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あたしを天幕に連れて行くと、花守様は、ちょっと待っていてください、と奥へ行った。
よっこいしょ、と言いながら担いできたのは、スズメのお宿のお土産になりそうな大きなつづら。
あの、お化けの入っているほうだ。
開けて見ると、お化けじゃなくて、零れ落ちそうなほど、金貨が入っていた。
「え?これって、金貨?」
あたしは目を丸くした。
あたしの使ったことのあるお金は、銅貨ばっかりだ。
一度だけ、銀貨を持ってお使いに行ったことがあったけど、あのときは参った。
落とさないか、失くさないかと、気になって仕方なくて、ずっと懐を抑えて歩いていたっけ。
帰ったときには、それはもう、ぐったりとくたびれていたもんだ。
それなのに、このたくさんあるのは、全部金貨だった。
金貨なんて、本物を見たのも初めてだ。
「こんな金子、いつの間に?」
施療院は治療の代わりに金子をもらうことはない。
もちろん、狐は義理堅いから、治った患者さんたちはそのまま知らん顔ってことはない。
お礼には木の実や草の実や山菜なんかを集めて届けてくれる。
届けてもらった食糧は食糧蔵に溜めてあって、ここのみんなの毎日の食事になる。
だから、あたしたちは、わざわざ食べ物を集めてこなくても、毎日ごはんを食べられる。
だけど、ここのヒトたちは誰一人、料理をしない。
なんでも生のまま、そのまま食べる。
たまに、魚や狩の獲物を届けてくれることもある。
それも生のまま食べる。
変化した姿で生の獲物は食べ辛いから、そういうときは、みんな、狐に戻る。
狐に戻るのが面倒だからって、狩の獲物は食べないヒトもいる。
特に、花守様は、獲物はまったく食べない。
蕗さんに偏食だと叱られても食べない。
たまに、お役目が忙しすぎて、食糧を集めて来られないって狐もいる。
名の通った大物の妖狐だと、そういうことも多い。
けど、そういうヒトたちは、お役目に行った遠方で、珍しい薬草とか買ってきてくれる。
だから、この山盛りの金子は、治療のお礼にもらったものではないと思う。
「狐の秘薬を売ったんですよ。」
花守様はこともなげにさらりと言った。
あの、花守様にしか作れない、滅茶苦茶妖力を必要とする、特別な薬だ。
毒を受けた目ですら再生できる、すごい秘薬だ。
「あれって、人間相手にも売ってるんですか?」
「わたしは商売にしようとは思ってないんですけどね。
郷の狐に、どうしてもあれがほしいって頼まれることが、時々、ありまして。
お役目に必要だからって言われると、それは、協力しないわけにもね?
まあまあ、多少、余分に作るくらいは、わけないことですし。
そしたら、それを人間に分けてやる狐もいてね?
不治の病も治る、とか噂になりまして。
ときどき、裏側の筋から、依頼もくるようになってしまって。
まあまあ、わたしは外に行ってお役目を果たすこともありませんし。
これも郷のためだと思って、作っているんです。」
花守様は軽くため息を吐いた。
「謝礼は必要ないって言うんですけど。
お役目を請けたら金子を受け取るのは決まり事だと言われて。
まあまあ、それなら、そのうちに何かの役に立つかもしれないと思って。
けど、ずいぶん長いこと、ほったらかしだったんですよ。」
よく見ると、金貨にはいろんな種類があった。
多分、大昔のとか、ちょっと昔のとか、いろんな時代の金貨が混ざっているんだろう。
「でも、こんなふうにお役に立つなら、もらっといてよかったですかね。
場所塞ぎだし、どこかに埋めておこうかとも思ったんですけど。
それも面倒でね。
いやいや、つくづく埋めなくてよかった。」
花守様は、ふぅ、とため息を吐きながら、腰をとんとんと伸ばした。
「それにしても、これを持って行くとなると、なかなかに大変ですねえ。」
「え?これ全部、持って行くんですか?」
「だって、足りないと困るでしょう?」
まあ、それも、そうか。
あたしも、飴と団子しか買ったことないし。
釜を買うのに、いったいどのくらいの金子がいるのかは、想像もつかない。
「ちょっと大荷物だけど、仕方ない、か。」
うなずくと、花守様は、そうですねえ、と小首を傾げた。
「せめて、少し軽くしておいてあげましょうか。」
そう言うと、口元に指をあてて呪を唱える。
すると、大きなつづらは、楽々担げるくらいの重さになった。
「それから、これ。連絡用です。」
花守様はそう言って、小さな手鏡を渡してくれる。
「なにか困ったときには、それを覗けば、いつでもわたしと話せますから。
もちろん、困ってなくても、話せますから。
いつでも、連絡してくださいね。」
つくづく、うちの導師様は、至れり尽くせりだ。
「けど、それでも、あなたひとりで行かせるのは、やっぱり心配ですねえ。」
さあ行こうとつづらを担いだあたしを見て、花守様は、また眉を顰めた。
「大丈夫ですよ。あたし、先生のおつかいで、ひとりで市に行ったことだってありますから。」
あたしはそう言ったんだけど、花守様は、それでもやっぱり納得しなかった。
「誰か、一緒に行ってくれるヒトはいませんかねえ。
けど、今は手のあいている治療師さんもいませんし。
市に行けるほど元気な患者さんも、いないなあ・・・」
「いえそんな。忙しい治療師さんや、療養中の患者さんに手伝わせようなんて思いません。」
すると花守様は頭を抱えた。
「ああ、困った、困った。
やっぱりわたしが・・・」
「花守様はここにいてくださらないとみんな困ります。」
きっぱり言うと、花守様は恨めしそうにあたしを見る。
「自分を引き裂いて、半分、あなたに連れて行っていただきたい気持ちです。」
「そーれは、いろいろと、問題多そうですけど・・・」
そもそも半分に引き裂いたら、そりゃ、ついてくるとかそういう問題じゃなくなるだろう。
「今から分身の術を習得する、というのは間に合いませんか?」
「・・・その間に、行って戻れると思います。」
あたしはさっきもらった手鏡の入った懐を掌で叩いた。
「そう心配しなくても、いつでもこれで連絡できるじゃないですか。」
「ええ、ええ。できますとも。連絡、はね?
だけど、連絡できても、その場にいなければ、助けられないかもしれません。
下手をすると、あなたの危機ばかり知って、おろおろとうろたえている間に、あなたは・・・
なんということでしょう!
あなたがたったひとりで困難に巻き込まれ、悪漢に攫われるようなことになったら。
そのときには、わたしはもう、生きてはいけません。」
いやそんな。
市にお使いに行くくらいで、そんな、大冒険にはならないと思いますけど。
「じゃあ、あの、行く途中に、道場に寄ってみます。」
あたしはそう提案した。
「道場なら、誰か、一緒に行ってくれそうなヒトのひとりやふたり、いそうだし。」
朋輩たちとか、師範代の先生たちとか。
あそこなら、手のあいたヒトのひとりやふたりはいるだろう。
「それはいい考えかもしれません。」
花守様はようやく納得して笑ってくれた。
その笑顔には、まだどこか、心配そうな影もあったけど。
花守様がまたなにか言い出さないうちに、あたしはそそくさと出発した。




