったのって、それを考えていたから?」


あたしは半分呆れて、スギナのほうを見上げた。


「そうだよ?」


スギナはけろっとして頷いた。


「怪我したときのことを夢に見るからじゃなくて?」


「ああ、その夢なら見る。

 けど、そんなの戦師なら、避けて通れないことだしな。」


こともなげに言い切ってから、急に顔をしかめた。


「けど、嫌いだ、どっか行っちゃえ、は怖いだろ。

 まさか、本気か?本気じゃないよな?けど、あのときのお前はどう見ても本気そうだった。

 そんなこと考えてたら、もう、全然、眠れなくてさ。」


スギナは肩を落としてため息を吐いた。


「どうしたら、嫌われないだろう、って、真剣に考えた。

 お前はおいらの何が嫌なんだろう、って。

 おいらのこと、何もかも全部嫌だってんなら、あんなふうに笑ったりするわけないし。

 きっと、戦師ってのが嫌なんだろうってのは、すぐに思いついたんだけどさ。

 じゃあ、どうすりゃいいのかな、って・・・。」


「あんたって、見かけによらず、頭使うんだね?」


「見かけによらず、は失礼だろ?

 狩師ってのは、頭使わないとできないんだぞ?

 むこうもこっちも、命がけだからね。」


それもそうかと思った。

そして、それは戦師にとっても同じなんだろう、とも。 


「お前に嫌われずに戦師をやるには、って考えてて、思い出したことがあったんだ。

 クレナイイロハ、ってヒトの話なんだけど・・・」


その名前に、あたしはとっさになんの反応もできなかった。

ただ、凍り付いたようにからだを固くして、耳だけすませていた・・・



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