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花恋物語  作者: 村野夜市
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郷に戻ると、また忙しい毎日が待っていた。

施療院に暇なんてものは、あり得ないんだとつくづく思う。

酷い怪我だけでなく、病も診るようになった施療院には、毎日患者さんたちが押しかける。

患者さんと一緒に、痛みや苦しみと戦うのは、ちょっと戦師の戦いと似てるかもしれない。


地上の郷に雪が積もるころ。

大勢の戦師たちが、郷に帰ってきた。

大王は、本格的に、あちこちの戦を終わらせることにしたらしい。

だから、異種族を助けるために戦場に行っていた戦師たちも、戻ってきたんだ。


戦師には気の荒いヒトも多くて、その分、小さな喧嘩なんかは増えたんだけど。

それでも、命に関わるほどの大怪我を負う同族は、圧倒的に少なくなった。


こんなに大勢の同族のいる賑やかな冬は初めてだった。

お日様の復活を祝う冬の祭りも、いつもはもっとしめやかな感じなんだけど。

その年は、森中にたくさんの灯火を灯して、それはそれは賑やかになった。

餅まきも、追儺も、年越しも。

それはそれは盛大に、賑やかに執り行われた。


そうして、新しい年の明けたころ。

郷に、ひとつの報せがもたらされた。


海人族の村が、恐ろしい怪物に襲われた。


それを聞くなり、花守様は、救援に向かうと言い出した。

その時点ではどんな怪物に襲われたのかは分からなかったけど。

おそらく、たくさんの怪我人がいるだろう。

その人たちを放ってはおけない、というわけだ。


都の騒動のときには、海人族に世話になった。

そんな海人族の苦難は、他人事とは思えない。

その気持ちは、あたしも同じだった。


命のあるモノなら、花守様には助けられる。

けれど、命が失われてしまえば、花守様にも、もうどうすることもできない。

ひとりでもたくさんの命を救うために、花守様は出発を急いだ。


最初は、みんな、引き留めた。

もちろん、誰かが救援に向かうことに、反対するヒトはいない。

けど、花守様は、郷に必要なヒトだ。

行ってもらっては困ると、みんなに言われた。

べつの誰かに行ってもらおうと、連日連夜、寄ってたかって、説得が行われた。


だけど、花守様は譲らなかった。


施療院はもう、花守様なしでも大丈夫だ。

それに、ここには道具もヒトも薬も、最高のモノが揃っている。

けれど、郷の外に行けば、そうはいかない。


花守様は、誰より優れた治療師だ。

誰にも癒せないような患者も、誰にも思いつかない治療法を見つけて癒してしまう。

だからこそ、今、一番苦しんでいるヒトたちのところには、花守様が行くべきかもしれない。


花守様に逆に説得された同族たちは、最後にはそう言って納得した。


海人族とは縁のある戦師も多い。

怪物退治の部隊には、大勢の戦師が、我も我もと手を挙げた。


けれど、それに待ったをかけたのは藤右衛門だった。


海人族は、ついこの間、大王との間に、終戦協定を結んだばかりだ。

それなのに、大勢の狐の戦士が集結しては、再び戦を目論んでいるのではないかと疑われる。

もちろん、そんなつもりはないと断言できるけれど。

問題は、そう言ったところで、信じてもらえるかどうかということだった。

いや、むしろ、信じないほうが都合のいい人物が、大王の側にいる。

おそらく、大臣は今も、なにかちょうどいい理由が見つかれば、いつでも戦を起こすつもりだろう。

都の人々の、海人族に対する印象は、薬水のおかげでずいぶんよくなったようだけれど。

それでも、戦をしていたという記憶は、薄れてしまうほどには、まだ時間が経っていない。

戦で、自身や身内を傷つけられた者はまだまだ多くいて、その恨みは消えてはいない。

その恨みに、もう一度、暗い火をつけてしまうようなことは、避けなければならない。


今、派手な動きをするのは、まずい。

藤右衛門の命令で、戦師たちの部隊は、行くことは禁じられた。


それでも、花守様だけは、傷ついた人たちを助けるために行くことになった。

もちろん、あたしはついていく。

もう二度と二度と、花守様から離れるのだけは、ごめんだから。


そのあたしたちに、スギナがついてくることになった。

スギナは戦師ではないし、だけど、海人族との馴染みもある。

一緒に来てくれれば、なかなかに心強いと思った。


薬も道具も、むこうに着いてから、転送通路を開けばいい。

あたしたちは、取り急ぎ、最低限の荷物だけまとめて行くことになった。


春まだ遠い、寒い朝だった。


だけど、復活の日を過ぎた太陽は、思ったより眩しく輝いていた。

白い雪のなかに、赤い花が、鮮やかに咲いていた。

郷の妖狐たちに混じって、椿の精霊と山茶花の精霊も見送りに来てくれた。

冬は眠っている精霊も多いんだけど。

このふたりだけは、年中起きていて、いつも元気そうだった。


郷の守りは任せておけ、とふたりは胸を張った。

幼い童女姿のふたりだけど、ひどく頼もしく感じた。


そして、あたしたちは、海人族の棲む島へ向けて出発した。







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