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朝の修行に遅れて現れたあたしを、同期の朋輩たちは一斉に取り囲んだ。
「なんだよ、また呼び出しくらったって?」
「今度はなに、叱られたの?」
叱られた、って前提で一斉に話し出すやつらに、あたしはちょっとむっとする。
「べつに、叱られてないよ。
ハエの名誉だ、って言われたもん。」
「ハエの名誉?なんだそれ?
ぶんぶん飛ぶのか?」
「ハエよりチョウのほうがいいんじゃない?」
「違うだろ。やっぱ虫なら、カブトムシだろ。」
「クワガタだっていいぞ!」
いつの間にかわいわいと虫の話になった朋輩たちを、あたしは横目で睨んだ。
呼び出されたって聞けば、叱られたにきまってると思われてる辺りは腹立たしいけど。
それがヒゴロノオコナイってやつだってのは分かってるから、怒るわけにもいかない。
「はいはい、お前さんたち、いつまでお喋りしているんだい?
走り込みはもう終わったのかい?」
ぱんぱん、と手を叩きながら現れたのは師範代だった。
いつもあたしたちの修行を直接見てくれる先生だ。
やべっ、とみんな、それぞれの持ち場に帰る。
列を作って走り出すみんなを追い越して、あたしは先頭に立った。
座学や妖術は不得意中の不得意だけど、からだを使うのは得意。
特に朝の走り込みは、風を感じて一番前を走るのが、気持ちいい。
走っていると不安な気持ちも忘れていく。
先生に捨てられたらどうしようって思ったことも、みんなみんな、風のなかに溶けてしまう。
そうして残る、大丈夫。
大丈夫。先生は、きっと、あたしのこと捨てたりはしない。
母さんは、それはそれは立派な妖狐だった。
だけど、あたしがまだ小さいころ、お役目の最中に亡くなってしまった。
少しして、父さんは、あのヒトを連れてきた。
あのヒトはすっごく綺麗で、優しくて、申し分のない母親だったんだけど。
あたしは、どうしても、あのヒトのことを、母さんとは呼べなかった。
そのうちに、父さんとあのヒトとの間に、弟たちが生まれた。
あたしは家に居辛くなって、何度も家出を繰り返しては、連れ戻された。
あたしはまだ、ひとり立ちするには、ちょっと、いろいろ足りなかった。
そんなあたしを見かねて、家に来なさいと言ってくれたのは、道場主の先生だった。
郷の仔狐たちはみんな、道場に通って、体術や妖術を学ぶ。
道場にはたくさんの師範代がいて、仔狐たちに、いろんなことを教えてくれる。
先生はその道場の一番偉い主だ。
先生のところならまあいいだろうと、父さんもあのヒトも納得してくれた。
それで、あたしはそのときから、先生の家の居候になった。
先生の家には、あたしの他にも居候が大勢いた。
みんな、いろいろあって、家に居辛かったり、家そのものがなかったりする仔狐たちだった。
居候たちには、掃除とか料理とか、いろんな役割が割り振られていた。
みんな、喧嘩したり仲良くしたりしながら、毎日それをこなしていた。
あたしたちはみんなタニンだけど、家族だった。
このあったかい家にずっといたいと思っていた。