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祭りが終わると、いよいよ木の伐り倒されるときがきた。
大きな大きな木だったから、きっと何日もかかるだろうと誰もが思った。
だけど、一斉に斧が入れられるなり、木は、自ら倒れるように、あっさりと倒されてしまった。
切り株は、大きな大きな丸い卓のようだった。
そこは、それ以降、島の大事な話し合いのなされる場所になった。
伐り倒された木は、何日もかけて、大きな舟になった。
海人族の命と魂を乗せる舟。
それは、みんなの心の拠り所として、なにより相応しい姿のように思えた。
大王の出したあとひとつの条件。
貢物を持って、毎日、挨拶に行くこと。
息長の人々は、魚や貝や藻塩を献上することにした。
藻塩というのは、ここの島の人たちの作る塩のことだ。
海水を煮詰めて、海の藻を敷き詰めたところに何回もかける。
それを乾かすと、藻の上に白い塩の塊がつく。
うまみの強いこの塩なら、きっと大王も納得するに違いない。
海人族たちはみんなそう言った。
あれから、カモメさんとはすっかり仲良しになって、いつの間にか、カモメちゃんと呼ぶようになった。
カモメちゃんに習って、あたしも藻塩作りを手伝った。
海水を煮詰める壺をかき混ぜるのは、ちょっと薬作りに似ていると思った。
乾いた海藻の上についた塩は、きらきらと宝物のように綺麗だった。
完成した舟に、献上品を乗せて、息長の人たちは、大王の許へ行くことになった。
大きな舟は、たくさんの荷と人を乗せても、風のように軽く、海を渡った。
そして、川を遡り、都まで毎日往復した。
朝早く、舟は朝日を目指して出発し、夕方、夕日にむかって帰ってくる。
そしてまた、翌朝、朝日ののぼるところへむかって、舟出していった。
毎日、大勢の海人族を乗せて川を遡る大きな舟は、都の人々の間でも噂になった。
掛け声も勇ましく、風のように水の上を走っていく。
それは陸を駆ける馬より速く、その勇壮な姿に、誰もが感嘆した。
きっと、これで、なにもかもうまくいくに違いない。
そう思い始めたころだった。
突然、また、大臣の使者の一団が、島へやってきた。
彼らは今度は、社まで足を運びもしなかった。
長老にむかって投げつけるように放り出された紙には、あの舟を処分せよ、と書いてあった。
「あのように大きな舟を作り、都へと攻め上ろうと考えておるのであろう。
そうではないと言うのならば、即刻、舟を焼き、証を立てて見せよ。」
海人族の魂とも言える舟を焼け。
その命令には、多くの息長の民が反発した。
こちらはおとなしく、神の木を伐ったというのに。
あまつさえ、舟まで焼けと言うのか。
息長の人々は、切り株のところに集まって、また連日、話し合いになった。
切り株を手で撫でて、涙を流しながら、憤る者もあった。
なにをしても、言い掛かりをつけられる。
ならば、もはや、従う必要はない。
今度こそ、そう強硬に主張する者が多かった。
しかし、ここで逆らえば、また、戦に逆戻りしてしまう。
折角、自ら倒れることを選んだ守り神の思いも踏みにじってしまう。
そう宥める側も、涙を流していた。
誰が、どう考えても、あんまりだ。
あたしだって、そう思った。
みんな、泣いた。
悔しくて、辛くて、悲しかった。
だけど、泣いて泣いて、さんざん、泣いて。
そうして、決めた。
仕方あるまい。舟を焼こう。
倒されることを望んだ神様なら、きっとそうしろと言うに違いない。
彼らはそう考えたのだった。
舟を焼く火で、彼らは、塩を作った。
キラキラと宝物のような塩が、たくさんたくさんできた。
舟を焼いた後、焼けずに残った部分があった。
彼らはそれを使って琴を作った。
優しい風のように、どこまでもどこまでも、その音は響き渡った。
ちょっと、精霊の声を思い出すような、あたたかな音色だった。
その琴に名前をつけてほしいと、花守様は頼まれた。
しばらく考えてから、花守様は、その琴に、枯野、と名付けた。
冬の枯れ果てて見える野にも、その下には次の年の新しい芽がある。
時がくれば、それは芽吹き、また緑あふれる野となる。
そんな思いを込めたのだと言っていた。




