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花恋物語  作者: 村野夜市
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ご飯をちゃんと食べるようになって、花守様は、少しずつ少しずつ回復した。

やっぱり、大事よ、ご飯。


花守様が山吹の精霊だって聞いたときにはびっくりしたけど。

それも、だんだんと、普通になっていった。

だって、だからって、花守様が何か変わったわけでもないし。


花守様は、ずっと前からあたしの知ってる花守様のまんまだったし。

山吹の精霊ったって、それもずっと前からそうだったんだから。

今更、なんにも変わらないんだよね。


あたしは花守様が狐だろうと木の精だろうと、好きなことに変わりはないし。


施術は、柊さんが花守様に代わってやるようになっていた。

もっとも、大王との表立った敵対関係もなくなったから、戦場に出る狐も少なくなって。

急を要する患者が運び込まれることも少なくなっていた。


それよりも、最近では、郷のヒトたちが、施療院に訪れることが増えていた。

妖狐は病にはわりと強いほうなんだけど、それでも、ふとしたときに、病に憑りつかれることがある。

狐は、病にかかっても、平気なふりを続けることが多い。

ぎりぎり、動けなくなるまで、我慢するんだ。

それで治ってしまうことも、まあまあ多いんだけど。

それが命取りになったヒトだって、いないわけじゃない。


けど、最近じゃ、そこまで状況の進んでしまう前に、施療院を訪れるヒトが増えた。

その患者さんたちを引き受けてくれたのは、蕗さんだった。

物腰柔らかで聞き上手な蕗さんは、患者さんたちからも大人気。

蕗さんと話しをしただけで病気の治った患者さんもいるくらいだ。


そんなこんなで、施療院もなんとか回っていた。


花守様は、まだ庵で養生している。

花守様のお世話をしたいヒトは、それこそ山のように志願者がいるんだけど。

花守様が、お世話係はあたしの仕事だと言ってくれたので、あたしは晴れてお世話係になった。

前はお世話係とは言っても、取り立ててなにも、お世話なんてしなかったけど。

今はそれなりに、ちゃんと立派なお世話係だ。


朝の散歩とお食事のお世話。

花守様のお世話といっても、そのくらいなんだけど。

このお食事のお世話だけは、いつまで経っても拷問だった。

なんででしょうねえ。慣れませんねえ。

それにしても、花守様も、いつになったらお匙やお箸が持てるようになるのかなあ。


ただ、薬の仕込みだけは、花守様でなければ、あたししかできなかった。

これだけは、いまだに、代わりにできるヒトがいないらしい。

花守様は倒れる前にたくさん仕込んでおいたそうで、すぐさま困るということはなかったんだけど。

それでも、毎日使っていれば、だんだんと残りは少なくなってくる。

なので、薬の仕込みも、あたしは引き受けることにした。


それでも、花も水も甕にいっぱい詰めて届けられるし。

仕込んだ甕を運んでくれるヒトもいるし。

乾燥させたり、丸薬にしたり、も誰かやってくれるから。

本当にやるのは、妖力と混ぜて仕込むことだけ。


なので、ちょっと真面目にせっせとやったら。

あっという間に、一年分くらいの薬の仕込みができてしまった。


そんなわけで、時間に余裕ができると、あたしは花守様を連れて施療院を散歩してまわった。

庵で寝てばかりいるよりいいと思うし。

その様子を見て、器用な患者さんが、花守様を乗せる手押し車を作ってくれた。

乗り心地も悪くないし、使いやすいいい車だった。

なぜか、花守様は、最初、むぅ、と不満そうだったけど。

あたしの危なっかしい飛行術で抱えて飛ぶより、こっちのほうが百万倍安心だ。

手押し車に乗せて、あたしは、花守様とあっちこっち巡って歩いた。


花守様は前みたいに診察はしないけど、患者さんたちはこぞって話しかけてくれた。

それに、花守様は、にこにこと受け答えする。

花守様はどこへ行っても大人気。すぐにヒトに取り囲まれる。

疲れないかな、と最初は心配したけど、意外と大丈夫。

むしろ、そんなふうにヒトと話すほうが、花守様の食欲も増して、ご飯をいっぱい食べてくれた。


花守様が狐じゃないということを、あたしは、誰にも話さなかった。

このことを知っているヒトは、他には誰もいないみたいだけど。

わざわざ話さなくてもいいかな、とあたしは思っていた。

だって、花守様は花守様なんだし。

なんにも、変わっていないんだし。

これからも、多分、なんにも変わらないんだし。


緩やかに、穏やかに、時間は過ぎる。

花守様は少しずつ回復して、元気になっていく。

相変わらず、ご飯は、あーん、だけど。


一度、あたしが躓いて転んだとき。

ちょうど手押し車に乗っていた花守様は、慌てて飛んできた。


「あ、れ?

 花守様、歩けるんですか?」


思わずそう尋ねたら、すぐさま、よろっと倒れこんだ。


「ああ!いいえ。

 これは、なんというか、あの、歩けないことを忘れていて。

 すみません、手押し車に運んでいただけますか?」


そう言うから、抱えて運んだけど。

あれ、きっと、本当は歩けるんじゃないかな。


痩せ細っていた花守様のからだは、少しずつ少しずつ、前みたいにふっくらしていった。

けど、いつまで経っても、抱え上げると、衣の重さしか感じない。


流石のあたしも、次第に妙だと思えてきた。

なにかのときにそれを柊さんに言ったら、それはそうだろう、と笑われた。


「あれは、花守様の術だ。

 お前様に分からないように、こっそり、飛行術を使っているんだ。」


???

!!!


「そんな元気あるなら、お世話係、もういらないのでは?」


「それは、花守様に言ってくれ。

 しかし、お世話係の解任は、しないだろうな。」


柊さんの予言通り、花守様は、あたしにお世話係を続けてほしいと懇願した。

まあ、そう言うなら、やりますけど。


花守様は、なんだか前より少し、手のかかるヒトになったみたいだ。

もっとも、あたしもそれは、嫌じゃなかった。

なにより、こうして一番近くにいて、一番たくさん、花守様の笑顔を見ていられる。

神様が、なんの贔屓をしてくれたんだろうって思う。


後から思えば、それは、冬の前の小春日和のような、温かな日々だった。






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