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花守様の都行は、施療院のみんなには意外とあっさり受け容れられた。
「施療院には何も問題ありませんから、どうぞ、ゆっくりしてらしてください。」
柊さんがにっこり笑ってそう言ったのにはびっくりしたけど。
「楓と都見物もよいのではありませんか?
藤右衛門殿にもお会いになるなら、いろいろとちょうどいい。」
蕗さんにはそんなことを言われた。
ちょうどいい、ってどういうこと?
「遊びに行くんじゃありませんよ?
それに、都は今、流行り病で大変だそうですから。
見物なんて、していられるかどうか・・・」
「確かに、そうでしたね。
それでは、おふたりでしっかりお役目を果たしてきてください。」
藤右衛門の風邪に関しては、花守様についてきてもらえると、確かにすごく助かる。
花守様が行くと言ってくれてよかった、とちょっと思った。
みんなにあたたかく見送られて、あたしたちは、都へと出発した。
っても、花守様の転移術で、一瞬だ。
花守様はあたしとふたり分の場を作ると、その場ごと、一気に転移した。
なんなら、スギナの術より鮮やかだった。
「・・・花守様、こんなことできるのに、お世話係とか、まだ要ります?」
思わず、そう聞いてしまった。
もちろん、必要だ、と延々、力説されたけど。
都の門の内側、藤右衛門の家の玄関に、花守様はきっちり、転移してみせた。
なかなかすごい。
都は大きな結界のなかに護られているって、聞いたことあったけど。
花守様には、そんな結界もなんのそのだ。
けど、藤右衛門の家には誰もいなかった。
風邪ひいて、寝込んでるんじゃなかったっけ?
まあ、どうせそんなことだろうと思いましたけどね。
「ここでじっとしていても仕方ないし、都の様子でも見に行きますか?」
あたしがそう言うと、花守様は、うんうんうん、と何度も頷いた。
「・・・あの、遊びに行くんじゃ、ありませんよ?」
「もちろんです!」
って、その笑顔。
本当に分かってます?
藤右衛門の家から近い大路に、あたしは花守様と行ってみることにした。
家から出て少し歩いたところで、花守様はあたしににこにこと尋ねた。
「もしかして、今日はお祭りなんですか?」
「は?
・・・いや、そんなことは、ないと思いますけど・・・」
「へえ。お祭りでもないのに、こんなにヒトが多いのですか。
なんとなんと。
都とはすごいところですねえ。」
きょろきょろと辺りを見回す。
「みなさん、余所行きの衣を纏って、なんと華やかなこと。
ほら、ほら。」
いや、だから、ヒトを指さしちゃ、ダメですよ?
「衣を売っているお店もたくさんあるのですね。
あっちにも、ほら、あっちにも。」
あんたは子どもか!
「そんなにきょろきょろしてたら危ないですよ。
ちゃんと前見て、歩いてください。」
なんだかいつもと立場が逆になったようだ。
花守様は、渋々ついて行くあたしを振り返って、ぱあっと微笑んだ。
「楓さんも、一着、如何ですか?
都風の衣を誂えてみられては?」
「いや、高いですし、いいです。」
「金子のことなら、ご心配いりませんよ?
なんなら、すぐに取りに戻りましょう。」
本当に転移しそうな花守様を、あたしは慌てて引き留めた。
「そんなほいほい転移できるくらい元気なのに、本当にお世話係、要ります?」
「え?それは、要ります。要りますとも。」
要ります、要ります、と連呼しながら、花守様は一軒の店を指さした。
「あれ!あれなんか如何です?
あなたによく似合いそうです。」
いやだから、要りません、って言ってるでしょ?
「あんなの、動きにくいし、手入れも大変だし、いらないです。」
「・・・そうですか・・・?」
なんでそんなに残念そうなんですか。
「それに、前に大王のところにいたころ、ああいうのはさんざん着せられましたし。
なんか、もう、いらないかな。」
「はぁ・・・ふむ・・・なるほど。」
いまいち、納得していない。
「そんなにほしいなら、花守様、ご自身が着られては如何です?」
「わたし?いえいえ、わたしは、そんな、とんでもない。
第一、似合いませんよ。」
そうかな。
案外似合いそうだけど。
「まあ、そうですよね。
あなたは何を着ておられても、可愛らしいのだから。
無理強いしてはいけませんね。」
花守様はけろっと顔を上げて、そう言うと、いきなり駆けだした。
「あ、ちょっ!
転びますよ?
花守様!」
あたしは慌てて追いかける。
「大丈夫、大丈夫。」
大丈夫を連呼しながら駆けて行く。
「都の道は広いですねえ。あはははは。」
何がおかしいのか笑いながら。
ああ見えて、足、速いんだよね。
あたしも足には自信あるんだけど。
いっつも、花守様には敵わない。
けど、楽しそうに駆けて行く花守様を追いかけていると、なんだかとっても幸せだった。
「あ。お団子だ。」
せっかくしんみりしたところで、いきなり花守様は立ち止まった。
道端に、団子売りの露店があった。
「お団子も、ダメですか?」
上目遣いでお伺いを立てるようにあたしを見る。
あたしは苦笑して、懐から巾着を取り出した。
串に刺したお団子を頬張りながら、ほくほく歩く花守様は、本当に楽しそうだった。




