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翌朝。
またたっぷり花と水が届いた。
ヤタロも大量の竹と共に現れる。
泥人形たちは竹を切って筒を作り、そこに仕上がった薬液を詰めていく。
その間に、あたしは、薬を仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んだ。
空になった甕はヤタロが送り返す。
すると、またそれは、花と水でいっぱいにされて戻ってくる。
あたしはそれを・・・
もうどのくらい、それを繰り返しただろう。
ずらっと並んだ竹筒は、とうに、千は越えている。
いや、もっといってるかな。
その日の夕刻、ヤタロは大勢の人間を連れてやってきた。
みんなちょっと変わった格好をした人間だった。
嗅いだことのない強い匂いが、衣にも髪にも染みついていた。
「海人族だよ。」
ヤタロは短くそう言った。
このヒトたちが?
じろじろ見るなんて失礼だとは思ったけど、あたしは、思わずじろじろと見詰めてしまった。
なかのひとりが、にかっと笑って、あたしの前に進み出た。
「あんたが、スギナのいいヒトかい?」
「は?
いや、いいヒトじゃないですけど。」
即座に否定したら、かっかっか、と大口を開けて笑い出した。
「照れ屋さんなんだってなあ。
スギナからよく聞いてるぜ!」
「い、いやいやいや。
それ、嘘八百ですから。」
思わずさらに強く否定していた。
その海人族は、ちょっと鼻白んだ顔をしてから、もう一度、かっかっかと笑いだした。
よく日焼けして真っ黒い顔に、真っ白い歯がよく映えた。
「そりゃあ、悪かったなあ。
スギナの野郎、今度、会ったら、とっちめとくから。」
「いや、とっちめるのは、ちょっと・・・」
俺の嫁発言は、まあ、スギナの挨拶みたいなもんだし。
どう言ったもんかちょっと困っていたら、そのヒトはまた、かっかっかと笑った。
「庇うってことは、ちょっとはスギナにも、脈はあるってことかい?」
「いや、脈はないんで。」
そこはきっぱり言っとかないと。
「じゃあ、とどめだけ、刺しておいてやろう。」
「あ。それはお願いします。」
思わず頭を下げたら、また大笑いされた。
海人族というヒトたちは、ちょっと見た目は怖いけど、カラッとして気のいいヒトたちみたいだ。
みんな腰に下げた網に、貝をいっぱいに詰めてあった。
「この薬を売ればいいのかい?」
挨拶の済んだ海人族は、ヤタロとなにやら話し始めた。
「ああ、そうだよ。」
「売る?売るの?」
あたしはびっくりして話に割り込んだ。
「でも、お金のない人間だって、たくさん・・・」
あたしは、あの赤子を連れた女を思い出していた。
「大丈夫だよ、嬢ちゃん。」
宥めるようにそう言ったのは、最初に話しかけてきたあの海人族だった。
「俺たちも、その辺は臨機応変にやるさ。
けど、どんなものも、タダはダメだ。」
「タダってのは、かえって信用されないんだ。」
ヤタロもそう言った。
「だけど、この薬は、大勢の人間の命を守るためのもんだ。
それはよくよく分かっている。
まあ、任せておいてくれ。」
海人族はそう言って、また、かっかっか、と笑った。
大量に並べてあった竹筒は、海人族たちが全部持って行ってしまった。
「明日からね、あれを都で売るんだ。」
海人族を見送って、ヤタロはあたしにそう言った。
「海人族のヒトたちに、手伝ってもらうの?」
確かに、妖狐の薬売りだけじゃ、到底、手が足りないかもしれない。
「まあ、いろいろちょうどよくてさ。
一度に大量の盃を用意するのに、焼き物なんかじゃ間に合わないからね。
貝盃を使おうと考えたんだけど。
どうせなら、薬売りも手伝ってもらおうと思ってさ。」
「貝盃?」
あたしは海人族たちが腰に下げていた網にいっぱい入っていた貝を思い出した。
なるほど。
盃一杯分の量を測るのに、あれを使うのか。
竹筒と一緒に、あれを渡すわけだ。
それは、ちょうどいいかもしれない。
「海人族ってのは、狐の秘薬のいいお客なんだってね?
狐さんに間に入ってもらえて助かったよ。」
「ああ。あのヒトは多分、スギナの友だちだ。
スギナがまだ戦師の見習いやってたときからの。」
狐の秘薬を病に使う。
そもそもそれを思い付いたのは、海人族の誤解からだ。
スギナが友だちになった海人族から聞いていた噂話がきっかけだった。
「秘薬の効能なら、俺たちは誰よりよく知ってる、って、大乗り気でさ。
都のやつらが困ってるなら、一肌脱いでやる、って、ふたつ返事だった。
戦をしていたのは、大王の兵士とだ。都の人間に恨みはねえ、ってね。
よしいっちょ、都のやつらにも、この薬の凄さを、せいぜい喧伝してやろう、だってさ。
ボクからすると、海人族ってのは、ちょっとばかり暑苦しいヒトたちにも思えるけど。
まあ、悪い人間じゃ、なさそうだね。」
「ヒトはいいと思うよ?
なにせ、スギナも、昔から、海人族とは大の仲良しだからね。」
海人族の戦場には、妖狐の戦師も大勢、行っていたはずだ。
もしかしたら、アザミさんも、行ったこと、あるかもしれない。
「妖狐とは旧い付き合いがあるって、藤右衛門も言ってた。」
「彼らは、ひとりひとりが、勇猛果敢な戦士なんだよ。
海人族ってのは、戦上手で有名だけど、それはあの気質もあるんだろうな。
けど、ボクにとっては、むしろ、彼らは戦い安い相手だった。
ときどき、想像を絶するほどに強いけど、なにせ、行動が分かりやすい。
むしろ、ボクにとって厄介だったのは、狐さんたちだった。
妖狐族の部隊には、ずいぶん、翻弄されたよ。
海人族の本隊より、よほど、厄介だった。」
そうだ。
このヤタロは、ついこの間の戦まで、敵だった相手なんだ。
それなのに今はこうやって手を結んでいる。
なんだか奇妙に感じた。
「・・・君と出会ってなければ、ボクも、今、こうしてなかっただろうな。」
ヤタロはぽつりとそう言った。
「悪いヒトだ。君はボクの運命を狂わせる。
だけど、望んで狂いたくなるくらい、君は魅力的だよ。」
はい?と振り返ると、ヤタロはにやっと笑った。
「っと、こういうのは、このくらいにしておかないと。
ボクも、ばっさりとどめを刺される羽目になるからね。
でもさ、君には素直に感謝してるんだ。
君は、ボクの長い間の苦しみを、終わらせてくれたヒトだから。」
それって、あの、長生族のことを言ってるのかな?
「あれ、いろいろやったのは、スギナだよ?」
「ああ、そうだった。
だからボクは、あいつにも、大きな借りがあるんだよな。」
ヤタロは盛大なため息を吐いた。
「まったく、狐さんたちといると、借りばっかり増えていく。
返しても返しても、返し足りないよ。」
「借りだなんて思わなくていいよ。
ヤタロは、あたしたちの友だちなんだから。」
「・・・友だちねえ・・・」
ヤタロはそう言ってから、またため息を吐いた。
「今は、有難うと言っておくよ。
君に出会えてよかった。
本当に、心の奥底から、そう思ってる。」
それ、確か、前にも言われたよなあ。
「ヤタロってさ。」
ん?とこっちを振り向いたのと目が合った。
「律儀だねえ。」
「・・・目と目を合わせて、言われた言葉が、律儀だねえ、か。
まあ、いいけど。」
ヤタロはもう一度、ため息を吐いた。




