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花恋物語  作者: 村野夜市
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寝具を用意してからだを横たえると、藤右衛門はうっすらと目を開いた。


「こんなにお早いお着きとは・・・

 アタシは、さっき戻ったばかりで。

 醜態をさらしてしまい、申し訳ありません。」


「ずっとお仕事だったんですね?

 そのようなおからだで、ご無理をなさったのでしょう。」


こちらこそ、早朝から押しかけて申し訳ありません、と花守様は頭を下げた。

いいえ、と首を振ってから、藤右衛門は、ちょっと残念そうにため息を吐いた。


「治癒術も多少は心得ていたのですが。

 まさか、このアタシに憑りつく風邪があったとは。」


「少し厄介な病のようですね。

 ひとつ潰しても、いくつもいくつも湧いてくる。

 丁寧に潰しましたが、もしかしたらまだ残っているかもしれません。

 まだまだ油断は禁物です。

 お薬を差し上げますから、しばらくの間は飲み続けてください。」


花守様は治療師の顔になって言った。

その花守様に、藤右衛門は丁寧に頭を下げた。


「・・・すみません、花守様・・・

 助かりました。」


「お役に立ててよかったですよ、藤殿。

 しかし、風邪だからといって、甘くみてはいけませんよ?」


めっ、と子どもを叱るように見る花守様に、藤右衛門は、はは、と苦笑いした。

それから、こっちを見て、ちょっと微笑んだ。


「お前も、驚かして悪かったね。」


「ううん。

 けど、花守様がいてくれて、本当によかったよ。」


あたしは藤右衛門の伸ばしてきた手をぎゅっと握った。

藤右衛門の手は、ちょっとひんやりして、嫌になるくらい綺麗な白い手だった。


「久しぶりだね。

 元気だったかい?」


藤右衛門はあたしを見上げて笑う。

到底自分と血がつながっているとは思えないくらい綺麗な笑顔だ。


そんな笑顔をむけられると、なんだかいきなり、胸がいっぱいになる。

あたしは頷くだけで精一杯だった。


風邪のせいかちょっと弱っている藤右衛門は、なんだかいつもの藤右衛門らしくない。

弱気になってる、って、スギナが言ってたけど、このことかと思った。


「それにしても。

 娘に手を握られるってのも、いいもんだね。

 風邪引いて、よかったよ。」


いつもの減らず口をきけるくらい、気分もよくなったらしい藤右衛門は、そう言って笑った。


「ずるいですよ、藤殿。

 楓さん、わたしの手も握ってください。」


むぅ、と口を尖らせて、花守様が反対側からこっちに手を伸ばしてきた。

あたしはちょっと困ってから、片方の手で藤右衛門、もう片方の手で花守様の手を握った。


「え?ちょっ、花守様?

 親の目の前で、娘に手を出すとは、いい度胸をお持ちで?」


藤右衛門がじろっと花守様を睨む。


「うちの娘に手を出すには、あと百年、早いのでは?」


それに花守様はしれっと返した。


「百年?おやすい御用です。

 そのくらいなら待ちますとも。

 百年なんて、短い短い。

 わたしがいったい何年、待っていたか、ご存知です?」


さて。

花守様の本当の年は、郷の誰も知らない。

花守様は、じっ、と藤右衛門の目を見据えると、にこっとして言った。


「百年後には、正式に認めてくださいね、藤殿。

 いいえ、お義父上。」


「は?お義父上?」


藤右衛門は苦虫を噛み潰したような顔になった。


その後、少し眠った藤右衛門は、次に目を覚ますころには、すっかり具合はよくなっていた。

あたしは厨を勝手に使って、お粥を炊いておいた。


「木の実が入ってない。」


藤右衛門は、お粥を一口食べるなり、文句を言った。


「そりゃ、水に浸す時間もなかったから。」


「奥の棚に木の実の買い置きがあるから。

 明日の朝用に、今のうちから浸しておいておくれ。」


明日の朝もご飯作れって言ってるんだな、これは。


「花守様、しばらく都に滞在なさるんでしょう?

 楓は二階に寝かせますから、花守様は、ここを使ってください。」


藤右衛門は自分の寝ている寝具を指さした。


「ああ、わたしは、楓さんと同じ部屋でいいですよ?」


けろっとして花守様はそんなこと言ったけど。

いいわけないでしょ、と藤右衛門に睨まれて、おとなしく口を噤んだ。


お粥を綺麗に平らげた藤右衛門は、さてと、といきなり立ち上がった。


「え?どこ行くの?」


「仕事だよ。」


「病み上がりなのに?」


「大丈夫だよ。花守様にちゃんと治していただいたからね。」


「だからって、今日くらいは休んでいたら?」


「休めないんだ。」


藤右衛門はそれだけ言って、ゆっくりと二階へと上がって行った。

しばらくして着替えてきた藤右衛門に、花守様は薬の入った小さな壺を渡した。


「もし、息が苦しくなるようなことがあったら、この薬を一粒、水で飲み下してください。

 けど、これほどに都中に瘴気が充満していては、逃げるところもありません。

 薬もどれだけあてになるか・・・」


「大丈夫ですよ?

 楓とは違って、あたしには瘴気は見えてます。

 この間はちょっとヘマしちまったけど、今度はちゃんと避けてみせますよ。」


藤右衛門はそう言って、あたしをちらっと見た。


「けど、この娘は、瘴気は多分、見えてないでしょうから。

 すみませんけど、護ってやってください。」


「承知しました!」


嬉しそうに胸を叩く花守様に、藤右衛門は、けっ、と小さく言ってから、ひとり出かけて行った。








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