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花恋物語  作者: 村野夜市
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昨日は結局、土を捏ねるだけ捏ねて、スギナは帰っていった。

もう来ないんじゃないかなと思ったんだけど、翌日はあたしより先に竈のところに来ていた。


「形作るのも、重労働だからな。」


せっせせっせと土を盛り上げながら、スギナはぶつぶつとそう言った。


釜そのものの正確な大きさは分からないから、とりあえず、まず縁から作っていく。

ぐるっと囲って、焚口と煙出しの穴を開けたら、あっという間に竈らしくなった。


スギナは、ふぅ~、とまんざらでもない様子で額の汗をぬぐっている。


「せっかく作ったんだし、なんか料理でもするかい?」


こっちをむいてそう尋ねてきた。


「けど、まだ、釜も鍋もないし・・・」


ひとりでやるつもりだったから、もっと時間もかかると思ってた。

思ったより早く完成した竈だけど、すぐには使い道は思いつかなかった。


「そっか。じゃあ、代わりになるものを探しに行くか。」


スギナはそう言うと先に立って歩き出した。

代わりになるものって、なに?

ついて行ったもんだかどうか、ちょっと迷って、立ち止まっていたら、スギナがこっちを振り返った。


「おい。行くぞ?」


ついてくるのは当然、という感じでおいでおいでをする。

あたしはまたちょっと迷ってから、結局、ついて行くことにした。


けど、外へと続く階段を平然と上りだしたときには、ちょっと焦った。


「え?勝手に施療院を抜け出したりしていいの?」


ここの患者は、怪我が完治するまでは外には出てはいけないことになっていた。

スギナはにやっと笑って、人差し指を唇に押し当てた。


「しーっ、内緒だぞ?」


「いや、黙ってたって、ここを出入りすれば、花守様には分かるって。」


施療院の入口には見張りの虫がいて、ヒトの出入りがあれば、必ず花守様に報せがいく。


「そんじゃ、つかまらないうちに、急げ!」


「ええっ?」


駆けだしたスギナにつられて、思わずあたしも走ってしまった。


掘っ立て小屋の外に出ると、そこには森が広がっている。

毎朝、花守様と日の出を見に来ているし、何度も土を取りにも来た。

けど、そのときにはまったく感じないどきどきを、今は感じている。


やばいやばいやばい。

まずいまずいまずい。

花守様って、普段は穏やかそうだけど、怒ると滅茶苦茶怖いんだって。


あたしは、びくびくとスギナの袖を引っ張った。


「戻ろう?スギナ。

 今ならまだ、ごめんなさいって言えば許してくれるから。」


「どうせ謝るんだったら、もうちょっと、やってから謝ろうぜ?」


い、いやいやいや。

それ、もっとたくさん怒られるだけだから。


引き止める間もなく、スギナは走り出す。

とても、長い間、寝付いていたとは思えないくらい元気だ。

置いて行かれるあたしは、あわてて追いかけるしかない。


「やっぱ、外の世界はいいなあ。」


スギナは超絶元気で、木の幹なんかも駆け上っていく。

くるっと宙返りをして、枝を掴み、枝から枝を渡っていく。

その姿は、狐というより、まるっきり、猿、だ。


もしかして、竈で使う道具を探す、なんてのは、ただの言い訳?

実は、ただ単に、外に出て、走りたかっただけとか。

そんなことを思ってしまうくらい、スギナは楽しそうだった。


しばらくそうやって行くと、沢に出た。

ちょろちょろと細い流れが下に見える。

スギナは沢伝いの木を渡って進み始めた。


あたしは、沢に下りて岩を跳んで進む。

道場の修行でもよくやらされたなあと思いだす。

ちょっと懐かしい気分に浸っていたら、いきなり、目の前にスギナが飛び降りてきた。


「ちょっ!危ないでしょ?」


「大丈夫、大丈夫。」


スギナはけろっとして言うと、脇にあった大きな石を指差した。


「これ、なかなかいいんじゃねえか?」


「いいって、なにに?」


それは石ってよりは岩って感じの、大きな大きな石だ。

持ち上げるだけで、かなり大変そうな、ただの石だった。


「ちょっと、どいてろ。」


スギナは無造作に腕を伸ばしてあたしを避けると、ぬん、と気合を込めて、手刀で石を叩いた。


「うっわ、痛って~~~。」


そして、案の定、そう叫ぶ。


うわー・・・、そんな思い切り叩いたら、さぞかし痛かったろう・・・


思わず顔をしかめたあたしを、スギナはにっこり振り返った。

手が赤くなっていて、反対の手でそこをさすりながら、にこにこしている。


「ちょっと、大丈夫?

 手、みせてみなさいよ。」


あたしは思わずその手を引っ張り寄せていた。


「大丈夫だよ。怪我してねえ、って。」


スギナはあたしから乱暴に手を取り返すと、ほら、見ろ、と後ろの岩を指差した。


ずりっ。


あたしの目の前で、大きな岩は薄く、端のほうを削ぐように、ずれ始めた。


「ええっ?!」


驚くあたしを、スギナは楽しそうに見ている。


「さってと、となるとお次は、やっぱ、肉だよなあ。」


歌でも歌うようにそう言った。




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