28
日の出を見たらすぐに戻って朝食の支度。
昨夜から水に浸けておいた穀物を釜に入れ、竈に火を点けたところへ、スギナが起きてきた。
「よう。今朝も早いなあ。」
眠そうに目をこするスギナに、あたしはさっき花守様から聞いた話を思い出した。
「スギナさあ、からだきつかったら、朝は寝てていいよ?」
「は?」
スギナはきょとんとしてから、はは、と小さく笑った。
「見抜かれてるようなら、おいらもまだまだだなあ。」
「見抜いてるのは、あたしじゃないよ。花守様。」
「ああ、そっか。」
スギナは頷くと、火加減の番をしているあたしの隣に座った。
「どうしても辛かったら、幻術を使ってもらえばいいんだよ。」
あたしは、せっせと火に風を送り込みながら言った。
「幻術使わないと眠れないようじゃ、先が思いやられるからな。」
スギナは花守様と同じことを言った。
「そのくらい怖い思いをしたんだね。」
「ああ。怖かった。けど、だからこそ、自分で乗り越えないとね。」
へえ、とあたしはちょっとスギナのことを見直した。
スギナはあたしのほうをちらっと見て言った。
「ずっと、考えてたんだよね。」
「何を?」
「お前、前に、おいらの手を見て、この手がニンゲンを殺してなくてよかった、って、言ったよな?」
「・・・そんなこと、言ったっけ。」
スギナはよく覚えてるなって思った。
「お前は、戦でニンゲンを殺すのが、嫌なんだろう?」
「そんなこと、好きなヒトなんているの?
・・・ああ、いるか。いるよね・・・」
狩の獲物を自慢するみたいに、殺した人間の数を自慢する戦師。
互いにその数を競い合って、お酒を飲みながら、笑って話して・・・
あたしの意識を、その暗い記憶から引き戻したのは、スギナの声だった。
「お前は優しいやつだな。
けど、おいらは、どうしても金が必要でさ。」
スギナは困ったように言った。
「それは、戦師でもやらないと稼げないくらいの額なんだ。」
「・・・なら、戦師になるしかないね。」
ちょっと投げやりにあたしは返した。
「ああ。
お前は戦師は嫌いだって分かってるけど。
おいらも、そこはどうしたって、譲れないんだよ。」
スギナはどうしたって心は変わらないというように、ぎゅっと口を結んだ。
それから、握ったこぶしをじっと見つめて、それで自分の胸を叩いた。
「けどさ、おいら、お前に約束する。
戦場に行っても、おいらは誰も殺さねえ。」
こぶしで胸を叩くのは、あたしたちの誓いの印だ。
それは、すっごく大事なことを誓うときにしかしないことだった。
「そんなことできるの?」
けど、あたしがそう尋ねた途端、スギナはみるみる自信なさそうな顔になった。
「う。確約はできない、けど・・・、なるべくそうすると誓う。
それに、必要なだけ金を稼いだら、戦師は辞めるから。」
「え?」
目を丸くしたあたしに、スギナはにこっと笑ってみせた。
「それは約束する。
辞めたら、じいさまの後を継いで狩師、やるよ。
狩師なら、お前も、嫌じゃないんだろ?」
「・・・それは・・・狩師は嫌じゃないけど・・・」
「ああ、よかった!」
スギナは突然そう叫ぶと、いきなり立って大きく伸びをした。
「いやあ、寝ずに考えた甲斐があったぜ。」
「ええっ?
まさか、眠れなかったのって、それを考えていたから?」
あたしは半分呆れて、スギナのほうを見上げた。
「そうだよ?」
スギナはけろっとして頷いた。
「怪我したときのことを夢に見るからじゃなくて?」
「ああ、その夢なら見る。
けど、そんなの戦師なら、避けて通れないことだしな。」
こともなげに言い切ってから、急に顔をしかめた。
「けど、嫌いだ、どっか行っちゃえ、は怖いだろ。
まさか、本気か?本気じゃないよな?けど、あのときのお前はどう見ても本気そうだった。
そんなこと考えてたら、もう、全然、眠れなくてさ。」
スギナは肩を落としてため息を吐いた。
「どうしたら、嫌われないだろう、って、真剣に考えた。
お前はおいらの何が嫌なんだろう、って。
おいらのこと、何もかも全部嫌だってんなら、あんなふうに笑ったりするわけないし。
きっと、戦師ってのが嫌なんだろうってのは、すぐに思いついたんだけどさ。
じゃあ、どうすりゃいいのかな、って・・・。」
「あんたって、見かけによらず、頭使うんだね?」
「見かけによらず、は失礼だろ?
狩師ってのは、頭使わないとできないんだぞ?
むこうもこっちも、命がけだからね。」
それもそうかと思った。
そして、それは戦師にとっても同じなんだろう、とも。
「お前に嫌われずに戦師をやるには、って考えてて、思い出したことがあったんだ。
クレナイイロハ、ってヒトの話なんだけど・・・」
その名前に、あたしはとっさになんの反応もできなかった。
ただ、凍り付いたようにからだを固くして、耳だけすませていた・・・




