20
昨日は結局、土を捏ねるだけ捏ねて、スギナは帰っていった。
もう来ないんじゃないかなと思ったんだけど、翌日はあたしより先に竈のところに来ていた。
「形作るのも、重労働だからな。」
せっせせっせと土を盛り上げながら、スギナはぶつぶつとそう言った。
釜そのものの正確な大きさは分からないから、とりあえず、まず縁から作っていく。
ぐるっと囲って、焚口と煙出しの穴を開けたら、あっという間に竈らしくなった。
スギナは、ふぅ~、とまんざらでもない様子で額の汗をぬぐっている。
「せっかく作ったんだし、なんか料理でもするかい?」
こっちをむいてそう尋ねてきた。
「けど、まだ、釜も鍋もないし・・・」
ひとりでやるつもりだったから、もっと時間もかかると思ってた。
思ったより早く完成した竈だけど、すぐには使い道は思いつかなかった。
「そっか。じゃあ、代わりになるものを探しに行くか。」
スギナはそう言うと先に立って歩き出した。
代わりになるものって、なに?
ついて行ったもんだかどうか、ちょっと迷って、立ち止まっていたら、スギナがこっちを振り返った。
「おい。行くぞ?」
ついてくるのは当然、という感じでおいでおいでをする。
あたしはまたちょっと迷ってから、結局、ついて行くことにした。
けど、外へと続く階段を平然と上りだしたときには、ちょっと焦った。
「え?勝手に施療院を抜け出したりしていいの?」
ここの患者は、怪我が完治するまでは外には出てはいけないことになっていた。
スギナはにやっと笑って、人差し指を唇に押し当てた。
「しーっ、内緒だぞ?」
「いや、黙ってたって、ここを出入りすれば、花守様には分かるって。」
施療院の入口には見張りの虫がいて、ヒトの出入りがあれば、必ず花守様に報せがいく。
「そんじゃ、つかまらないうちに、急げ!」
「ええっ?」
駆けだしたスギナにつられて、思わずあたしも走ってしまった。
掘っ立て小屋の外に出ると、そこには森が広がっている。
毎朝、花守様と日の出を見に来ているし、何度も土を取りにも来た。
けど、そのときにはまったく感じないどきどきを、今は感じている。
やばいやばいやばい。
まずいまずいまずい。
花守様って、普段は穏やかそうだけど、怒ると滅茶苦茶怖いんだって。
あたしは、びくびくとスギナの袖を引っ張った。
「戻ろう?スギナ。
今ならまだ、ごめんなさいって言えば許してくれるから。」
「どうせ謝るんだったら、もうちょっと、やってから謝ろうぜ?」
い、いやいやいや。
それ、もっとたくさん怒られるだけだから。
引き止める間もなく、スギナは走り出す。
とても、長い間、寝付いていたとは思えないくらい元気だ。
置いて行かれるあたしは、あわてて追いかけるしかない。
「やっぱ、外の世界はいいなあ。」
スギナは超絶元気で、木の幹なんかも駆け上っていく。
くるっと宙返りをして、枝を掴み、枝から枝を渡っていく。
その姿は、狐というより、まるっきり、猿、だ。
もしかして、竈で使う道具を探す、なんてのは、ただの言い訳?
実は、ただ単に、外に出て、走りたかっただけとか。
そんなことを思ってしまうくらい、スギナは楽しそうだった。
しばらくそうやって行くと、沢に出た。
ちょろちょろと細い流れが下に見える。
スギナは沢伝いの木を渡って進み始めた。
あたしは、沢に下りて岩を跳んで進む。
道場の修行でもよくやらされたなあと思いだす。
ちょっと懐かしい気分に浸っていたら、いきなり、目の前にスギナが飛び降りてきた。
「ちょっ!危ないでしょ?」
「大丈夫、大丈夫。」
スギナはけろっとして言うと、脇にあった大きな石を指差した。
「これ、なかなかいいんじゃねえか?」
「いいって、なにに?」
それは石ってよりは岩って感じの、大きな大きな石だ。
持ち上げるだけで、かなり大変そうな、ただの石だった。
「ちょっと、どいてろ。」
スギナは無造作に腕を伸ばしてあたしを避けると、ぬん、と気合を込めて、手刀で石を叩いた。
「うっわ、痛って~~~。」
そして、案の定、そう叫ぶ。
うわー・・・、そんな思い切り叩いたら、さぞかし痛かったろう・・・
思わず顔をしかめたあたしを、スギナはにっこり振り返った。
手が赤くなっていて、反対の手でそこをさすりながら、にこにこしている。
「ちょっと、大丈夫?
手、みせてみなさいよ。」
あたしは思わずその手を引っ張り寄せていた。
「大丈夫だよ。怪我してねえ、って。」
スギナはあたしから乱暴に手を取り返すと、ほら、見ろ、と後ろの岩を指差した。
ずりっ。
あたしの目の前で、大きな岩は薄く、端のほうを削ぐように、ずれ始めた。
「ええっ?!」
驚くあたしを、スギナは楽しそうに見ている。
「さってと、となるとお次は、やっぱ、肉だよなあ。」
歌でも歌うようにそう言った。




