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先生の家にいたころは、朝餉は、炊きたての穀物と味噌をといた汁と決まっていた。
それに、塩漬けにした野菜や醤油で煮た草のつくこともあった。
どんなものでも、出されたものは美味しくいただきなさい。
先生には、そう厳しく言われていた。
だから、食べ物に文句をつけたことはなかったんだけど。
朝も。昼も。晩も。ぽりぽりぽりぽり。ぽりぽりぽりぽり・・・
木の実だって、草の実だって、立派なご馳走だ。
お腹いっぱい食べられるんだから、文句言っちゃいけない。
でもさ。だけどさ。
ぽりぽりぽりぽり。ぽりぽりぽりぽり・・・
ふっくらと柔らかく煮えたものが食べたい。
あったかくてほっとするものが飲みたい。
「花守様。釜を買いに行きましょう!」
くるっと振り返って言ったそれは、お誘いではなく宣言だった。
あたし、釜を買いに行きますから。いいですよね?って確認だった。
花守様は、口のなかに何か入れたまま、ほ、ほい・・・と頷いた。
「じゃあ、まず、釜を買うための金子を稼がないと。」
一応、導師の許可も得た。
あたしは早速、計画にとりかかった。
「金子?なら、確か、どこかに置いてあったはず・・・」
花守様は何か思い出すように、きょろきょろと視線を動かした。
金子というのは人間の世界のものだ。
狐の郷で暮らすのに、あまり必要はない。
けど、妖狐は少なからず、人間とも関わって暮らしている。
人間たちの願いを叶えて、その謝礼として金子をもらうこともある。
その金子を使えば、人間の世界にあるものを、手に入れることもできる。
「自分のものでない金子を勝手に使うのは泥棒です。」
あたしは花守様を見下ろしてそう言った。
花守様は、そんなあたしをきょとん、と見上げた。
「って、先生に言われてます。
花守様の金子を使うわけにはいきません。」
「けれど、わたしには使う予定もないものですし・・・」
「そういう、なあなあ、はいけません。」
って、いっつも先生に言われてたんだけど。
ぴしっ、というと、花守様は、はあ・・・と納得したような、ため息のような返事をした。
「ああ、でも、釜なら、わたしも見たことがあります!」
なにやら思いついたように花守様はぽんと拳で掌を叩いた。
「ちょっと、待ってください?こんな感じかな?
出でよ、大釜!」
ぼん。
うわ。召喚術、初めて見たよ。
目の前に現れたのは、人間を茹でられそうなくらい大きな釜だった。
「このくらいの大きさなら、みなさんの分を炊けますかね?」
なんか、やりきった!みたいに、清々しい顔つきで、花守様は出てもいない額の汗を袖で拭う。
でも、あたしは冷淡に首を振った。
「だめです。妖術で出したのは。
調理の最中に、ぼんっ、って消えたりしたら大変ですから。」
「・・・そこまで不安定なことも、ないと、思いますけど・・・」
途端に花守様は、しょんぼりと、自信なさげになった。
あたしは頑なに首を振った。
「先生から、危ないからそれはやってはいけない、と言われてるんです。
あたし、二三日、人間の市に行ってきてもいいですか?」
「ええっ?三日も?
なら、わたしも一緒に・・・」
花守様は慌てたように言った。
「花守様は、ここから離れられないでしょう?」
「けど・・・」
情けない顔つきでこっちを見つめる花守様に、あたしは、にっこり頷いてみせた。
「大丈夫。市なら、前にも先生と行ったことあります。
ちゃーっと行って、ちゃーっと帰ってきますから。」
「なら、金子は持っていきなさい。」
花守様は、小さなため息を吐いてから、ちょっとオトナの顔になって言った。
「大きな釜を買えるだけの金子を、三日で稼げるとは思いません。
まだ見習いのあなたに、そんなに危険なお役目をさせるわけにもいきません。
それとも、なにか、あなたに、金策のあてでもあるのですか?」
そう言われると、困った。
あてなんか、もちろんない。
これから考えようと思ってたんだから。
「・・・あの。釜って、どのくらい金子がいるんでしょう?」
「さて。
けれど、見習いの仔狐に、三日で稼げる額ではないんじゃないでしょうか。」
う。それを言われると、辛い。
先生の家にいたころ、ちょっとしたお手伝いをして、金子をもらったことはある。
先生はときどき、人間のお祭りに連れて行ってくれることがあって、金子はそこで使った。
飴とか、団子とか、買って食べたのが、すっごく楽しかったんだ。
けど、釜を買うには、飴より団子よりずっとたくさんの金子がいるだろう。
そのくらいはあたしにも想像はついた。
花守様は、あたしの返事を待たずに、そそくさと立ち上がった。
「ついてきなさい。
金子ならいくらかはあるはずです。
一度も使ったことはないから、釜くらいは買えるでしょう。」
あたしは素直についていくことにした。




