115
コヤタとあたしが降り立ったのは、谷間にある小さな荒れ野だった。
少し強い風がずっと吹いていて、いくつも大きな岩がにょきにょき突き立っている。
だけどそのほかには、木も草も生えていない、荒れ果てた土地だ。
荒れ野の真ん中辺りに立って、コヤタは芝居じみた格好をして、両手を広げてみせた。
「ようこそ。ボクのふるさとへ。」
「ふるさと?」
と言われても、村どころか、家の一軒も見えない。
およそヒトの住んでいる場所には思えなかった。
「そこと・・・、ここと・・・、ここと・・・ここ・・・」
コヤタはその場所に立ったまま、ぐるっと十二の方位を指さした。
「その地面の下で、ボクの一族は眠っている。」
「え?
ここって、もしかして、お墓?」
あたしはびっくりして、慌てて飛び退いた。
ちょうど、あたしの立っているところが、十人目の眠っている場所だった。
コヤタは明るい笑い声を上げた。
「いや、誰も死んでないって。
勝手に殺すな、って怒られるよ?」
よく見ると、突き立った岩は、何かの祭壇のようにも思える。
ゆっくり数えたら、岩はちょうど十三、あった。
十二の方位と、中央にひとつ。そんなふうに配置されているようだった。
「北に眠るのが、一族の長老。それから、順番に十二人。
そして、真ん中の十三人目。
一番最後に生まれた、一番若いのが、ボクだよ。」
「コヤタも、この地面の下で眠っていたの?」
「そうだよ。
ボクの一族はそれで全部。
ボクらは生まれつき、太陽の光に弱い。
だから、太陽の力が一年で一番弱くなる日に、たった一日だけ、地上に出る。
あとはずっと、地面の下で眠っているんだ。
太陽の光を浴びると、ボクらは、一日分、年を取る。
だから、ボクらは、普通の人間に比べると、とても長く生きることになる。
一番年若いボクで、だいたい、生まれてから三千年経ってる。」
それはまた、結構な長生きだ。
花守様よりもさらに年上じゃないか。
「ボクら、新しい仲間は、一万年に一度くらいしか生まれない。
だから、ボクが今は一番年若い。
一番年を取った長老は、いったいどのくらい生きているのかは知らない。
でも、見た目も結構なおじいちゃんだから、かなり長く生きているんだと思う。」
三千年生きてて、一番年若いなんて、長生族の生きている時間は、あたしたちとはかなり違う。
この世界にはそういうモノもいるんだなって、ちょっと感心する。
「ここで、長い長い時を過ごすボクらの周りを、時間は風のように過ぎていく。
ボクらは、ただ、そこに立つ岩のように、それをやり過ごすだけ。
たくさんのヒトがやってきて、たくさんの国が生まれ、栄え、滅びていった。
ボクらは、ただそれを、ここから眺めているだけ。
余所の一族の栄枯盛衰になど、関わるつもりもなかった。」
それはちょっと、あたしたちにも似ていると思った。
「ボクらは、一年に一度だけ、地上に出て、太陽を祭るんだ。
ボクらにとって、太陽は、恐ろしいものなんだけど。
それでも、ボクらも、太陽の恩恵がなければ、生きていられない。
そんなボクらの祭りに参加することができたら、永遠の富貴を得る。
いつの間にか、人間たちの間に、そんな言い伝えができてしまった。
いつだったかの祭りのとき、偶然紛れ込んだ人間に、一族の誰かが、教えてしまったんだ。
大昔の王の都の在り処とか、財宝と共に埋葬された貴人の墓の場所とか。
そういうものをね。」
長く生きている長生族は、いろんなことを見てきたんだろう。
長生族にとって、それはただ単に、知っていることを教えたに過ぎなかったのかもしれないけど。
短い時間を生きる人間にとって、その財宝は、運命すら変えるものだっただろう。
だけど、それは、長生族の運命もまた、変えてしまった。
「富を得た者たちは、この国を支配するようになった。
そうして、ボクらのことは、支配者たちの間だけの秘密にした。
いつの間にか、毎年のように、ボクらの祭りに人間が現れるようになった。
彼らは、富貴の場所を教えろとボクらに迫った。
ボクらは、知る限りの知識を与えた。
やがて、掘り返す宝物がなくなると、もっといろいろな、知恵を求められるようになった。
民を支配する術。敵を打倒し、戦に勝利する術。もっともっとさらなる富を生み出す術。
ボクらは、祭りの間中、質問攻めにされた。
それにも、ボクらは、真摯に応え続けた。」
人間の欲は計り知れない。
それはますます度を越し、そうして、やがて、一線を越える。
「先代の王の時だ。
一年に一日しかボクらの話しを聞けないことに、王は苛立っていた。
その王に、大臣は、ボクらを土の中から掘り出してはどうかと進言した。
そうして、ボクは、掘り出された。」
太陽の光に弱い長生族。
光を浴びれば、一日ずつ年を取る。
「土の中の安寧を破られ、日の光の元に放り出されたボクは、すぐさま自分の時間を止めた。
そうしなければ、ボクはあっという間に年を取り、朽ち果てていただろう。
そのときからボクは、いくら日の光を浴びても、成長しなくなった。
そして、永遠に、ボクは、オトナになれなくなった。」
コヤタは、望んでその姿、してるわけじゃないんだ?
何も知らずそう言ってしまったときの、コヤタの悔しそうな顔を思い出した。
酷いことを言ってしまったと思った。
「ボクは、一族の他の者には手を出さないという条件で、王に助力を約束した。
王は、ボクが王の役に立つ限り、他の一族の眠りの邪魔はしないと約束した。
だから、ボクは、王の役に立ち続けるしかなかった。
その約束は、王の代替わりの後も、ずっと、続いた。」
先代の王のときから、ずっと術師として仕えている。
今の王は、生まれたときから、知っている。
確かコヤタはそう言っていた。
「王は、ボクにはなんの力も与えない。
力を与えるのは危険だ、きっと、王に反逆すると、大臣が言ったからだ。
ボクはいつも、ひとりぼっちで、王の期待に応えるしかない。
先代の王は、よく戦をした。
旧くからこの地に棲む者たちを、力で屈服させるためだ。
けど、その戦には、たびたび、邪魔が入った。
妖狐族だ。
あの邪魔な狐をなんとかしろと言われて、ボクは、蠱毒を作った。
兵もない。武力もない。
知識と術だけしかないボクに、できるのは、そんなことしかなかった。
妖狐には、恨みも憎しみもない。
けど、眠り続ける一族を守るため、ボクはそれをやった。」
レンさんが、初めて虫を憑けられたとき。
薬売りの小僧にやられた、と言っていた。
コヤタなら、十年前も今も、まったく同じ姿をしているだろう。
「薬売りの小僧になって、妖狐たちを騙したのは、コヤタだったんだ。」
「そうだよ?
酷いだろう?
そうやって、ボクは、いくつもいくつも、狐の部隊を潰した。
王は上機嫌だったよ。
邪魔な狐を封じられてね。」
あたしはレンさんを思い出した。
アザミさんのことも思い出した。
胸がずきずきした。
「だけど、狐さんたちは、その蠱毒を克服してしまった。
それどころか、あんなムイムイのようなモノまで作り出した。
ボクのやったことは、結局、失敗した。
だけど、次の手を考える必要はなかった。
先代の王は崩御し、今の王に代替わりした。
あいつは、先代とは違って、戦に対する執着は少ない。
けど、王になった途端に、早く跡継ぎを作れと、あちこちから迫られた。
先代は、子どもがいなくて、今の王が即位するまでの間、跡目争いが大変だった。
いろんな輩が、勝手なことを言い散らして、たくさんの血が流された。
その事態だけは避けなければならない、って、王の周りの者たちは考えたんだ。
王の周囲の者たちは、こぞって自らの娘を差し出した。
王の子を身籠れば、次の王の縁戚になれるからね。
娘の意志も関係なしに。
だけどね、やつは、そのことにイラついて、うんざりしている。
今、都は繁栄の絶頂にある。
けど、それを治める王は、こんな有様だ。
王の館は、魑魅魍魎の跋扈する暗黒世界だ。
そして、その王を、大臣は、自分の思うままに操ろうとしている。」
コヤタは悲し気に顔を上げた。
「ボクはもう、戦いたくない。
あんなことは、繰り返したくない。
役立たずになったボクを、大臣は、排除しようとしている。
大臣は、ボクよりもっと役に立つ仲間を掘り出したいんだ。
こんな一番下っ端じゃなくて。
もっともっと、彼らを利することができるオトナを。」
コヤタの悲しそうな瞳は、周囲の岩をひとつひとつ、見回した。
仲間を護るために、たったひとりで戦い続けたコヤタを、あたしは責められない。
あたしたちの郷は、そのせいで酷い目にあったのだけれど。
郷の戦師さんたちも、コヤタと同じだ。
郷を護るために、戦っているんだから。
帰るところがあるから、戦えるんだって思った。
それはだけど、コヤタがここを護ろうとしたのと、どこが違うんだろう。
誰が悪いのか。
何が悪いのか。
花守様の施術みたいに、悪いところをぽーんと切り取って、あとは元通りに治せればいいのに。
コヤタは力なく膝をつき、懺悔するように、両手を組み合わせる。
あたしはそんなコヤタの前に自分も膝をついて、ぎゅっと抱きしめた。
「ずっと、ひとりぼっちで、辛かったね。」
憎くて辛くて悔しくて。
どうしてこんなことするんだ、って、犯人に会ったらきっと問いただしてやろうって思ってたのに。
一発くらいぶん殴ってやろうって、ずっとずっと思ってたのに。
恨みの言葉も、憎しみの言葉も、出てこなかった。
ただ、あたしが言ったのは、それだけだった。




