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物語の語り手が封じられてしまったので、ここは足早に、話しを進めよう。
小豆に育てられた由良は、すくすくと育ち、成長すると、母のように薺の道場に預けられた。
母とは違い、何事にもそつがなく、さらりとこなす優等生として、無事道場を卒業する。
その後、菖蒲と杜若のふたりを導師として、一人前になった。
そのころには、施療院は、治療師の成り手がなくなり、閉鎖となっていた。
森だった場所は、椿と山茶花のふたりの精霊に護られて、多くの花の咲く場所となっていた。
由良が一人前になって最初のお役目として請けたのは、その花園の番人だった。
幼い頃から、由良は、花園によく行っていた。
母の封じられた石は、その森の、はじまりの木、のあった場所にあった。
顔も知らない母親だったけれど、不思議とその場所に行くと、母の気配を感じられる気がした。
育ての母の小豆とは違うその気配が、ときどき、むしょうに恋しくて仕方なかった。
けれど、それはなんだか小豆には悪いような気がして、由良はずっと誰にも言わなかった。
椿と山茶花は、由良の前には姿を顕し、よく、その両親の話しをしてやっていた。
小豆と菖蒲と杜若は、由良にとって、大事な家族だった。
それでも、花園に行って、生みの両親の話しを聞くことはやめられなかった。
花園で一番古い木の精霊に護られて育った由良は、花園の番人になるには最適の狐だった。
花園の番人となった由良は、そこにたくさんの薬草を育て始めた。
そして、症状や用途に合わせた薬をいくつもいくつも作り出した。
施療院はもうなかったけれど、郷の狐は、由良の作った薬を使って、からだを治すようになった。
花園には、たくさんの精霊も住んでいた。
植物の精霊は、そのままでは本体である木を離れることができない。
けれど、誰かの使い魔となれば、その主についてどこへでも行くことができた。
精霊たちは主を選び、使い魔となって、共に郷の外へも行くことを望むようになった。
用心深い木の精霊は、よほどのことがない限り姿を顕さない。
姿を顕すだけでなく、主と認めるとなると、これはよほどのことだ。
それゆえに、使い魔を持つ妖狐は、それだけでも一目置かれる存在になった。
由良はその花園の番人で、精霊たちにも愛され、皆のために薬草も育てている。
郷の狐からの信頼も篤く、憧れすら抱かれるような妖狐だった。
郷の妖狐はずいぶん数が減って、今はもう、なになに師というような区分はしなくなっていた。
みな、郷の中にお役目を持ち、郷の外のお役目も果たすようになっていた。
あるとき、由良は、とある妖物の調査のお役目を任された。
穏やかな外見に似合わぬ、秘めた実力と、隠れた胆力を買われた上の任務だった。
けれど、その任務で、由良は、犯してはならない禁忌を犯した。
郷の命に背き、一族を裏切って、異国の妖を連れて逃げたのだ。
なまじ、皆の信頼が篤かった分、落胆も大きかった。
由良は郷の開闢以来の大悪狐だと指さされるようになってしまった。
しばらくして戻った由良は、仔狐をひとり、連れていた。
異国の妖との間に生まれた息子、枯野だった。
郷を裏切った由良を、長老の薺は受け容れようとしたが、郷のモノらは赦さなかった。
陰湿な嫌がらせに耐えながら、由良はひとりで枯野を育てた。
小豆や菖蒲、杜若は、そんな由良を手助けしようとした。
けれど、それを由良は固く拒んだ。
自分のせいで大切な家族に害が及ぶことをよしとしなかったためだった。
由良は並大抵ではない苦労をして、枯野を育てた。
けれど、そのせいか、枯野が一人前になる前に、儚く倒れた。
枯野は、自分たち父仔に辛くあたる郷の狐たちをひどく嫌っていた。
ひとりきりになった枯野は、郷を捨てて出奔した。
猟師の罠にかかり、生きることすら諦めかけた枯野だったけれど。
少女に命を救われ、恋に落ちる。
陰ながら少女を護ることを決心した枯野は、やがて、早熟な妖狐となっていく。
朴訥で真面目な枯野の人柄に惹かれて、少しずつ、本当の仲間もできていった。
生みの母の遺した琴は、巡り巡って枯野の元に届く。
仲間たちと琴の力を借りて、枯野は、海中に封じられていた怪物の呪いを解く。
枯野が母の故郷から持ち帰った風呂敷包のなかには、山吹の魂が入っていた。
そうして、山吹は復活を遂げたのである。




