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花恋物語  作者: 村野夜市
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あの夜。

あたしたちが出た後、ひとりになった途端に、花守様は、攫われたらしい。


「当て身を食らわされまして。気が付いたときには、牢のなかでした。」


光の差さない暗い地下牢。

その冷たい床に、縄でぐるぐる巻きにされたまま、花守様は転がされていた。

壁には地下水がしみ出していて、床に横になると、じっとりと濡れてしまうような場所だった。


「昼夜問わず、いつも見張りが立っていて。

 いや、いつも真っ暗なので、昼か夜かも、分からなかったんですけどね。

 牢には灯りもなく、水や食事も与えてはもらえませんでした。」


それでも、花守様は暗闇でも目も見えるし、壁にしみ出す水を集めて飲んでいたらしい。

周囲の人間たちの話を注意深く聞いて、そこが大臣の私有地であることも分かったそうだ。


「ときどき、牢を出て、別の部屋に連れて行かれるんです。

 そうして、妖狐族のことをいろいろと尋ねられました。

 もっとも、わたしは、戦師のお役目については、ほとんど何も知りませんし。

 まあ、知っていたとしても、話すつもりもありませんけど。」


「やっぱり、拷問とか、されたんですか?」


「ええと、その部屋には、そういった道具?とかもいろいろと、置いてありまして・・・」


花守様は、困ったように目を逸らせた。


「ええと・・・その・・・

 拷問されたのか、という問いには、ええ、まあ、されたんですけれども。

 わたしのからだを傷つけられたのか、ということをご心配くださるのなら・・・

 いいえ、それはありませんでした、とお答えします。」


花守様は、もう一度こっちを見ると、にこっと微笑んだ。


「ええ、まあ、上手に、寸止めをね?

 相手の方への手応えは損ねないように、そこは慎重に。

 ついでに、わたしの姿のほうも、その都度、少しずつ、痛々しく・・・

 いや、もう、面倒になってきたので、途中からは、かなり派手に痛々しく。」


「それって、もしかして、幻術・・・?」


「ああ、まあ、そんな感じです。」


あの処刑場で見た花守様の姿。あれって幻術だったのか?


「でも、足、ふらついてませんでした?」


「ああ!あれは、お腹がすき過ぎて・・・

 それに、久しぶりに明るいところに出たものですから、目がくらんでしまって・・・」


転んだのはそのせいだったのか。


「術、使えなかったんじゃ・・・?」


「いいえ?使い放題ですよ?」


・・・。いや、治癒術は使う必要なかったのか・・・


「でも、強い結界があって、みんな中に入り込めなかった、って・・・」


「ああ!

 それは、わたしが張った結界です。

 みなさんがなかに入ってこられないように・・・」


「なんで?

 なんでそんなこと!」


思わず詰め寄ったら、花守様は、両手であたしを抑えるようにしながら、じりじりと後退った。


「いや、あの、見張りの方々がね?

 みなさん、酷い咳をなさっていて。

 それって、あの、流行り病だったものですから。

 ここにみなさんを来させてはいけない、と思いまして。」


「流行り病?」


「ええ、もう、かなり酷い状況で。

 部隊全体に蔓延しておりました。

 本当は見張りに立ってるなんて、かなりお辛い状況でしょうに。

 みなさん、命令だもんだから、仕方なく、立ってらっしゃったんですよ。」


いやいやいや。

けど、そこ、同情する気にはなれませんけどね。


「しかし、赤子ではありませんから、一気に癒すこともできませんし。

 あの地下牢だけでも、三百人はいらっしゃいましたから。

 ひとりひとり癒すにも到底、手が足りず・・・」


「いやもう、そんなの、放っておけばいいじゃないですか。」


投げ遣りに言ったら、花守様は目を丸くした。


「なんということを。

 たとえ敵とは言え、具合の悪い方を放っておけと教えた覚えはありませんよ?」


花守様は一瞬、導師の顔になって、めっ、とあたしを叱った。

いやあの。

無理やり攫われて、閉じ込められて、拷問までされて。

そんな相手、助ける必要、あります?


「体力のある兵士さんたちですから、まだなんとかもってる感じでしたけどね。

 高熱を出している方もちらほらいらっしゃいましたし。

 これは、放っておけば、命に関わる方もいらっしゃるかもしれない、と。」


花守様は治療師の顔になって、うんうん、と頷いた。


「とにかく、ここの病をなんとかせねば、と。

 そのためにも、まずは、兵士さんたちの状況を知らねばと思いましてね?

 気を失ったふりをして、意識を飛ばしつつ、いろいろと探って回ったんです。」


「そんなことができるくらいなら、どうして、連絡をしてくれなかったんです?」


あたしたちが、どんだけ心配したか。

そりゃあ、敵だって、命は大切かもしんないけどさ。

せめて、連絡くらい・・・


「・・・本当のこと、教えてほしかった・・・」


ぽろりと言葉と一緒に、涙も零れた。

花守様は慌てたように袖口であたしの頬を拭いながら言った。


「ごめんなさい。

 でも、もしわたしがあそこで連絡などしたら、あなたはまっしぐらに駆け付けるでしょう?

 あなたを、あの瘴気のなかには、どうしても、来させたくなかったんです。」


「・・・・・・」


あたしは黙るしかなかった。

助けに来るから、あたしには場所は教えるな、って言われた、って、ヤタロも、言ってたっけ。


「それでまあ、つらつらと聞いて回りましたところ、どうやら、どこか遠征先で病をもらったらしくて。

 それをいつの間にか、都の人々にまで拡げてしまったようなんですね。

 しかし、真っ先に病の拡がったあの部隊は、どこより酷い有様のようでした。」


「遠征先?

 じゃあ、海人族が都に病を拡げたって話しは?」


「まったくの濡れ衣でしょうね。

 いえ、もしかしたら、病の本当の原因を誤魔化すために、わざと噂を流したのかもしれません。」


「・・・やっぱり、そんなやつら、助けてやる必要、あるんでしょうか?」


憮然とするあたしを宥めるように花守様は優しく微笑む。


「兵士というものは、自分のやっていることの意味も知らぬまま、ただ命令に従わざるを得ない。

 そういうものなんですよ。」


だとしても、だったら、自分のやっていることの意味くらい、ちゃんと考えればいいと思う。


「兵であろうと、民であろうと、病に苦しむモノの辛さは等しく同じ。

 あちらは癒すのに、こちらは癒さない、ということはありません。」


花守様はきっぱりと言い切った。


「だけど、たとえ花守様が治療しようとしたところで、敵はおとなしく治療されないでしょうに。」


「そうなんですよ!

 そこが困ったことだったんです!」


うんうん、と身を乗り出す花守様に、あたしはちょっとげんなりした。

いやもうそれは、放っておきましょうよ・・・

そう言いたかったけど、また、めっ、って叱られるから、とりあえず、黙っておく。


「なんとかして、治療する方法はないものかと、考え続けて・・・」


考え続けちゃうんですよね、花守様は。


「いやいっそ、自分が罹ってしまえば、治療法も見つかるのではないか、と。」


はあ?!


「花守様は、狐や人間の罹る病には罹らないのでは?」


「それがね、罹らないわけではない、ということが、この度判明したんですよ。」


いや、なんでそこ、ちょっと嬉しそうなの?


「まあ、早い話が、罹ってしまったのですね、わたしもその病に。」


いやそこ、にこっとして言うことじゃないですよ。


「いやあ、しんどかったですよ。

 そういえば、仔狐のころには、何度も病に罹った記憶もあったんです。

 しかし、久しぶりに、病に罹るとはどういうことか、思い出しました。

 そうして、これは、なんとしても、みなさんをお助けせねば、と心を新たにいたしました。」


いやいやいや。

病気に罹ってしんどい思いしたから、なおさら、みんなのこと助けなきゃと思うとか・・・

どんだけオヒトヨシなんだ。


「とにかく、病のからだをじっくりと観察する機会を得られたのは、よかったのです。

 なにせ、遠慮会釈なく、やり放題ですから。

 こういうのを、怪我の功名、とか言うんでしょうか?」


いや。ちょっと違うんじゃないですか?


「せめて、とっとと治してください。」


治癒術を使えなかったわけじゃないなら、藤右衛門を治したときみたいに治せたはずだ。


「いえいえ。よくよく観察しなければ。

 これは千載一遇の好機なのですから。

 藤殿のように、わたしを信頼して治癒術を受けてくださるわけではありませんから。

 なんとか、遠隔で、治癒術を使わなければなりません。」


あたしが見た、暗闇で苦しむ花守様の夢。

あれはもしかしたら、本当の花守様の姿だったのかもしれない。


「熱のある頭でものを考えるのは、なかなかに難しいことでしたが。

 それでも、わたしはひとつの事実に辿り着きました。」


「ひとつの事実?」


「そう。

 病に侵されたからだのなかには、その病と戦おうとする力が生まれるのです。

 いわば、小さな戦師の部隊のような。

 彼らは、一進一退しながらも、病と戦い、やがて、駆逐するのですよ。」


素晴らしいですよね、と花守様は嬉しそうに頷いた。


「わたしのなかに生まれた戦師たちは、ことに、その力が強いようで。

 そのおかげで、わたしは今まであまり病に罹らずに済んだのかもしれません。

 それで、その戦師たちを、貸し出して差し上げられないかな、と思いまして。

 ほら、妖狐の戦師たちも、戦の援軍として、お手伝いに行ったりしているじゃないですか。」


「貸し出す、って・・・どうやって?」


「息吹に乗せて。こう、ふーっと。」


花守様はあたしの目の前で、ふーっと息を吹いた。


「試しに、拷問のときにやってみたら、これが、案外、うまくいきまして。」


「拷問してた相手を、癒してあげたんですか?」


「ああ!後半は、拷問もそう酷くはなかったんですよ?

 なにせ、わたしの姿も、たいがい、なことになってましたから。

 ああ、もちろん、幻術です!

 けどねえ、そうすると、なんでしょうね?

 そんな姿のわたしには、手加減してくれる兵士も、結構、多くて。

 ああ、みんな、人の子なんだなあ、と思った次第です。」


で、こっそり、病を癒してあげてた、と。


「少しずつ効果を確かめつつ、濃度をあげてみたり、息吹の量を変えてみたり。

 そうして、最適な方法を探りました。」


まったく、どこにいても、治療師なんですね、花守様。


「それに、この戦師がからだのなかにいると、病が憑りつこうとしても、入り込めない。

 そういうことも分かってきました。

 そのうちに、これは、都の人々にも同じことができるのではないか、と思い付きまして。

 しかし、そのためには、なるべく大勢の人間が、同じ場所に集まるときがいいですよね?

 そうしたら、それにうってつけの行事があるではありませんか!」


うってつけの行事、って・・・


「初めはね、わたしが流行り病の元凶だと言って、弥太郎殿に退治してもらう筋書だったんです。

 磔台って、高くて、見晴らしもいいじゃないですか。

 いっぺんに大勢に息吹を送るには、最適な場所だったのですよ。」


花守様は楽しそうに言った。


まあね。

どことなく妙だなあ、とは、あたしも思いましたけどね。


「ところがねえ、いざ本番というときに、飛び入り参加がありまして。」


「もしかして、奥方様ですか?」


「そうそう。

 きっと大王様も、いろいろと、心を痛めて、独自に手を打とうとしてくださってたのでしょうね。

 しかし、大臣殿の目もありますし、わたしたちと相談するというわけにもいきませんから。

 奥方様の鶴の一声で、処刑を中止してくださろうとなさったのではなかろうかと。

 けれど、それ、わたしたちの目的には、すこぅしばかり、不都合で・・・」


花守様は小さく苦笑した。


「わたしたちは、ついでに場の浄化も行うつもりだったんです。

 そのほうが、より、息吹の効果も高まりますし。

 諸悪の根源たる悪狐を、殺されたと思われた童子が現れ退治する。

 正義が悪を挫くと、ヒトはとても安心しますから。

 その安心のなか、祝ぎの詞を以て場を浄化し、そこへ息吹を送る。

 そういう手筈でした。」


とにかく、息吹をなるべく大勢に届けるために、花守様は、磔台に上る必要があった。

それに、これほど大勢の人間を集める機会などそうそうはない。

だから、あんな奇妙な展開になってしまったわけだ。


「しかし、もはや、奥方様の前で、悪狐の退治、はできません。

 そこで、やむを得ず、とっさに、弥太郎殿と役を交換することを思い付いたのです。」


あー・・・あれって、やっぱり、花守様の思い付きだったんだ。

すごいな、ヤタロ。

とっさにそれに合わせるなんて。


「いやいや。弥太郎殿が、臨機応変な方でよかった。」


うんうん。と花守様は嬉しそうだった。


「それに、あなたもちゃあんと、いいところを取ってくださいましたしね。

 これで、奥方様のお立場もよくおなりでしょう。」


・・・あれね?

思わず飛び出してしまったけど、後から、いろいろとまずったかな、とは思ったんですよ。


「奥方、というか、ヨトギちゃん、安産祈願に行ってたらしいんですけど。

 あの大暴れはやっぱ、まずかったですよね・・・」


「ええっ?ご懐妊だったんですか?

 それはそれは。

 帰る前に、祝福して差し上げましょう。」


・・・まあ、なんとか八方丸く収まった、というか、押し込んだことだし。

これはこれで、よしとするか。


「だってね、折角あなたと都に来たというのに。

 これじゃあ、美味しいものも、食べに行けないじゃないですか。」


三串目のお団子を頬張りながら、花守様はけろけろとそう言った。





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