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花恋物語  作者: 村野夜市
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花守様が攫われてから三日目の朝。

花守様についての情報はなにも入ってこない。

それでもあたしは、ただひたすら、せっせと薬を仕込み続けていた。

今、できることはこれしかない。

だけど、これはきっと役に立つ。そう信じて。


もうずっと外にも出ていないし、スギナも藤右衛門もここにはやってこない。

でも、みんな、きっと、全力で、花守様の救出のために動いてくれているはず。

郷の様子も、念話できないあたしに、知ることはできないけど。

花守様のことは、きっと報せを受けているはずだし。

これだけの花と水を毎日集め続けるのは、流石に大変だろう。

それでも、毎日たっぷり届けられる花と水は、頑張れと言ってくれているようだった。


こおろこおろと唱えても、もう涙は出なくなった。

それよりも、そう唱える声に、祈りを乗せるようになった。

花守様が無事でありますように。

花守様の作ったこの薬が、都の人々の命を救いますように。


自分のことを、負けず嫌いだと言っていた花守様を思い出す。

花守様に比べたら、あたしは、全然、負けず嫌いじゃないけど。

せめて、あの半分くらいは、負けず嫌いも見習おう。


導師は生涯、導いてくれる存在だって言うけど。

花守様は確かに、あたしの導師だ。

たとえ、離れていても、いつもあたしに、進むべき道を示してくれる。


花守様が、あんまり導師を引き受けたがらないのも、ちょっと分かる気もした。

こんな、責任重大なこと、そうそう簡単には引き受けられないよね。

一生、付きまとわれるようなもんだもの。

だけど、そんな花守様が、たったひとりだけ、引き受けてくれた見習い。

あたしって、なんて、幸運だったんだろう。


花守様に受けた恩の、千分の一でも、返せるように。

教わったことを、丁寧に丁寧に、繰り返す。

薬作りには、ほんの少しの間違いも許されない。

そういうのって、本来のあたしには、絶対、むいてないんだけど。

むいてなかろうが、なんだろうが、これだけは、他のヒトとは代われないんだし。

やらなきゃならないなら、やるしかない。

ひとつひとつ、確認を繰り返して、丁寧に丁寧に作っていく。


薬液は熟成の済んだ分から順に、泥人形たちが竹筒に詰めてくれる。

海人族は手持ちのを売り切ると、また次の分を取りにくる。


いったい、どのくらいの薬を作ったのか。もう分からない。

都の人々には、どの程度、薬が行き渡ったんだろう。

都の瘴気は、少しはましになったのかな。

そうしたら、すぐにも花守様を探しに行くのに。


その日の夕刻、戻ってきたヤタロは、待ちに待った花守様の消息を報せてくれた。


「始祖様との渡りがついた。

 というか、居場所は早くから分かっていたんだけどね。

 強力な結界と、鉄壁の見張りに囲まれて、中の様子を伺い知れなかったんだ。」


「結界と見張り?」


それは術を使うことも忍び込むことも難しい状況だったというわけだ。


「ようやく、そこに風穴を開けることができた。

 今日、薬売りが潜り込んで、始祖様と話してきた。

 とりあえず、お命に別条はないらしい。

 酷く疲れて、怪我もしているようだけど。

 自分のことより、君のことばかり、心配していたそうだよ。」


もう乾いたと思っていた涙が、ほろほろと零れてきた。

久しぶりにあたしはまた、泣き虫に戻った。


「・・・あたしより、自分のこと、心配してくださいよ・・・」


思わずそう呟いたあたしに、ヤタロは苦笑した。


「薬売りは始祖様を脱出させるつもりだったんだけど、それは断られたらしい。

 始祖様は、あと三日、このままこの獄にいる、とおっしゃったそうだ。

 詳しいことは聞けなかったそうだけど、始祖様には、なにか、お考えがあるようだ、とも。」


「あと三日そこにいたら、磔にされるんじゃ・・・?」


「そのことも、始祖様はご存知だったそうだ。

 だから、あと三日、と。

 なになに、いざとなったら、自力で逃げますよ~、とおっしゃったらしい。」


ヤタロの全然似ていない花守様の真似に、思わず、悲しいのを忘れて笑ってしまった。


「まったく、似てないよ、ヤタロ。」


「そうかな。

 やつよりは似てると思うんだけどな。」


・・・そっか。

それ、スギナも、ヤタロにやってみせたんだ。


けど、あたしには、その台詞だけで、そう言っている花守様の声も姿も想像できた。

かなりなまずい状況でも、けろっとして、にこにこしながら、大丈夫、と笑う。

そんな姿なら、もうずっとずっと、何度も見てきたから。


「とにかく、始祖様は、おとなしく磔にされるつもりはない。

 それは間違いない。

 妖狐族だって、ボクだって、もちろん、何をしてでも、始祖様を取り返す。

 だけど、その当日までは、手出しはするなときっぱりと言われた。」


花守様がそう言うなら、きっと、誰が説得しても無駄だろう。

それは、藤右衛門だって、スギナだって、分かっている。


「花守様は、どこに捕らえられているの?」


「それは、答えられない。

 始祖様も、君には絶対に言うな、とおっしゃったそうだ。」


「なんで?」


「絶対に助けに行く、だろ?」


う。

読まれている。


「君にだけは、絶対に言うな、って。

 何度も何度も念を押されたらしいからね。」


ヤタロは苦笑して首を振った。


「ボクも、それには同意見だ。

 都にはまだまだ瘴気も溢れている。

 それに、その獄は、薬売りでもようやく忍び込めるくらいの鉄壁の守りだ。

 君がほいほい行ったりしたら、間違いなく、飛んで火に入るなんとやら、だよ。

 それに、始祖様は、君に、薬を作ってほしい、とおっしゃっていたそうだよ?

 都の無辜の民を救えるのは、今は君だけなんだ、って。

 それは君にしかできないことだ。

 君が今一番やるべきなのは、無茶をして敵に捕まることじゃない。

 大勢のヒトを救うことだよ。」


耳の痛いことをおっしゃる。

まあ、言われると思ってたけど。


「海人族のほうもね、順調に、都に薬をひろめている。」


「都って人間がいっぱいいるよね?

 あとどのくらい作り続けたら、行き渡るのかな?」


「薬を行き渡らせる、には、まだ相当かかるだろうけど。

 秘薬の評判のほうはあっという間に広がって、もう都で知らない者はいないらしいよ?」


「そんなに?」


「ヒトの噂ってのは、千里を走るからねえ。」


「それ、悪い噂の場合だよ。」


ああ、そうだった、とヤタロは、悪びれもせずに笑った。


「だからね、いろいろ辛いだろうけど、今は、頑張っておくれ?

 なにはともあれ、命を救う。

 それは、君の大事なヒトの信条だろう?」


むぅ、とあたしは口を尖らせる。

分かってますよ、言われなくても。


「傍にいないからこそ、彼の心を護るのは君だ。

 それは、君にしかできない。

 それ以外のことは、ボクたちに任せておけばいい。

 大丈夫。

 あと少しの我慢だよ。」


ヤタロは、ゆっくりと、言い聞かせるように言った。

その言葉は、土にしみ込む水のように、ゆっくりとあたしの心にもしみ込んだ。


花守様の心を護る。

どんなときも諦めないで、ヒトの命を救うことだけ考える。

その教えを守る。

今は、それしか、できなくて、けどそれは、あたしにしか、できないことだ。


分かったと頷くあたしに、ヤタロは励ますように笑ってみせた。

 




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