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花恋物語  作者: 村野夜市
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森の掘っ立て小屋の戸を開いた途端、いきなり視界と自由を奪われていた。

びっくりして腰を抜かしそうになったけど、力を抜いても倒れない。

ふわり、と花の香がする。

正面からあたしを抱きすくめていたのは、花守様だった。


「あ、あの。」


じたじたと両腕を動かすと、慌てて花守様はあたしを放してくれた。


「す、すみません、つい。」


謝りながらも、花守様は嬉しくて仕方ないというようににこにこしている。

狐姿だったら、きっと、尻尾を振っていたと思う。


「おかえりなさい。

 早かったですねえ。

 ああ、いえ、これは、早く帰ってきたことを悪く言っているわけではありませんよ?

 思いのほか早く帰ってきてくれて、とても嬉しいです。」


にこにこにこ。

なんだかいつもより笑顔がだらしない気がするのは、気のせいかな。


「お留守の間にね?わたし、分身の術を習得したのですよ!

 ここに今いるこれね?これ、わたしの半身なんです。

 これで、いつでもあなたについて回れますよ。」


ハンミって・・・お魚かなんかみたいな言い方をして、花守様は嬉しそうだ。


しかし、これって、結構すごいことだ。

分身の術なんて、あたしなら毎日練習しても、習得に一年はかかると思う。


「ああ、いえ、これって、四六時中あなたを監視しようってわけじゃないんですよ?

 でも、導師を引き受けた以上は、ちゃんとご指導申し上げないと、ね?

 施術中は、どうしてもあなたのことをひとりにしてしまいますし。

 次から次へと施術の必要な患者さんのあるときもありますし。」


確かに、花守様の施術はあたしには手伝えない。

だから、これまでは、その間はぼんやりしているしかなかった。

でも、もうこれからは、そんなことはない。


「大丈夫です、花守様。

 あたしもちゃんとできることを見つけましたから。」


すると、花守様はにこにこしたまま、え?と首を傾げた。


あたしは、帰ったら花守様に話そうと思ってたことを、一気にまくしたてた。


「お釜とお鍋は、今日は持って帰れなかったんですけど、スズ姉がいいタクミさんを紹介してくれて。

 注文した通りに作ってくれるそうなんです。

 あの、お風呂になりそうなくらい、おっきなお釜です!

 それから、お鍋も。

 ああ、金貨は三枚でよくって。

 余ったのは、というか、ほとんど余ったんですけど、持って帰ってきました。」


あたしは背負ってきたつづらを、どんっ、と花守様の前に置いた。


「お釜のできるのはひと月後なんですけど、その間にあたし、竈を作ろうと思ってて。

 土を運んだり捏ねたりしないと、ですから、きっとひと月なんてあっという間です!」


「かま、ど・・・?」


一瞬首を傾げてから、花守様は、ああ、と手を叩いた。


「竈なら、わたしの術でちょちょい、と・・・」


「だーかーら、料理に使うのは、術で出したのじゃ、ダメなんですって。」


あたしは物覚えの悪い子どもに言うように言った。


「ちゃんと、土を捏ねて作りますから。任せといてください、って。

 花守様の施術中は、あたし、何もすることがなくて困ってましたけど。

 やることができてよかったです!」


できることがあるのも、もうすぐ美味しいご飯が食べられるのも嬉しくて、あたしはわくわくしていた。


「竈を作ったら、ここにある道具を使って、少しずつお料理もやってみます!」


花守様は、はあ、と気の抜けた返事をしてから、にこっと笑った。


「自らやるべきことを見つけるなんて、なんて素晴らしいことでしょう。

 あなたの頑張りを、わたしもできるかぎり、応援したいと思います。」


花守様は、よしよしと先生が褒めるみたいに、頭を撫でてくれた。

それが嬉しくて、あたしは調子に乗って言った。


「お料理を作ったら、花守様も食べてくださいね?」


え?と聞き返した花守様の顔が少し引きつっている。


「大丈夫ですよ。あたし、先生のところにいた頃に、お料理も習いましたから。

 花守様だって、木の実とかお酒とかばっかりじゃなくて、いろいろ食べたほうがいいでしょう?」


「いえ、あの、わたしは・・・」


ゆっくりと腰から逃げようとする花守様の腕を、あたしは、がしっと捕まえた。


「獲物の肉とか、たまには食べないと。からだ、もちませんよ?」


花守様は、へへへっ、と笑った。

これは、あれだ。

試験の出来がとんでもなく悪かったとき、先生の前から逃げ出そうとするときの、あれだ。


逃がしませんよ、と目で訴えると、花守様は、あたしから必死に目を逸らせて言った。


「に、肉も・・・その・・・昔は、食べたんですよ?

 ネズミとか、齧ると、きょうだいのこととか、思い出してねえ・・・

 ええ、あのころは、みんな、お腹をすかせてましたっけ・・・」


遠い目をして昔話に逃げようとした花守様を、あたしはにっこり引き戻した。


「ネズミ、今度誰か届けてくれたら、美味しい天ぷらにしてあげますよ。」


「ネズミの天ぷら?」


花守様は、ぎょっとしたようにこっちを見て聞き返した。

あたしは、うんうんと頷いた。


「美味しいんですよ。先生のところじゃ、みんなで奪い合いでした。

 他の献立だとおかわりはしない先生も、これだけは、おかわりをしてね。

 揚げても揚げてもおいつかないから、先生の家にも道場にも、ネズミは一匹もいなくなって。」


「・・・・・・そんなに美味しいんですか?」


恐る恐る尋ねる花守様に、あたしは自信たっぷりに頷いてみせた。


「そりゃあもう。

 料理した獲物は変化姿のまま食べられますけど、これだけは、みんな狐に戻っちゃうんです。

 そのくらい、夢中になって食べるんですよ。

 嘘だと思ったら、今度作ってあげますから、楽しみにしておいてください。

 あ~、誰か、ネズミ、届けてくれないかなあ~。」


「・・・ります。」


「は?」


「ありますよ、ネズミなら。結構、たくさん。」


花守様はあたしの手を取ってぐいと引っ張った。


「お見せしますから、来てください。」


そのままぐいぐいとあたしを連れて階段を下りて行った。


花守様があたしを連れて行ったのは、大きな貯蔵庫だった。


「ネズミってほら、木を齧るでしょう?

 で、森の木につくネズミをね、退治しますでしょう?

 けれども、ネズミも命は命。命は無駄に奪っていいものではありませんし。」


道々、花守様は、言い訳をする子どものように、とつ、とつ、と話した。


「最初はね?わたしもちゃぁんと全部、いただいていたんです。

 けどね、その、どっちかと言うと、あまり得意じゃなかったものですから。

 そのうち、食べきれなくなりましてね。

 ところが、そのまま放置しますと、夏場の暑いときなんかは、それはもう、それはもう・・・」


それはもう、を繰り返しながら、花守様は、口元を袖で抑えた。

それを見てなんとなく、状況は分かった。


「なんとかしなくては、と思っていたときにね?

 冬、凍るほど冷たいときには、ネズミも腐らないのに気づきまして。

 それならば、とここに、冬の場を作ってみたんですよ。」


それは施療院のさらに地下を掘って作った穴だった。

穴には丸い木の蓋がしてある。

それは渾身の力を込めないと持ち上がらないくらい重たい蓋だった。


けど、花守様がひょいと指を振ると、蓋はすーっと宙に浮いた。

開いた穴から、ひゅーっと冷たい風が吹いてくる。

あたしは背中がぞくりとした。


穴から覗き込むと、中は真っ暗で何も見えなかった。

後ろから、花守様が狐火を飛ばしてくれる。

ふわふわと飛ぶ青い光に照らされた穴の中は、思ったより広そうだった。


ぴょんと飛び降りると、そこには氷漬けになったネズミが、丁寧にずらっと並べてあった。


「う、わ~・・・」


確かにご馳走だけど、ここまでずらっと並べられると、ちょっと、あれだな。


あたしの後ろから、花守様は、術を使って、しずしずと下りてきた。


「もう、これを何とかしていただけるものなら、心底、お願いしたいです。」


花守様はかなり持て余していたのか、袖を目元に当てて、しくしく、と泣く真似までした。


そうか、花守様、困ってるのか。

よぉし。ここはどーんと任せてもらおうか。


あたしは背中を逸らせて、拳で胸を叩いた。

ちょっと強く叩きすぎて、けほっ、とむせたくらいだった。


「分かりました。

 あたしに任せておいてください。」


顔をあげた花守様の表情が、ぱあっと晴れ渡る。

その笑顔が、なんだかすっごく好きだと思った。


そんな顔で笑ってくれるなら、もうあたし、なんでもしてあげますよ。

ここのネズミだって、全部、揚げて揚げて、揚げまくりましょう!


あたしはなんだか、張り切ってしまった。


花守様の役に立てる。

それが、何より嬉しかった。


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