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花恋物語  作者: 村野夜市
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施療院に帰ったら、さっそく花守様を連れて厨に行った。

ずっとものを食べてなかったんなら、いきなり固い穀物は無理だろう。

あたしは小さな鍋を借りて、ぐつぐつとお粥を作った。


「ふふふ、いい匂いがしますねえ。」


竈の近くに座らせた花守様が、鼻をひくひくさせながら、嬉しそうに言った。


「楓さんの朝餉なんて、いつ以来でしょう?

 いえ、もちろん、独活さんのご飯に不満があるわけではありませんが・・・」


慌ててあたしのむこうにいた独活さんに言い訳をしている。

独活さんは、今や、厨の専属料理人頭、だ。

厨には何人も専属の料理人がいて、みんな毎日とびっきりのご飯を作ってくれていた。


「こぉんなにお料理上手なヒトたちのなかで、素人のお粥とか作るの恥ずかしいんですけど。」


いえ、むしろ、専門のお料理人さんの手をわざわざ煩わせるのも申し訳なくて。

このくらい、と思って、あたしがやってるんですけど。


「厨、借りちゃって、すいません、独活さん。」


あたしがぺこりと頭を下げると、独活さんは、いいえいいえ、と両手を振った。


「元はと言えば、この厨は、あなたが作られたのではありませんか。

 いつでも、お好きなときに、いいだけ使ってくださいね。」


いやあ・・・なんか、独活さん、いいヒトだわ。


「有難うございます。」


確かに、最初のころは、あたしが作ったんだけどさ。

今や、見たことのない設備だらけで、使おうにも使い方も分からないんですけどね。

せめて、壊さないように気を付けながら、お粥炊くだけで、精一杯ですよ。


塩だけ入れた、本当に素朴なお粥を作って、あたしは花守様を食堂に運んだ。

みんなもそろそろ朝餉に来る時刻で、花守様の姿を見たヒトたちが、わっと一斉に押し寄せた。


「花守様?」

「花守様、もう、起きられるんですか?」

「花守様!」


口々に花守様と呼びながら、その姿を一目見ようと、我も我もと他のヒトを掻き分ける。

一気に混乱したその場の後ろから、低くてよく通る声が一喝した。


「お前様方!今日も仕事はいっぱいだ。

 さっさと朝餉を済ませて、きりきり働くんだよ!」


するとみんな一斉に、びくん、と緊張して、それからすごすごと引き上げていった。

あ、ははは。健在ですねえ。


「楓。こっちに渡せ。」


柊さんはあたしの手から花守様を受け取ろうと手を伸ばす。

けど、花守様は柊さんの手から逃れるように、からだを縮めて、いやいやをした。


「すいません、柊さん、そっちのお粥、お願いします。」


あたしは苦笑して柊さんに頼んだ。


「お前様は問題ないのか?

 いくら花守様は華奢とはいえ、一応、一人前の雄狐だぞ?」


心配するようにこっちを見る柊さんに、あたしはにっこり笑って返した。


「それが、花守様、全然、重さを感じないんです。

 まるで、衣だけ、抱えているみたいです。」


柊さんは、ちらっと花守様を見てから、ふん、と鼻を鳴らした。


「・・・まあいい。

 患者が快方にむかうなら、わたしに文句はない。」


あたしの腕のなかで、花守様は、えへっ、と首を竦めた。


食堂の隅の静かな席に、あたしたちは隣り合って座った。


「花守様、座ってられます?」


弱った患者さん用の背もたれのある席だ。

背もたれにもたれて、花守様は、ええ、と微笑んだ。


「じゃあ、あの、あたし、食べさせますね?」


前に、あたしが倒れたとき、花守様もお匙でお粥を食べさせてくれたけど。

あのときは、食べさせられるのが恥ずかしくて、お粥の味も分からなかった。


その仕返しの好機がきたんだけど。

なんだろう。これ。食べさせるほうも、滅茶苦茶恥ずかしいぞ。


けど、花守様は手の力も弱っていて、お匙を持たせるのは危ない。

それでも、食べるのは自分でやるって言うかと思ったら、お願いします、とにっこり笑った。


「あ。

 じゃあ、はい、あーん。」


思い切って、お匙に少しお粥をのせて、口元に持って行くと、悲しそうな顔でこっちを見た。


「・・・ふぅふぅ、してください・・・」


「あ。そうだった。」


あたしは慌てて息でお粥を冷ます。

それを隣でにこにこしながら、花守様が見ている。


なんでしょうね?

今日もやっぱり、拷問されてるのは、あたしのような気がするのは。


しつこいくらいふぅふぅやってお匙を口元に持って行くと、花守様は、あーんと口を開いた。

気を付けながらゆっくりと、お粥を食べさせる。

ぱくっとお匙を咥えて、花守様はにこっと笑った。


「むふ。むふふふふ。」


なんか、すっごく嬉しそうだ。

お塩入れただけのお粥なのに、そんなに美味しいですかね?


むこうのほうで、こっちをちらちら見ているヒトたちもいるけど。

みんな柊さんに叱られるのが怖いのか、近寄ってはこなかった。


考えてみれば、患者さんにご飯を食べさせたことなんて、これまで何回もあるんだ。

そのときには、こんなに恥ずかしい、とか思わなかったのに。

なんでまた、今はこんなに恥ずかしいのかなあ。


「楓さん?」


ぼんやりしてたら、恐る恐るという感じで名前を呼ばれた。

振り返ったら、花守様は大きな口を開けてみせた。


「あーん。」


「あ!はいはい。あーん・・・」


慌てて差し出すと、むぅ、と口を閉じてしまう。


「・・・ふぅふぅ・・・」


「あ!はいはい。ふぅふぅ、ふぅふぅ、っと。」


はあ、やれやれ。

朝餉だけで、一日分の気力、使い果たしそうだわ。


この調子で、ようやく朝餉を食べさせ終えたのは、もう昼前だった。




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