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花恋物語  作者: 村野夜市
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翌日からも、毎日、いろんなものを作った。

朝餉には、穀物を釜で炊いたものと、草や木の実を炊いたのに味噌を溶かした汁をよく作った。

ふっくらやわらかい穀物とあったかい汁は、患者さんにも治療師さんにも大人気だった。


味噌はスズ姉が気前よく分けてくれていた。

先生のところは道場も家もいっぱいヒトがいるから、味噌も大量に作っている。

あたしは遠慮なくもらってたんだけど、スギナは、流石にそれはまずいと言い出した。


「こう毎日毎日大量にもらっていたんじゃ、流石に迷惑だろう。」


「じゃあ、うちも味噌、仕込もうか。」


「お前、作り方、知ってるのか?」


「うん。」


先生のところにいたころには、あたしも味噌を仕込んでいたものだ。


「豆と塩と麹と、あと、甕があるといいんだけど。」


「それは郷でも手に入るな。

 よし、後で、分けてもらいに行こう。

 ところで、味噌ってできあがるのに、どのくらいかかるんだ?

 明日にはもう使えるか?明後日になるのか?」


せっかちなスギナにあたしは思わず笑ってしまった。


「そんなに早くはできないよ。早くても、半年くらい、かな。」


「なんだ、そんなにかかるのか。」


スギナはちょっとがっかりしたように言った。


「半年も先なら、おいらはもう、いないかもなあ・・・」


「それはそうだね。」


花守様は、スギナの療養は、まだ当分、とだけ言ってた。

当分、ってのが、いったい何日なのかは分からないけど。

流石に、半年もはかからないだろう。


「楓の味噌が食えないのは残念だな。」


つまらなさそうに口を尖らせてスギナは呟いた。


「仕方ないよ。見習いは勝手な行動はできないから。」


戦師についているスギナは、ここを出たら、導師について戦場に行かなければならない。

そう簡単には帰ってこられないだろう。

それに、郷に戻ってきても、勝手に導師の傍から離れるわけにもいかない。

それは仕方のないことだった。


スギナは、うーん、と唸った。


「おいらの年季が明けるには、あと一年はかかるんだよな。

 こんな怪我をしたりしたから、それも長引くかもしれねえ。」


「一人前になったら、また食べにおいでよ。

 たくさん仕込んでおくから、スギナの分もきっとあるよ。」


「待っててくれるのか?」


じっとこっちを見つめるスギナに、あたしはにこっと首を振った。


「待ってないよ。

 花守様のお世話役はもともと一年って約束なんだ。」


スギナはちょっと気の抜けたような笑みを浮かべて、そうだよなあ、と呟いた。


「一年経ったら、お前、どこへ行くんだ?」


「さあ、どこかなあ。

 先生のところに戻ってるんじゃないかな。」


「郷にいるのか?」


「そりゃあ、あたしはまだ一人前じゃないだろうし。」


そっか、とスギナは頷いた。


それからあたしの肩に手をかけて、あたしの目をじっと見た。

スギナの目は半分は元の色で、半分は山吹色をしている。

その山吹の目を、きれいだなと思った。


「おい、お前。

 おいらが一人前になったら、覚悟しとけよ?」


「なにを覚悟するの?

 あ、そうか。

 大丈夫、味噌は、足りなくならないように、たっぷり仕込んでおくよ。」


「いや、そうじゃなくてさ。」


スギナは情けない顔をして笑ってから、くそっ、まあ、いいか、と呟いた。

そんなに味噌が食べたいのか。

よし、せいぜいたくさん仕込んでおいてやろう。


鼻歌を歌いながら行こうとしたあたしを、スギナは呼び止めた。


「なあ、お前、前に、戦師は嫌いだ、って言ってたよな?」


戦師、という言葉にどきりとする。

あたしはゆっくり振り返って頷いた。

そのあたしをじっと見て、スギナは言った。


「何で、嫌いなんだ?」


あたしはスギナから目を逸らせた。

それはあまり話したいことじゃなかった。


「戦師ってのはさ、モテるんだぞ?

 結婚したいって女も、いっぱいいるんだ。」


スギナはちょっと威張るみたいに言った。


「そっか。よかったじゃない。

 スギナにはいいお嫁さんが来るよ。」


あたしがそう返事すると、スギナはびっくりしたような顔をした。


これ以上あたしは戦師のことは話したくなかった。


いつか施療院を去っても。遠く離れていても。

ずっと友だちでいたけりゃ、ちゃんと話したほうがいい。

スズ姉はそう言った。


けど、あたしは、いつか戦師になる友だちは、いらない、って思った。

スギナのことは好きだけど、戦師になってしまったら、きっとそれっきりだと思った。


黙って背中をむけようとしたら、いきなり、ぐいと腕をつかんで振り向かされた。


「なあ!」


スギナは怒ったみたいにあたしを睨んでいた。


「お前、戦師は刹那的だって言ってたけど、戦師の全部がそうだってわけじゃねえ。

 妻子もいて、真面目にお役目に励む戦師だっていっぱいいる。

 郷を護るために命をかけて働く戦師だっているんだ。

 なのに、なんで、そう一絡げにして、嫌いだとか言うんだ!」


「・・・ぃ、だから・・・」


「はあ?」


「嫌いだから!」


あたしは思い切りスギナの手を振りほどこうとした。

けど、スギナの力は思ったより強くて、振りほどくことはできなかった。

悔しくて、悲しくて、涙がにじんだ。


「・・・た、い・・・」


「え?」


「痛いっ!」


力いっぱい睨み返したら、ぽろっ、と涙が零れた。

スギナはびっくりした顔をして、慌てて、あたしから手を離した。


「ご、ごめんっ!痛い思いをさせようと思ったわけじゃないんだ。」


慌てて謝るスギナに、あたしは背中をむけた。


「戦師は、嫌い。

 スギナも、嫌い。

 どこへでも、行っちゃえ。」


そのまま走って行こうとしたあたしを、スギナの声が引き留めた。


「嫌い、なんて、言うなよ・・・」


スギナの声が震えていたから、あたしは、肩越しに恐る恐る振り返ってみた。


「・・・なあ、・・・頼む、から・・・」


スギナは上を睨んでそう言った。

そのほっぺたを、ぼろっと大きな涙の粒が滑って落ちた。


「なんで、泣くの?」


怒ってたことを忘れて、あたしは思わずそう尋ねていた。


「うるせぇ。」


スギナは上をむいたまま、怒ったように言った。

怒ってたのはあたしのほうなんだけど。

これじゃ、あたしがなんかして、スギナを泣かせたみたいだ。


「泣くことなんか、なんもないじゃない。」


「う、る、せ、え!」


スギナは一言一言区切って言った。

それから、ずってきた鼻水をずずっとすすりながら、手首で鼻の下をこすった。


「うわ。ちょ、汚い。」


「うるせえ!!」


「分かった。そんなにうるさいなら、あたし、あっち行くから。」


行こうとしたら、手首をぎゅっと捕まえられた。

あたしはぎょっとした。


「ちょっと!この手、鼻水ついてるんじゃないの?」


「ん、ついてるのは、こっち。」


スギナはそう言って反対側の手を挙げた。

一応、気は遣ってたのか。


「・・・どこへも行くなよ・・・」


スギナはあたしから目を逸らせながら、ぼそりとそう言った。

ものすごく気まずかったけど。

仕方なく、あたしはそのまましばらく、黙ってそこに立っていた。

 






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