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花恋物語  作者: 村野夜市
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口喧嘩でコヤタ泣かしてからしばらく、あたしたちは気まずくて、あんまり話しもしなかった。

まさかさあ、あの程度で泣くとは思わなかったし。

謝ったほうがいいのかなあ。

けど、わざわざ蒸し返すのも、なんか余計、傷つけそうだし。


ここに連れてこられたのって、夏祭りの夜だった。

あれからいつの間にか日も過ぎて、秋の初めの乞巧奠。

流石、大王の館のお祭りは華やかだったけど。

郷でやってた星祭を思い出してちょっと淋しくなった。


そして、時節はもうじきお月見って頃。

このところ、秋の長雨が続いている。

静かに降り注ぐ真っ直ぐな雨は夏の火照りを冷ましてくれる。

ときどき吹く風もひんやりして、なんだかほっとする感じ。


だけどね!やっぱね!

真ん丸な明るいお月様に、真ん丸なお団子!

これに限るよね?


しかし、夜には大王の館にはいられないし、地下の屋敷じゃ月は見えない。

ちぇっ。

まあ、いいや。

せめて、真ん丸なお団子!これだけでも、用意しよう!


コヤタの屋敷には厨がない。

まあ、食事は上の館でとればいいから、困らないといえば困らないけど。

お団子を作るにゃあ、やっぱり、竈はないとね?


大王の館には、移動式の竈なんて便利なものがあった。

あたしはこっそりそれをひとつ拝借して、それから、お鍋やら杓子やらも一通り借りてきた。

うふ。


後宮には、飾り物やら小間物やら、売りに来る物売りがいる。

そのヒトにこっそりお金を渡して、お米と水飴を少しずつ買ってきてもらう。

郷にいたころは、甘葛を使ってたんだけどさ。

都だと、水飴のほうが手に入りやすいんだよね。


準備万端整ったところで、うふふふふ。

その日は早々に童子の屋敷に降りて、うきうきとお団子作りを始めた。


丁寧にお米を粉に挽いて、水を混ぜて、こねこねこね。

コヤタが泥を捏ねるみたいに、しっかり捏ねたら、ひとつひとつ、真ん丸にする。

竈では、ぐつぐつとお湯が煮えていて、そこにお団子を入れて茹でる。

真ん丸なお団子が、ぷくり、ぷくり、とお湯に浮かぶ。

そしたら、水にとって、冷まして・・・


「なに、してるの?」


突然、後ろから声をかけられて、ぎょっとして振り返った。

いつの間に戻ってきたのか、コヤタが、不思議そうにあたしのしていることを見ていた。


「お団子を作っているんだよ。」


にっこりして答えると、へえ~、と物珍しそうに寄ってきた。


「自分でやらなくても、女官に言えば、用意してくれるだろうに。」


「自分でやるから、楽しいんじゃない。」


お皿に並べてあったのを、あたしはひとつ取って、コヤタの口元に差し出した。


「ひとつ、味見、してみる?」


コヤタは、お団子をぱくっと一口で頬張って、もぐもぐしながら言った。


「これ、毒、入ってたら、今、ボク、死んでたな。」


「毒なんて入れてないって。」


なんでいちいち、そういうこと、言うかな。


「うん。知ってる。」


コヤタは、あたしを見て、にこっとした。

その笑顔が、なんだか、すっごく素直というか、混じりけなく、嬉しそうで。

なあんだ。そういう笑顔も、できんじゃない。って、思った。


「こっちの水飴をさ、絡めても、美味しいんだよ?」


なんだか嬉しくなってしまって、あたしは、水飴の入った壺を引っ張り出した。

たっぷりすくって、お皿に乗せたお団子にかける。

とろぉりと滴る飴を見ていると、思わずよだれがたれそうになった。


「これってさ、月に供えるやつだろ?」


コヤタはたくさん作ってあったお団子を指さして言った。


「うん。」


「今日は生憎の雨だよ。」


「知ってるよ。」


そう。今日は雨で月は見えない。

だからあたしも早々にこっちに降りてきたんだ。

コヤタの屋敷は、月は見えないけど、雨も降らない。


コヤタは、ふぅん、と言って、洞窟の天井を見上げた。

それから、小さく呪を唱えると、手をさぁっと振り上げた。


「あ!」


振り上げたコヤタの袖が退いて、その向こうの視界が開けた途端。

あたしは歓声を上げていた。


低いはずの洞窟の天井は、どこまでもどこまでも、広く、高く、拡がって見える。

そこには、満天の星。

天の川らしきものも、ぼんやりと光る。

そしてその真ん中に、煌々と輝く、真ん丸なお月様があった。


「まあ、ニセモノだけど。」


コヤタはぼそりと言って背中をむけた。


「折角だし、縁に出て、月、見ながら、食べようよ。」


うんうんうん。

あたしは何度も頷いていた。


綺麗に積み重ねたお団子を持って行くと、コヤタは衣を着替えて、先に縁に座っていた。

見上げた月には、ほんのりと雲がかかっている。

薄い雲は七色に彩られていて、とても綺麗だった。


「うわあ、彩雲だ。縁起がいいね?」


「いや、ニセモノだよ?」


コヤタはそう言って苦笑した。


「ニセモノでも、嬉しいから、いいよ。」


「・・・そっか。」


今日のコヤタは、なんだか穏やかで優しい感じがする。

ずっと気まずくて、まともに話せなかったから、久しぶりに話せて嬉しい。


「なんか、いいこと、あった?」


「団子が美味い。」


「ああ!

 それなら、もっと、どうぞどうぞ。」


積み上げた山ごと押し付けたら、ははは、と苦笑いされた。


「一緒に食べよ?

 そのほうが美味いってボクに教えたのは君だ。」


「おう・・・ほいほい。」


あたしは慌てて小皿にお団子を取り分けると、たっぷり水飴をかけて、お箸と一緒に手渡した。

コヤタは嬉しそうにそれを受け取ると、ひとつ取って、あたしの口元に差し出した。


「はい。

 君も食べなよ?」


「あ。うん。有難う。」


ぱくっと食べたら、楽しそうに目をきらっとさせて笑った。


「ねえ、今、それに毒が入ってたら、君、死んでたね?」


「え?」


ぎょっとした拍子に、ごくっと丸のみしてしまう。

喉につまりそうになったあたしの背中を、コヤタは焦ったように叩いた。


「あ!

 ごめんごめん。

 大丈夫。毒なんか、入ってないって!」


「う。知ってる。」


あたしは茶碗の水をごくごくと飲み干すと、ぷはぁ、と息を吐いた。

涙目になったあたしに、コヤタはすまなさそうに言った。


「悪かった。

 君が、あんまり無防備に、口を開けるからさ。

 なんか、その様子に、ひどく、胸が痛くなって・・・」


首を傾げると、ああ、ごめん、とまたちょっと笑った。


「もうずっと、物を食べるときに、毒が入ってるんじゃないかって、疑うのが癖になっててさ・・・」


前に大王も、毒のことをひどく気にしていた。


「ここって、そんなに、毒が使われるの?」


「・・・まあ、多いね。

 さっきも、ひとり、やられかけた。」


え?そうだったの?

上で、そんな騒ぎがあったのか。

道理でさっきから、毒、毒、言うわけだ。

たまたま、今日は早く降りてきたから、まったく知らなかった。


「それで、そのヒトは?」


「助かったよ。

 ムイムイがいるからね。

 あいつが帰ってきてから、毒殺は一度も成功していない。」


薬液には、強力な回復作用がある。

それは、毒がからだの組織を破壊するより早く、からだを回復させる。

結果的に、強い毒消しにもなる。


「よかったね。」


「・・・そうだね・・・」


コヤタは、ふぅ、とひとつ息を吐いてから、ニセモノの月を見上げた。


「ボクは・・・あんな酷いことをして、蠱毒を作った・・・

 けど、あの蠱毒は、人の命を、救い続ける・・・」


「ムイムイは、いっつも花守様にべったりくっついて回ってさ。

 花守様の技、いろいろ習ってたから。」


あたしよりよっぽど優秀な見習いだったもんね。


「ムイムイを羽化させたのは、花守狐だ、って言ってたよね?」


コヤタは確認するように尋ねた。

そうだよ、と頷くと、そっか、と呟いた。


「あの花守狐ってのは、何者なの?」


「郷の始祖様で、治療師で、みんなから信頼されてるヒトだよ。」


「だけど、王、というわけでは、ないんだよね・・・」


「郷に王様はいないからね。」


「不思議な生き物だね、妖狐ってのは。」


コヤタはぱくりとお団子を口に放り込んで、うん、とまた微笑んだ。


「この団子は本当に美味い。

 なんの心配もせずに物を食べられるってのは、なんて、幸せなことなんだろう。」


そんな当たり前のこと、と言いかけて、あたしはそれを呑み込んだ。


そんな当たり前だとあたしたちが思ってたことが、コヤタにとっては当たり前じゃないんだ。


「このお団子は大丈夫だから、たくさん食べてね?」


せめて、コヤタのお皿のあいたところに、せっせとお団子を追加してあげた。


「うん。

 君の作ったものは、なんでも安心して食べられるよ。」


コヤタはそう言ってから、ああ、となにか思い出すように宙を見上げた。


「あの、祭りのとき。舟のなかに並べてあった、ご馳走。

 あれ、美味しそうだったよねえ。

 ちゃんと食べたらよかった。」


「あれ、多分、藤右衛門が作ったやつだから。

 きっと、すっごく美味しかったと思うよ?」


あたしがそう言うと、コヤタはちょっと悔しそうに唇を尖らせた。


「ちぇっ。

 藤右衛門って、君の父上だろ?

 手、動かないのに、料理とかできんの?」


「あのヒトは、器用だから。

 術でなんでもできるよ。

 まあ、多分、誰も見てないところで、かなり練習はしたんだろうけどね。」


藤右衛門ってそういうやつだ。

それももう、知ってる。


「知らん顔して、平気なフリして、相手をびっくりさせるのが大好きなんだ。

 けど、誰も見てないところで、こっそり泣きながら、頑張ってる。

 そうして、ヒトに心配させないんだ。」


「なんか、君に似てるね?」


「そうかな?

 あたしは母親似だよ。

 郷でも、あたしが藤右衛門の娘だってことは、知らないヒトも大勢いるし。

 娘だって言ったら、大抵、驚かれるよ。

 父親に似たのは、意地っ張りだってとこくらいかな。」


ふふ、意地っ張りか、とコヤタは呟いた。


「しなやかに強い。

 それって、君たちだけじゃなくて、妖狐族はみんなそうなのかもしれないけど。

 だとしたら、ボクは、なんてヒトたちを、敵に回そうとしてるんだ。

 勝てっこないよね。」


「勝たなくていいんじゃない?」


あたしがそう言うと、コヤタは、え?とこっちを見た。


「勝たなくても、仲良くなれるよ。」


そう言って笑いかけたら、コヤタはしばらく不思議そうにあたしを見ていた。














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