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花恋物語  作者: 村野夜市
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精霊との約束通り、あたしは、その言葉を、息長の人々に伝えた。

そして、それは、やっぱり、彼らの決断を後押しすることになった。

神様ご自身が、そうお考えなら。

そうしよう、という人たちが、反対派のなかにも増えて、結局、木は伐られることになった。


いよいよ木を伐り倒すという日の三日前から、社では盛大なお祭りが開かれた。


「守り神を伐ってしまうというのに、こんなお祭り騒ぎなんてしていいんでしょうか。」


どうにも不思議に思って、あたしがそんなことを尋ねると、花守様は、それはね、と教えてくれた。


「賑やかに笑いさざめくことが、神の力となる、という考え方もあるのですよ。

 彼らは長く守護してくださった神に、感謝を込めて、祝っているのです。

 それに、精霊さんもおっしゃっていたでしょう?

 木は伐っても、それでおしまいにはならない。

 違うものに生まれ変わり、さらに長い生を得ることもある、と。

 だから、彼らは、大切な神の再生を、起こる前から祝っているのです。

 そうすることで、さらによい再生を呼び寄せるために。」


・・・そういうこともあるのか。


「なんか、不謹慎じゃないのかな、とか思ったりもしたんですけど・・・」


「不謹慎ではないと思いますよ。

 彼らだって、淋しい、辛い、悲しい、気持ちがないわけではないでしょう。

 通りすがりのわたしたちですら、これほど胸が痛むのに。

 彼らは、わたしたちよりよほど長く、守り神として祭ってきたのですから。

 けれど、この再生は、神様ご自身も望まれたこと。

 だとすれば、それを精一杯喜び、お祭りすることは、神を祭る者のつとめなのですよ。

 それゆえ、本当の気持ちは押し殺して、あのように賑やかに笑うのです。」


人の習俗ってのは、場所によってすっごく違うってのは、なんとなく知ってる。

狐の郷にだって、他所の人から見れば妙だなって思われることも、あるかもしれない。

だとしたら、この島では、島の流儀に従うべきなんだろう。


「わたしたちも、島のみなさんとご一緒に、精々、祝って差し上げましょう。」


花守様に言われて、あたしも、そうしようと思った。


海人族の心づくしのご馳走を、あたしたちもたっぷりご馳走になった。

魚や貝や海藻のような海産物は、島に来てから初めて食べたものが多かった。

ことに魚は、煮ても焼いてもとても美味しくて、郷にはないご馳走だった。


普段食べるのは、干したり、塩や酢に漬け込んで、保存の効くようにした魚が多かった。

けど、お祭りには、とれたての生の魚もたくさん出された。

生のまま、切り身にした魚は、それはそれは美味しくて、嘘みたいにたくさん食べた。


あたしたちは、郷からの物質転送を使って、鹿や猪の肉を送ってもらった。

スギナとふたりで、久しぶりに石焼肉をしたら、なかなかの大好評。

なんだか、ちょっと、昔を思い出したりもした。


花守様は、息長の人たちとすっかり意気投合して、お酒をたくさん飲んでいた。

海人族のお酒はちょっと濁っていて、とても強い。

それを、男の人も女の人も、木椀に入れて、かぱっ、かぱっ、とあけていく。

花守様も、一緒になって楽しそうにそれをやっていた。


郷から取り寄せた花守様のとっておきのお酒は、息長の人たちを感心させた。

都に行ったことのある人たちは、こんな清んだお酒も飲んだことあったみたいだけど。

まるで水のようだ、と、みんな大喜びした。

こっちも、びっくりするくらいみんな、いい飲みっぷりだった。


まだ春浅い、風の寒い夜だったけど、宴会の熱気は島中をほこほこにしていた。

ちょっと風に当たりたくなって、あたしは、宴席を抜けて、社の奥へとさ迷いこんだ。

なんとなく、ここに来れば、もう一度、あの精霊と会えるような気がしていた。


この間、精霊の腰掛けていた根っこに腰掛けて、賑やかなほうを眺める。

夜なのに、煌々と灯りを焚かれた宴席は、夢の国のように光り輝いて見えた。


「こんばんは。

 狐のお嬢さん。」


背中から聞こえたのは、予想通りの声だった。

達観したお年寄りの、落ち着いた、響きのいい声。

花守様の声も、ちょっとそんな感じがするなあと思う。


「こんばんは。

 精霊様。」


あたしは振り向いて答えた。

今度は端に寄って席をあけるのは、あたしの番だった。


「賑やかですね。」


精霊はあたしの隣に腰掛けると、遠い宴席を眺めながら呟いた。


「祭りには、来られないのですか?」


「見ていましたよ、ずっと。

 わたしには、この島のことなら、手に取るように分かりますからね。」


精霊はにっこりしてそう答えた。


「息長の民も、みな、ひとりひとり、生まれたときから、よく知っています。

 喧嘩をして、こっそり隠れて泣いていた顔も。

 泳ぎが苦手で、ひとりでこっそり練習していた顔も。

 誰のどんな瞬間も、わたしは、ずっと見てきました。」


神様って、そういうものなんだろうか。

けど、なんか、ちょっとあったかい気持ちになった。

辛くてひとりぼっちだと思っているときも、ずっと、一緒にいてくれてるんだ。


「守り神を伐ってしまって、島の人たち、心細く、ないかな・・・」


「きっと、心細くはならないようにするでしょう。

 わたしは、何に生まれ変わらせてもらえるのか、今から楽しみです。」


神像、とかにはできないと思う。

大王の信じる神を信じる証に、この木を伐るんだから。

だけどきっとそれは、島の人たちにとって、心の拠り所になるようなものになるに違いない。


「生まれ変わっても、ずっと、島の人たちを、見守っているんですか?」


「もちろん。」


精霊はにっこりと頷いてみせた。


「本当はね、もっと早く、こうすべきだったのです。

 けれど、わたしの声を聞ける者が、この島にはいない。

 だから、狐さんたちに来ていただけて、本当によかった。

 心からお礼を申し上げます。」


精霊はあたしにむかって丁寧に頭を下げた。

神様にそんなことされちゃ、あたしのほうが焦ってしまった。


「い、いやいやいや。

 ・・・けど、あたし、今もまだちょっと、迷ってます。

 本当にあれ、言っちゃってよかったのかな、って。

 あたしが言わなけりゃ、伐るって選択にはならなかったのかもしれないし。

 だから、もしかして、ものすごく罪深いことをしてしまったんじゃないか、って・・・」


「なんの罪?

 あなたに罪はありませんよ。

 むしろ罪深いのはわたしです。」


精霊はちょっとため息を吐いてから、静かに言った。


「年寄りの昔話を、聞いていただいてもよろしいかな。」


「昔話?ええ、もちろん。」


あたしがそう答えると、では、と言って精霊は話し始めた。


「以前、社には、ひとりの巫女がおりました。

 巫女は、わたしの声を聞くことができました。

 波や風や、鳥や人間や、多くのモノの声をわたしは聞いてきました。

 けれど、わたしの声を聞けるモノは、誰ひとりいなかった。

 なのに、その巫女は、わたしの声を聞き、それに応えてくれました。

 生まれて初めて、わたしは、誰かと言葉を交わす歓びを知りました。」


波や風や鳥に聞いた、遠い場所の出来事。

それから、長い年月を生きたモノだけが知る知恵。

精霊は、巫女を通して、それを人々に伝えた。

人々は、ますます精霊を神と崇め、大切に祭った。


「わたしは、その巫女のことを、とても、とても、大切に思っていました。

 ずっと、失いたくない、ここにいてほしいと、願っていました。

 そんなわたしの願いが、巫女の時間を歪めてしまったのかもしれません。

 巫女は、五百年の歳月を経てもなお、若い姿のまま、巫女としてわたしに仕えておりました。」


五百年?

それって、普通の人間の寿命をはるかに超えている。

神様ってのは、やっぱりすごい。


「わたしの願いが、巫女から人の子としての幸せを奪っていることには気付いていました。

 それでも、わたしは、その願いを止めることはできませんでした。」


他に誰も、声の聞こえる人はいない。

そんな状況で、たった一人だけ、話せる相手。

そんな相手を離したくないと思うのは、無理もないと思う。

けど、神様だから、本当にその願いは叶ってしまったんだ。


「あるとき。島に災厄が降りかかりました。

 大王が、島の民に恭順を誓えと言ってきたのです。

 恭順を誓えば、攻めることはしない。

 けれど、逆らえば、戦を起こす、と。

 しかしここは、陸の民には、そう易々と渡ってこられない海のなかの島。

 恭順を誓ったところで、取り立てて、何か変わることもあるまい。

 そう考えた人々は、恭順を誓うと返答したのです。」


それって、先々代の大王の時代のことだ。


「すると、大王は、その証として、一族の女王か姫を差し出すように要求してきました。

 しかし、息長の一族には、女王も姫もおりません。

 そう答えると、それでは一族で一番美しい女を差し出せと。

 そう言ってきました。」


息長の一族で、一番美しい女。

それは、誰が見ても、社で神に使える巫女だった。


「大王には、巫女が差し出されることになりました。

 それを聞いた巫女は、行きたくないと泣きました。

 それを、わたしは、行くように説得いたしました。

 大王の館に迎え入れられるのだから、きっと姫君としてよい暮らしをさせてもらえるだろう。

 それは、こんな最果ての島で、年老いた樹木の話し相手をしているより百倍いい。

 巫女もようやく人の子としての幸せを手に入れられる。

 わたしは、そう思おうとしました。

 そして、嫌がる巫女を送り出しました。」


先々代の大王は、征服した民の姫や女王を強引に召し上げて、妻にした。

そうして作られた後宮は、魑魅魍魎の御殿になっていた。


「風の噂で、巫女がすぐに王子を産んだと聞きました。

 残念ながら、巫女は産後の肥立ちが悪く、亡くなったことも。

 巫女が死んでしまったことはとても悲しかったけれど。

 それでも、いっとき、巫女が幸せであったのなら、それでよかった、と思おうとしました。」


そのとき生まれた王子が、先代の大王になった人だ。

何故か、海人族を憎んで、何度も何度も戦を仕掛けてきたらしい。

今の大臣が海人族相手に戦を起こそうとしているのも、それがあったからだ。


「時が経って、そのときの王子は、大王の長子として、その座を継承しました。

 王になった王子が真っ先にしたことは、島に戦を仕掛けることでした。」


先代と海人族との戦は何度も何度も繰り返された。

妖狐もまた、海人族の助太刀として戦に加わった。

その戦には、なかなか決着が着かなかった。


「鳥たちが、教えてくれました。

 王子は、海人族を酷く憎んでいるのだ、と。

 生まれてすぐに母を失くし、護ってくれるモノのない後宮は、王子にとっては地獄でした。

 月足らずで生まれた王子は、本当に大王の子かと、後ろ指を指され続けたそうです。

 それでも、有力な王子たちは、謀や病で次々と亡くなっていき。

 大王が崩御したとき、跡を継げる者は、その王子の他にはいなかったとか。

 それすらも、野蛮な血を引く者は、しぶとく強い、などと、陰口に種にされたそうです。」


なんとも、酷い話しだ。


「誰もが、心の奥底では、王子は大王の血を引いていないと思っていたそうです。

 生母の巫女は、わたしに長く仕えていました。

 だから、王子の父親は、わたしなのではないかと。

 それは事実ではありませんが、何度も何度も、王子は、そう聞かされたのでしょう。

 そうして、わたしを恨み、憎む気持ちを育て続けてしまったのでしょう。

 王子の戦の目的は、わたしを倒すことだったのではないかと思います。

 そのために、何度も何度も、この島を攻めたのだと。

 わたしを倒してしまえば、王子の戦いはきっと終わる。

 わたしはそれを息長の民に伝えようとしました。

 けれど、島にはもう、わたしの声の聞こえる者は、誰もいませんでした。」


そうだったのか。


「だけど、だからって、おとなしく倒されてやるなんて。

 それは、違うと思う。」


なんだか腹が立ってきて、思わずそう言ってしまう。

精霊は、寂し気な、けれど、優しい笑みを浮かべた。


「息長の民は、わたしにとっては、とても大切な人々です。

 なのに、彼らの血が、たくさん、流されてしまいました。

 この悲劇を食い止められるのであれば、わたしは喜んで倒されましょう。

 わたしは、長年、彼らに、守り神、と呼ばれてきたのですから。」


それに、と精霊は付け加えた。


「王子は、わたしにずっと仕えてくれていた巫女の大切な忘れ形見です。

 わたしは、巫女のことを、大切に思っていました。

 大切に、大切に、思っていました。」


大切に、という声が心に沁みる。

どれだけ大切に思っていたか、それがよく分かる声だった。


ああ、そうか。

やっと、気付いた。


精霊が、こんな長い話をした理由。


自分が倒されるのは、自分がそう望んでいるからだ。

あたしがそう言ったからじゃない。

わざわざ、あたしにそれを教えるために。

こんな話しをしてくれたんだ。


「年寄りの、長い昔話につきあってくださって、どうも有難う。

 優しい、狐の、お嬢さん。」


精霊はそう言って優しく微笑んだ。

包み込むように優しくて、悲しい笑顔だった。

 






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