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花恋物語  作者: 村野夜市
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部屋のなかは薄暗くて、コヤタはよく見えないというように、目を細めてこっちを見ていた。

けど、あたしに気付くと、その目は大きく丸くなった。

あたしは急いで駆け寄ると、コヤタの縄を解こうとした。

するとコヤタは、強引に身をよじって、あたしの手から逃げようとした。


「何をしにきた。」


そうあたしに尋ねた声は、とても低くて、怒っているみたいだった。


「何をしにって・・・

 とりあえず、逃げるよ?」


もう一度、縄に手をかけるあたしを見上げて、コヤタは、冷たく笑った。


「お前はもう用済みだ。

 どこへでも、とっとと行ってしまえ。」


「はあ?」


いきなり何を言い出すんだろう。

あたしは首を傾げた。

けど、のんびり考えている暇はない。

衛兵たちはびっくりしてのびてるだけだから、すぐに目を覚ますだろう。

う、うーん、とどちらかの衛兵の呻き声がした。


「ごめん。話しは後。」


もう縄を解いてる暇もない。

あたしは、ぐるぐる巻きのままコヤタを抱え上げようとした。


「余計なこと、するなよ!」


あちっ!

手に鋭い痛みを感じて、思わずコヤタを取り落としてしまった。

板の上に投げ出されたコヤタは、どこかを打ち付けて、うっ、と唸った。


痛かったところが、今度は、じぃんと痺れてくる。


「雷撃なんて、ひどい!」


あたしは思わず、そう叫んだ。

うーん、ともうひとりの衛兵も唸った。


「ふん。バカな娘だ。

 ちょっと優しくしただけで、すぐに懐いて、尻尾を振って。

 利用されてただけって、分からないのか?

 だけど、ボクの計画ももう、おしまいさ。

 何もかも、全部、失敗した。

 お前ももう、用済みだ、って、言ってるんだ!

 とっととどこかへ失せろ!!」


転がったまま、コヤタはなにか喚いている。

だけど、その言葉は、ひとつもあたしの心に響かない。


「うるさい。黙れ!」


あたしはコヤタを一喝すると、首の根本を手刀で打った。

う。と一声呻いて、コヤタはそのまま気を失った。


あたしは、もう一度狐姿になると、おとなしくなったコヤタを背中に担いで走った。

それにしても、コヤタが小さくてよかった。

ぎりぎり狐姿のあたしの背にも、担ぐことができた。


さっき、コヤタの言った言葉が、ぐるぐると、何回も何回も、頭の中に響いていた。

利用。失敗。用済み。失せろ。

思い出すたびに、ずきり、ずきり、と痛い言葉。

今頃になって、その痛みがきいてきた。

あたしはその痛みを堪えようと、ぎりぎりと奥歯をかみしめた。


こんな言葉を吐く人間と、あの綺麗なニセモノの月を出す人間。

それが同じ人間だなんて、やっぱり思えない。

きっと、どっちかは、間違いだ。


多分、きっと、今のコヤタが、間違いだ。


だけど、どうしてコヤタは間違っているんだろう。

賢いコヤタがこんな簡単な間違いを犯している理由が、あたしには分からない。


王の館を抜け、都の大路をひた走る。

朝の大路はまだ人通りも少なくて、あたしたちを見咎める者も、そんなにはいなかった。


う、うーん、と背中でコヤタの呻く声がした。

こんなところで暴れられたら大変だと、あたしは急いでヒトの目のない川原に飛び降りた。

生い茂る葦の原にコヤタを下ろす。

コヤタはゆっくりと目を開いた。


「・・・バカなやつ。」


開口一番、それですか?

もっぺん、気、失わせようかな。


むっとしたけど、とりあえず、くるっと宙返りして、ヒトに変化する。

狐のままだと、あたしは人語を話せない。


ヒトに変化したあたしの顔を見て、コヤタは、ははは、と力なく笑った。

それを見ると、なんだかあたしも、怒る気持ちは失せてしまった。


「まったく、朝からご苦労なこったね。

 ご苦労ついでで悪いけどさ、このままもう一度、ボクを王の館に連れていってくれない?」


コヤタは冗談めかしてそう言った。


「ボクは、君をヒトジチにして逃亡を図った。

 だけど、君はそのボクを返り討ちにして、捕らえたんだ。」


「はあ?なにそれ?」


あたしは首を傾げた。


「なんでそんな、作り話・・・?」


尋ねたあたしに、コヤタは、はは、とまた力なく笑った。


「君だって王のヒトジチなんだ。

 罪人庇って逃亡しちゃ、まずいでしょ?

 狐の郷、どうすんの?」


あ。しまった。そうだった。

あんぐり口を開いたら、コヤタは、あーあ、と苦笑した。


「いいから、連れて帰ってよ。

 そうしたら、少なくとも、君と、狐の郷は安泰だよ。」


「だけど、コヤタはどうなるのよ?」


「ボクは・・・もう、いいよ。」


コヤタはこっちを見て、晴れやかに笑った。


「もう、いい。

 うん。

 これも、仕方ないよ。」


笑っているのに、その頬に、ころころと涙の粒が転げ落ちる。

こんな顔して泣いている子どもに、そうだね、仕方ないね、なんて言えるわけない。

まあ、子どもじゃないけど?


「諦めたらだめだよ!」


思わず、がしっと両肩を掴んで、そう励ましてしまった。

コヤタは、ちょっとびっくりした顔をして、それから、いやあ、と苦笑いした。


「狐さんって、ほんと、ヒトがいいんだねえ。

 君といると、自分が、ものすごくどす黒くて、嫌なモノに思えるよ。

 まあ、ボクなんて、もうとっくの昔に、真っ黒黒けに染まってるんだけどさ。」


「マックロクロケ?」


真っ黒け、じゃなくて、黒が重なってるのが、なんかおかしくて、あたしは笑った。

つられたように、コヤタも笑った。


「そのくらい黒い。」


「よく伝わるよ。」


あはははは、とあたしたちはもう一度、声を合わせて笑った。


それからあたしは、コヤタの縄を、有無を言わさず解いた。

コヤタはもう、抵抗はしなかった。


「二度手間になるのに。」


「縛られてる相手とは、話しにくいんだよ。」


縄を解かれたコヤタは、やれやれ、と両手を振って、動かした。

あたしはコヤタに尋ねた。


「怪我は?どこ?

 血、落ちてたけど。」


「ああ。口の端、ちょっと切った。

 あ、でももう、自分で治した。」


そっか。そんならよかった。


コヤタはにやっと笑って付け足した。


「あ。それとも、君に舐めてもらえばよかったかな?

 狐って、怪我したとこ、舐めて治すんでしょ?」


はあ?


「仔狐同士だと、そういうこともあるけど。

 あたしだって、普通の治癒術くらいは使える。」


流石にもう、施療院に務めて何年にもなりますからね?

花守様や治療師さんたち並、とはいかないけど、ちょっとした怪我くらいなら、治せますよ?


コヤタは、ははは、と軽く笑った。


「ボクのこと自由にしちゃって、ボクが術を使って逃げるとか、君を傷つけるとか、思わないの?」


「やりたきゃとっくの昔にやってるでしょ?」


「・・・まあ、そうだけどさ。」


「一緒に月、見た仲だから。

 コヤタはもう、友だちだよ。」


「・・・友だち、ねえ・・・」


コヤタはそう言って、はは、とまた小さく笑った。


「ニセモノの月なのに。」


「ニセモノでも、綺麗な月だったから。」


・・・そっか。とコヤタは小さく呟いた。


「ねえ、じゃあさ、ちょっとだけ、つきあってくれないかな?」


コヤタはどこか清々した顔をして、あたしに言った。


「ボク、行きたいところがあってさ。

 そこへ、君にも一緒に行ってほしいんだ。」


いいよ、とあたしは頷く。


「道、案内してよ?

 狐になって乗せてってあげる。

 人間の足より早いでしょ?」


飛行術は、他人は飛ばせないんだよね、あたし。

でも、コヤタはあたしの提案に苦笑した。


「ボク、転移術、使えるから。」


あ。そうでしたね?


コヤタはその辺から適当な小枝を拾ってくると、川原の砂の上に、魔法陣を描いた。

小さく呪を唱えると、川の水が蛇のように細く飛び上がって、コヤタの魔法陣に流れ込む。


「器用だねえ。」


感心して見ていると、コヤタは、ひょい、とあたしの手を引っ張った。

あ。と思ったときには、もう、魔法陣で転移していた。






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