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はあ?臨機応変だあ?
ああいうのは、行き当たりばったりって、言うんでしょ?
そう叫んだヤタロに、あたしは返す言葉もなかった。
まったく、うちの導師が、すみません。
ぺこっと頭を下げると、ふん、と鼻を鳴らされた。
「まあ、いいさ。
都の瘴気も、ほとんど祓えたし。
終わりよければすべてよし、ってことにしておくよ。」
ヤタロは肩を竦めて、けけっ、と笑った。
「それにさ、始祖様のことは、一発くらい殴ってやりたいってずっと思ってたからね。
念願叶って、ちょっとすっきりしたかな。」
「え?あれ、本当に殴ったの?」
あたしは目を丸くして聞き返した。
それに、ヤタロはにやっと笑った。
「当てたのは、一発目だけだけどね。
あれだけは、渾身の一撃をお見舞いした。」
えー・・・
花守様、それは、なんにも言わなかったけど。
あの、苦し気な呻き声。
いやに真に迫ってるって思ったけど、あれだけ、本物だったんだ。
「か弱いお年寄りに、なんてことを・・・」
「はあ?
あれのどこがか弱いって?
それに、ボクのほうが、もっとお年寄りなんだけど!」
・・・ああ、そうでしたね。
「まったくさあ、とんでもないおヒトだよね、君のオモイビトは。」
「はあ。どうもすいません。」
悔しいけど、謝るしかない。
「だいたいさあ、力、分けすぎなんだよ。
あっちもこっちも自分でやろうとするから、大変なんじゃないか。」
「力、分けすぎって?」
「君の傍に、ずっといたろう?あの泥人形。
それから、処刑の日の結界の要の杖。
どっちも、始祖様の分身だよ。」
「ええっ?そうだったの?」
「なにをどうしても、君を護るのは、自分のお役目だ、ってね。
まったく、いちいち面倒臭くて、迷惑だった。」
「それはどうもすいません・・・」
あたしはもう一度、深々と頭を下げた。
「そんなに心配なら、君に本当のことを言えばいいのにさ。
君にだけは本当のことは言えないって。」
それに関しては、あたしにも責任があるから、何も言えない。
「いっつも無茶し過ぎるから、花守様に信用ないんだよ、あたし。」
「違うよ。信用、あり過ぎるんだ。
君ならきっと、我が身を顧みず、自分を助けに来るって。
ある意味、ものすごい自信だよね?」
まあ、そうとも言えます、かね?
「ああ、もう、思い出しても腹が立つ。
もう三発くらい、殴っておいたらよかったかな。」
「いやもう、それはそのくらいで・・・」
花守様って、造りも華奢だし、腕力もないからさ。
そんなに殴ったら、マジで怪我しちゃうよ。
「ふん。怪我したって、即座に癒せるじゃないか。
束縛術は、まったく効いてなかったんだから。」
「束縛術?」
「かけてあっただろうよ。
どうせ、やつらの定番だからさ。
いきなり名を尋ね、真名を以て封じる。
都の術師なら、みんな使う術さ。
だから、やつらも高を括って、始祖様を甘く見てたんだ。」
ああ、あれね?
前にヤタロも真っ黒い術師にやられかけたっけ。
そっか、花守様が術を封じられなかったのって、たまたま偶然だったんだ。
「それにしても、真名を名乗らなくて、つくづくよかった。」
「そのとき、こおろ、って名乗ったんだと思う。花守様。」
「あの大臣の配った触書にも、狐悪賂、って書いてあったっけ。」
「都に来てすぐに、そんな話しをしてたんだ。
そのときに、その名前も考えたんだよ。
すっごく適当につけた名前だったんだけどさ。
まったく、何が役に立つか、分からないもんだね。」
「けど、それがなかったら、事態はもっと厄介なことになってただろうからね。」
ヤタロは、うんうんと頷いた。
「しかし、効いてないってのがバレなかったってのもすごいよ。
敵は、始祖様の術は完全に封じているつもりだった。
だからこそ、目くらましも通じたんだろうし。」
怪我してるって思わせてた幻術だね?
「病にも一度罹ったんだろう?
そのときに治癒術を使わなかったから、余計にそう確信されたんだろうね。」
そのとき、花守様は、病にかかったからだを観察するために、わざと長引かせたんだよね。
そりゃ、普通なら、治せる病はとっとと治すもんだよねえ。
「普通は術も使えるなら、とっとと逃げ出すだろうに。
自分から留まって、敵の病を治そうだなんて。
つくづく、変わったおヒトだねえ?」
「あ。まあ、そこは、言いたいことは分かる。」
あたしもちょっと、流石に呆れたし。
「でも、それが、花守様なんだよ。」
「あれは、命がいくつあっても足りないね。
狐って、命、いくつあるの?」
「命は、ひとつだよ?」
「だったら、よほど気を付けておかないと。
ここまで長生きしたのが不思議なくらい、無茶なヒトだよ。」
・・・まったくです。
「まあ、君も、ヒトのことは言えないけどさあ。」
「あ。それはどうもすみません。」
師弟揃って、なんとも、謝ってばっかりだ。
ヤタロは、やれやれと肩を竦めた。
「いろいろ大変だったけどさ。
終わってみれば、都の病も落ち着いているし、海人族との戦も立ち消えになった。
まったく、転んでもただでは起きないっつーか。
雨降らせて、地面、踏み固めるっつーか。」
それを聞いて、思わず、雨を呼んで、足踏みをしている花守様を思い浮かべた。
「お天気を変える術は、結構、難しいんだけど。
花守様なら、やれるかなあ。」
「傘もないのに雨に降られるこっちは、いい迷惑なんだけど。」
「・・・それはどうもすいません。」
やっぱり、謝るしかないのか。
花守様の話してると、謝ってばっかりだ。
とりあえず、話しを変えよう。
「そうだ!ヤタロの考えてくれた貝盃。
あれは、よかった。
あれのおかげで、海人族のこと、みんな敵じゃないって思うようになったんだよね。」
「ああ、あれはね、頭領の策だよ。
この際だから、ついでにやっとくか、ってね。
ボクは言われるまま、準備をしただけ。」
ヤタロはあっさり首を振った。
「ここしばらく頭領とはいろいろ一緒にやってたんだけどさ。
あのヒト、頭んなか、どうなってんだろうね?」
あはははは。
まあ、あたしにも、あのヒトの頭のなかは、分からないけどね。
「だけど、つくづく、ボクには策略なんてのはむいてないって思った。
そういうのは頭領に任せて、ボクは言われた通りに動くだけだよ。」
「ヤタロって、もっと策略家かと思ってたけど。」
「昔はね?そういうのも目指したもんさ。
けど、君と会って思ったんだ。
真っ直ぐ生きるってのも、いいもんだな、って。」
まあ、そもそも、むいてなかったんだ、とヤタロは笑った。
「君とそっくりなあの奥方様なんだけどさ。
あの方も、たいがい、真っ直ぐなんだけど。
あの魑魅魍魎の御殿で、どっこい、うまいこと生き抜いてるよ。」
「そうだ。ヨトギちゃん、安産祈願って・・・?」
「ああ、そうなんだ。
この世には、奇跡なんてのもちゃんと起こるんだ、って、ボクも思った。」
そう言ったヤタロの目は、どこか優しかった。
けれど、すぐにその瞳を曇らせて、ヤタロはため息を吐いた。
「だけど、それがまた、大臣を焦らせることにもなったんだろうな。
奥方様がお世継ぎをお生みになったら、大臣の目論見もいろいろと外れることになるからね。
今のうちに、戦をして、権力や財力を集めておこうとしたんだろう。」
そっか。そうだったんだ。
「先代がね、何かあると、海人族を目の敵にしていたからね。
大臣にしてみれば、言いがかりをつける相手は誰でもよかったんだろうけど。
人々の記憶のなかでも、海人族を敵視する記憶は、まだあまり薄れてないだろうし。
まあ、ちょうどいいんだろうなあ・・・」
ちょうどいい?
その、ちょうどいい、っての。なんか、いつも変だと思う。
「だけど、今回のことで、都の民も、海人族と戦をしようとは思わなくなっただろうし。
大王様は、そもそも、戦には賛成していない。
大臣には、民を強制的に徴集する力はないからね。
大王様の協力を得られないってなると、戦をするには志願兵を集めるしかないんだけど。
志願する者は、とても少なくなっただろうな。」
「なら、もしかしたら、戦自体、なくなるかも?」
「だといいんだけどね。」
ヤタロは、にこっとして頷いた。
「ほんっと、狐さんってのは、食えないヤツ揃いだと思うんだけどさ。
流行り病も収めてしまうし、戦もいつの間にか回避させてるし。
つくづく、すごいよね。
二度と敵には回したくないよ。」
「ヤタロはもう、あたしたちとは友だちだもん。
敵になることなんか、ないよ。」
だといいんだけどね、とヤタロは小さなため息を吐いた。




