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花恋物語  作者: 村野夜市
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患者さんたちを巡回している間にも、花守様には、急患の呼び出しが入る。

すると花守様はすぐにすっ飛んでいく。

治癒の施術は、天幕のなかでやる。

いろいろと、道具とか、薬とか、天幕のなかに揃えてあるからだ。

あたしは、この間のでちょっと懲りたから、天幕には入らない。

施術の間は、天幕の外でじっと待っている。


ここに運ばれてくるほどの酷い怪我の治療は、花守様にしかできないらしい。

治療師さんたちは何人もいるけど、みんな、施術の済んだ患者さんのお世話が主な仕事だ。

幻術をかけて眠らせておいたり、傷口にこまめに何度も治癒術を施す。

療養中の患者さんたちには、そういう治療も欠かせない。


昔は、それも全部、花守様ひとりでしていたらしい。

けど、手が回らなくて、倒れそうにふらふらになって、それでもにこにこ頑張ってたんだけど。

流石に見かねたヒトたちが手伝うようになって、それで少しずつ、今みたいな感じになった。


柊さんは、そんな花守様を手伝うようになった、最初の狐だそうだ。

あんな、すっごく厳しくて、冷たい感じのするヒトだけど。

花守様のことを心配して、休むように言ったり、仕事を代わったりしたんだって。

なんか、ちょっと意外だって、思ってしまった。


蕗さんは、柊さんにちょっと遅れて手伝うようになった二番目の狐だ。

蕗さんは、穏やかで優しくて、ちょっと雰囲気が花守様に似ている。

あたしも、蕗さんのことは、怖いと思ったことはない。


柊さんも蕗さんも、ここにくる前から、幻術がすっごく得意だったらしい。

その能力を活かして、療養中の患者さんの苦痛を和らげるのを手伝うようになった。

花守様も、それにはすっごく助かったんだって。


それでも、最初の施術は花守様にしかできない。

何人か、術を習おうとしたらしいけど、どれほどに優秀な妖狐でも、その術は会得できなかった。

柊さんや蕗さんですら、だめだった。

花守様も、初めのうちは、術を他の狐にも教えようとしたらしいけど。

なかなかうまくいかないし、それに、一刻を争う患者を前に、そうゆっくり伝授もしてられなくて。

結局、諦めてしまったらしい。


花守様の治癒術は、毒にやられた目ですら再生させるほどすごい術だ。

けど、それには体力も妖力も、かなり必要らしい。

柊さんも蕗さんも、施術中に気を失って倒れたっていうから、よっぽどだ。

普段は全然まったく、これっぽっちも、そんなふうには見えないんだけど。

やっぱり、花守様って、凄い狐なんだ。


毎日、花守様にくっついて患者さんたちを巡回していると、少しずつここのヒトたちとも親しくなった。

ときどき、こっちから話しかけても、まったく答えてくれないヒトもいたけど。

妖狐族というのは、わりと気さくな性質だから。

患者さんにも、治療師さんにも、話し相手になってくれるヒトは、それなりに多くいた。


そのヒトたちから、ここのこと、いろいろと教えてもらえた。

最初の施療院は、森のあの掘っ立て小屋だったってことも。

あんな狭いところに、患者さん何人も寝かせてたのか、ってちょっとびっくりしたけど。

違うよね。

あの掘っ立て小屋は、ここの天幕みたいなもので。

そのころは、療養は、それぞれの患者さんの巣穴でしていた。

けど、それを巡回するってのも大変だし。

少しずつ、ここの洞窟に施療院を拡げたんだって。

ここの灯りとか、ときどき吹く風とかも、花守様の力らしい。

本当に、花守様の妖力って、底なしなのかも。


花守様の秘薬は、あの山吹の花を元にして作る。

その術も、花守様にしかできないんだって。

花守様がいなければ、この施療院は成り立たない。

本当に、そうなんだと思う。

だけど、そうだから、花守様は、どんなときにも、ここから遠くに離れられない。

それはちょっと、窮屈なんじゃないかな、とも思う。


それにしても、みんなと話していて思うのは、みんなつくづく花守様が大好きなんだなってこと。

花守様のこと嫌いと思うようなヒトは、この世には存在しないに違いない。

あの柊さんだって、花守様のこと嫌っているわけじゃない。

花守様のこと手伝いたいって素直に思えるのは、花守様がそういうヒトだからなんだろうな。

ジントク、とか言うんだっけ。


お世話係、という名の見習いとして、花守様のところに来たけど。

今のところ、お世話、も、見習い、も特になにもしていない。

ただ、毎日くっついて回っているだけ。

なのに、花守様は、来てくれて嬉しい、あなたのお陰ですごく体調もいい、って言ってくれる。

蕗さんは、前に比べて早く寝るようになった、食事も抜かなくなった、って言ってたけど。

そんなの、お世話、に入らないよね・・・


毎朝、夜明け前に花守様は迎えに来る。

そうして、地上に出て一緒に日の出を見る。

雨の日も、お日様は見えないけど、外に行って、雨を見る。

それから戻って、朝餉を食べて、あとは、いつもの繰り返し。

そんな日々が、いくつか過ぎたころ。


ぽりぽりと木椀のなかの朝餉を食べていて。

ふいに、あたしは叫びたくなった。


「美味しい朝ごはんが食べたいっ!!!」


いや、思わず立ち上がって叫んでいた。


周りにいたヒトたちが、みんなびっくりしてこっちを見ているけど。

隣にいた花守様なんて、大事な巾着を思わず取り落としてしまったけど。


あたしは、拳を突き上げて、もう一度叫んだ。


「美味しい朝ごはんが食べた~い!!!!!」


何故か、周囲から、一斉に拍手が沸き起こった。



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