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花恋物語  作者: 村野夜市
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先々代の大王は、たくさんの戦をして、たくさんの人々をその支配下に置いた。

そうして、征服した人々から、女王や姫を召し上げて妻にした。

いろんな一族の姫君の集められた後宮は、それはそれは、華やかだったそうだ。

けれど、後宮の現実は、そんなめくるめく夢の世界じゃなかった。

王の寵愛を巡り、また、それによって得られる権力を巡り。

様々な争いごとの渦巻く、混沌の世界でもあった。


ヤタロはその先々代のころから、大王に仕える術師をしていた。

並の人間とは桁違いの術力と、豊富な知識をもつヤタロは、一騎当千の有能な戦士だった。

仲間たちの眠る土地を護るため。

ヤタロはただひたすら、大王に言われるまま、術師として戦に出ていた。


先代の大王も、それを引き継ぐように、たくさんの戦をした。

先々代のときより、さらに遠く、もっと遠くの土地へと遠征し、大王の支配を拡げていった。


ただ、先代は、先々代のように、支配した人々から妻を召し上げたりはしなかった。

生涯、独り身を貫き、子はひとりもなかったらしい。

それゆえに、その死後、跡目争いが起こり、大王の血筋は一度、途絶えかけた。


その先代が、最後に戦をしたのは、海人の一族だった。

彼らは、とっくの昔、先々代のころに、一度、帰順を誓っていた。

海人族の作る塩や海産物も、定期的に都へと届けられていた。


けれど、先代は、なにかと難癖をつけては、海人族との戦の口実にした。

海人族は何度も何度も大王に攻められ、小さな小競り合いは絶えることがなかった。


一説には、戦上手な海人族を、先代は非常に恐れていたとも言う。

舟を使いこなし、大王の一族の持たぬ技術を多く持つ彼らを、大王は脅威に感じていた。

だから、隙あらば潰してしまおうと画策していたのだとも。


けれど、海人族はしぶとかった。

それには、助力し続けた妖狐の力もあったらしい。

そこで、邪魔な狐を潰せ、という命令を受けて、ヤタロは蠱毒を使ったんだ。


いろいろあっても、海人族はやはり、壊滅的な被害は受けずに、今も故郷の島で暮らしている。

本拠地が島なのが、なにより、彼らにとっては有利なんだ。

島を攻めるには、海の上からでなければならない。

海での戦となると、舟を操る能力に長けた海人族に、陸の一族はどうしても不利だ。

島に逃げ込み、籠城する海人族を、陸の民が海の上からの攻撃で下すことはとても難しい。

それが結局、先代が、彼らを攻め滅ぼせなかった大きな理由だった。

そのうちに、先代が崩御し、余所から迎えられた今の大王は、海人族との休戦協定を結んだ。


今の大王は、先代や先々代のように戦をすることを好まない。


けれど、それは、大王に仕える多くの重鎮にとっては、物足りないのかもしれない。

ことに、先代が最後に戦った海人族に対しては、多くの者が、恨みや憎しみを抱いたままだ。


その恨みと憎しみを束ねて、大臣はまた、戦を引き起こそうとしていた。

まつろわぬものらに、正義の鉄槌を。

その旗印の許に、また大勢の者が集まりつつある。


しかし、大王と海人族との戦となれば、妖狐にとっても、知らん顔はできない事態だった。

海人族とは旧知の仲だ。

救援の要請があれば、駆け付けないわけにはいかない。


けれど、つい最近、妖狐は大王と和平を結んだ。

今更表立って大王と敵対はしたくない。


もしかしたら、大臣にとっては、それが好機に思えたのかもしれない。

今なら、海人族に狐は助力しない。

攻め落とすなら、今だ、と。


ヤタロが持ってきたのは、その報せだった。


「それで、妖狐はどうするつもりなの?」


あたしの問いに、藤右衛門は思い切り渋い顔をして、むむぅ、と唸った。


「お前がヒトジチにまでなって、ようやく結んだ和平だ。

 それを無下にはしたくない。

 けど、海人族との繋がりもまた、簡単に裏切れるようなものじゃない。」


「戦を止める、ってわけにはいかないの?

 戦をしたいのは大臣で、大王は望んではいないんでしょう?」


あの大王なら、ちゃんと話せば、話を分かってくれると思う。

けどそれには、ヤタロが首を振った。


「大王様も、なんとかして戦を阻止しようとなされたんだ。

 けど、大臣の策はもう動き出していて、ボクらにはどうしようもない。

 大勢の人間の思惑が絡まりすぎていて、どうすることもできない。」


つまり、近いうちに、戦は始まってしまう、ということらしかった。


「とりあえず、俺が行って、情報を集めてきます。」


そう言ったスギナに、藤右衛門は、すまないねえ、と頷いた。


「お前さんなら、海人族に知り合いも多いだろうし。

 彼らの正直な本音も聞き出せるだろう。

 多少の不利な条件を飲んでも、海人族が和平を望むというなら。

 アタシが仲に立って、大王との交渉は引き受けよう。」


もちろん、大王は戦なんかしたくないんだから、交渉する相手は大臣なんだろうけど。


「狐が間に立って、大丈夫なの?」


「それはさ。ほら。アタシだって、一応、妖狐の戦師の頭領だからね。」


藤右衛門は不敵な笑みを浮かべてみせた。


「今のうちに、使えそうな手札を確認しておかなくちゃ。

 弥太郎、あんたはせいぜい、大王を懐柔しておいてちょうだい。

 いざとなったら、王様の一声はそれなりに効力もあるだろうし。」


「すまない。

 結局は、こちらのごたごたを抑えきれずに、皆さんに迷惑をかけるようなことになってしまって。」


ヤタロは深々と頭を下げた。

それに、藤右衛門は、やだねえ、と手を振った。


「まだ戦が始まる前に教えてもらえてよかったよ。

 大王と直接話せるあんたみたいな味方もいるしね。

 蠱毒に苦しめられて撤退するしかなかった前の戦のことを思やあ。

 今の方がよっぽど希望もあるってもんだ。」


「う。

 蠱毒についても、その節はいろいろとご迷惑を・・・」


ヤタロはますます小さくなった。

藤右衛門は慌てて、さっきよりもっと、パタパタと手を振った。


「ああ、それだってさ、あんたの事情も、もう分かったし。

 蠱毒自体は、花守様のお力で、解決できたしね。

 ムイムイなんていい虫も生まれたんだしさ。」


「本当に、禍でしかないモノを、あんなモノに変えてしまうなんて。

 そこだけは、あなたのこと、ボクは心から尊敬します。」


ヤタロは真面目な顔をして、じっと花守様を見詰めた。


「そこだけは?」


すかさず花守様は聞き返す。


「まあ、それ以外は、譲れない部分もありますから。」


ヤタロは渋い顔をして、ふむ、とひとつ頷いた。


「そっちはとりあえず、休戦協定といきましょうや。

 内輪もめしてる場合じゃないしね。

 けど、ここでいっちょ活躍すりゃあ。

 こいつの気持ちだって、こっちむくかもしれねえ。」


スギナがにやりと笑って、親指であたしを指さす。

むん、と花守様とヤタロは強く頷いた。


「抜け駆けはいたしません。

 けど、わたしはわたしのやり方で、愛しいヒトの心を射止めてみせます。」

「ずるも一手ではあると思うけど。

 それを認めりゃ、このボク自身が一番不利になるわけだから。

 今は、君たちの正々堂々の精神に、素直に感謝しておくよ。」


花守様とスギナとヤタロ。

三つ巴のように、三ニンは顔を見合わせて、にやりと笑いあった。









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