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花恋物語  作者: 村野夜市
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夕刻。

戸を叩く音に、出てみると、スギナだった。


「藤右衛門様が、おふたりに来ていただきたいとおっしゃるんだ。」


わざわざ迎えに来たらしい。


「それはそれは、念話してくださればよかったのに。」


あたしの後ろから顔を出した花守様が、そう言った。


「いえ。転移されると、出現場所に瘴気があってはいけないので。

 足で歩いて来ていただきたい、そうです。

 それで、俺にご案内するように、と。」


「分かりました。

 父君としては、楓さんのご安全をなにより第一にお考えになったのでしょう。」


花守様は素直に頷くと、スギナさん、有難うございます、と丁寧にお礼を言った。

スギナはいいえと首を振ってから、木の札のついた大きな鍵を取り出した。


「藤右衛門様のお作りになった狐道を、お使いいただきたい、と。

 それで、狐道の鍵を持ってまいりました。」


「まあ、狐道を?

 それは、至れり尽くせりですね。」


狐道というのは、ある場所から別の場所に移動するための道だ。

それがあれば、現実世界の制約をあまり受けずに移動できる。

たとえば、毒霧の充満するなかだったり、煮えたぎる溶岩のなかだったり。

そういうところでも、狐道さえあれば、毒や熱を受けずに通れるんだ。


毎日同じ場所に行く必要があるときなんかに、この道を作っておくヒトが多い。

施療院だと、蕗さんが、自宅と施療院との間に、狐道を作っている。

ただ、作るのも、維持するのも、それなりに、妖力と技術がいる。

誰でもほいほいできるものでもない。


狐道は、現実世界の制約を小さくするものだから、遠い距離を縮めることもできる。

転移ほど一瞬ではないけど、飛行術を使う程度の時間で移動が可能だ。

もちろん、雨が降っても傘もいらないし、夏の暑さも冬の寒さも関係ない。

だから、毎日行くところにはとても便利だ。


普通、狐道は、作った本ニンしか使えない。

けど、ときたま、自分の狐道に他ニンを招くヒトもいる。

あたしも、蕗さんに連れられて、道を通らせてもらったことはあるけど。

鍵なんてものを見たのは初めてだ。

多分、これがあれば、本ニンと一緒でなくても、道を通れるということなんだろうけど。

流石藤右衛門は、あたしの知らない術をたくさん知っている。


「それでは、有難く、道を使わせていただきましょうか?」


花守様はそう言ってあたしを見た。


「あ。はい。」


昔だったら、藤右衛門の用意した術とか、なんか裏があるんじゃないかと疑ってたけど。

最近は、そういうこともなくなった。

あたしたちはスギナに案内されるままに、狐道に入った。


狐道のなかでは、現実世界は、灯篭に映る影のように見える。

青く透き通った筒のような道の外には、華やかな花街の様子が映し出されていた。


「藤右衛門はどこにいるの?」


先頭に立って道を案内するスギナに、あたしは尋ねた。

スギナは、振り返ると、こともなげに、見世だよ、と答えた。


「見世?」


「青紅葉太夫のお座敷だよ。」


「花街でお座敷遊びをしているってこと?

 そんなとこ、あたし、行きたくないなあ。」


顔をしかめたら、スギナは、ははっ、と笑った。


「これも藤右衛門様のお役目のうちだ。

 まあまあ、いいから、ついて来な。」


まあさ。もう狐道、入っちゃったからさ。

これって、入るときにも招いてもらわないと入れないし、出るときにも送ってもらわないと出られない。


「この狐道って、まさか、藤右衛門の罠?」


思わずそう言ったら、スギナはあははと豪快に笑った。


「お前、いい加減、父君をもうちょっと信用したらどうだ?

 藤右衛門様はお前の安全のために、わざわざ俺に鍵を渡して、迎えに行かせたんだぞ?」


「う、ん・・・いや、まあ、それは・・・有難う。」


スギナはちょっとため息を吐くと、いきなり上からぐりぐりとあたしの頭を撫でまわした。


「折角だから、お前に都の料理を振るまってやろうってお思いなんだ。

 けど、今回は、ご自身ではお作りになることはできなかったから。

 だから、座敷に連れて来い、って。」


「・・・そっか。そんな気、遣わなくてもいいのに。」


「祭りのときも、お前はろくろく食ってなかったしな。

 都はとにかく、食い物は美味い。

 郷にないものもいっぱいある。

 まあ、せめてもの、父君のもてなしだ。

 有難く、受け取っとけ。」


都風のご飯なら、大王の館にいたときに、実はさんざん食べた。

まあ、そこそこ美味しいとは思うけど。

あたしは郷の施療院のご飯のほうが好きだと思う。

珍しい食材とかはないけど、なんか、ほっとする味なんだよね。


けど、せっかくの心づくしだって言うし。

余計なことは言わないでおこう。


さっきから黙って、物珍し気に花街の様子を見まわしていた花守様が、急に言い出した。


「ここの女人は、ことのほか美しい装いをなさっていますね。

 楓さんも、あのような格好はなさらないのですか?

 なんなら、衣と飾り物、一式調達して・・・」


またきたか、とあたしはげんなりする。


「動きにくいし。似合いませんから。

 ああいうのは、やっぱ、藤右衛門くらい・・・ああっ!」


突然叫び声をあげたあたしに、花守様はびっくりして、どうしたんです?と尋ねた。


「青紅葉って、確か、藤右衛門の!」


源氏名、って言うんだっけ。

あたしはあのお祭りの夜、舟の中で会った太夫を思い出した。


スギナはにやっと笑ってあたしを見た。


「なんだ。やっと分かったか。

 ちなみに、俺は、ここでは、ツクシだ。そう呼べよ?」


「ツクシ?

 まさかあんたも、あんな格好して?」


あたしは化粧をして綺麗な衣に身を包んだスギナを想像しようとした。

しかし、どう頑張っても、想像できない。

あたしのその顔に、スギナは、あーとちょっと苦笑した。


「まさか。いくら化けたって、流石に俺に太夫は無理だ。

 俺は下働きの男衆だ。

 ちなみに、アザミのおっちゃんもいる。

 おっちゃんの名は、トゲクサ。

 ちゃんとそう呼べよな。」


「へえ、みなさん、別名がおありなんですか?

 花街の習いというのは、面白いですね。

 それならば、わたしたちも、別名を考えておきませんか?」


横から口を出した花守様が、また素っ頓狂なことを言い出した。


「楓さんは・・・そうですねえ・・・

 花のように可憐で、風のように爽やかで、大地のように温かく、炎のように強い姫。

 というのは、如何でしょう?」


「え?それ、名前だったんですか?」


長すぎでしょ。


「ああ・・・じゃあ、あたしは、フウフウ、で。」


付き合うしかなさそうになったから、仕方なくそう言う。

けど、そう名付けたヒトのことをちらっとだけ思い出して、胸がちくっとした。

そういやあいつ、最後の最後に真名を告げていったっけ。

もちろん、その真名を呼ぶことはないだろうけど。


「まあ!フウフウ?それはなんとお可愛らしい。

 楓楓、というわけですね?

 柔らかな響きも、楓さんにぴったりです。

 じゃあ、わたしもお揃いにしますね。

 ええっと、カカ?シュシュ?カシュカシュ?」


いやなんか、その名前も、可愛いですけど。


「コオロ、というのは如何ですか?」


あたしは花守様の薬作りの歌を思い出して思わず言った。

こおろこおろ、あの音の響きは、薬を作るたびに、心地いいと思う。

なんだか花守様が名乗るなら、その名前がいい気がした。


「コオロ?流石楓さん。素敵なお名前です。」


花守様は、コオロ、コオロ、と嬉しそうに繰り返した。


「花街にはいろんな客がありますからね。

 真名は使わないようにしているんですよ。

 まあ、藤右衛門様のお座敷にいるだけなら、滅多なことはないとは思いますけど。

 もし、座敷の外で名を呼ぶことがあれば、その名を使うようにしてください。」


スギナは忠告するようにそう言った。






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