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花恋物語  作者: 村野夜市
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薬液を飲んですっかり元気になったムイムイを見て、大王はあたしに言った。


「今宵の夜伽、そちに命ず。」


それを童子に言ったら、早速、あの身代わり人形を行かせることになった。


夜伽の身代わり人形、略して、ヨトギちゃん。

童子はあの馬小屋部屋で、ヨトギちゃんになにやらいろいろと教え込んでいた。


「はい。

 ここで大王がこう、肩に手をかけてきたら、すかさず、目を逸らして。

 ほんのり頬を染めて、大王様、嬉しゅうございます。」


「大王様、嬉しゅうございます・・・」


いやなんか、自分の顔でこれやられると、複雑だわ。


ヨトギちゃんのことは、とりあえず童子に丸投・・・お任せして、あたしは薬を仕込むことにした。

折角、花と水を、花守様に送ってもらったんだからさ。


慣れない場所でうまくやれるかなって、ちょっとだけ心配だったけど。

甕を前にして立つと、不思議に気持ちは、しんとなった。

うん。これなら大丈夫。


こおろ、こおろ・・・

唱えながら、ゆっくりと花と水を混ぜていく。

混ぜるための櫂ももちろん、一緒に届けてくれている。

本当に、うちの導師はよく気のつくヒトで、助かるわ。


いつもより余計に妖力を送り込んで、仕込みは完了。

あとは、水と花と妖力の馴染むまで、しばし放置。

花守様の送ってくれた分と、今作った分と、都合、甕二つ分の薬液があるから。

これなら、しばらくはもつだろう。


やれやれ、と振り返ったら、そこに童子がいた。

びっくりして思わず目が丸くなる。

全然、気付かなかった。


「よ、ヨトギちゃん、は?」


「大王のところへ行ったよ。」


・・・もう、そんな時間だったのか。


「へえ。それが音に名高い狐の秘薬か。」


童子は遠目に甕を眺めて呟いた。


「同じ重さの金と交換だとか、いや、金の重さは薬の十倍だとか言われてるよね。

 この甕いっぱいあれば、いったいどれだけの金と交換できるんだろう?」


「まさか、これ、売るつもりなの?」


これは、ムイムイの補給用なんだけど。

驚いて尋ねたら、童子はちょっと笑って、いや、と首を振った。


「それはムイムイのために作ってくれたんだろう?

 だったら、やつのために、とっておくさ。」


「ムイムイは、これしか食べないんだ。

 大事なご飯なんだよ。」


あたしは童子が妙な気を起こさないように、力を込めて訴えた。


「ムイムイはね、この薬液のなかで育ったんだ。

 この薬液の入っていた甕のなかで、蛹になったの。

 だから、ムイムイのからだのなかには、この薬液しか入ってないんだ。」


「甕のなかで?へえ。

 蠱毒をそんなふうに育てるやつがいるとは、思いもしなかったな・・・」


童子は呆れたというように肩を竦めた。


「まったく、狐さんたちときたら、いつも予想外で、驚かされるばかりだよ。

 君たちはいつも、賢くて強かだ。

 だから、ボクも、君たちのことは、心の奥底から尊敬してるんだよ?」


たとえ敵からでも、そんなふうに言われると、ちょっと嬉しい、とか思ってしまう。

この童子は大王に仕える術者だし、大王はずっと狐の郷を敵視していた。

だけど、童子も大王も、直接会って話してたら、どっちもそう悪いヤツにも思えなくなってくる。

ちょっと誤解とか行き違いとか解いたら、仲良くやっていけるんじゃないかと思ってしまう。


だからついついあたしも、尋ねられたことを、ぺらぺらと喋ってしまった。


「蛹になったムイムイは、どうやって羽化したのか、知っているかい?」


「とある狐さんが、魂になって、ムイムイの心のなかに入ったんだ・・・」


うっかり名前を言ってしまわないように気を付けながら、あたしはその顛末を語った。

けれど、それを全部聞いた童子は、あっさり言った。


「へえ。そっか。つまり、ムイムイを羽化させたのは、花守狐だったんだ。」


「ええっ?どうしてその名前を?」


花守様、の名前は出さないように出さないように、気を付けてたのに。

すると、童子は、にたぁ、っと不気味な笑みを浮かべてみせた。


「ムイムイの記憶は全部、走査済みだ。

 だから、もちろん、花守狐の名は知っていたし、君の真名も知っていたよ。

 あの仔狐は、スギナといったかな?自分が言ってしまったと思ってて、気の毒だったけどね。

 狐さんたちって、賢いけど、無防備だよね。

 つくづく、ヒトがいいんだろうなあ。

 狐だけど。」


「ひどい!

 あんたって、なんてひどいやつなの?!」


思わずそう叫んだら、童子はますます嬉しそうに微笑んだ。


「そうだよ。ボクは冷酷無慈悲な外道さ。

 だから、君も、ボクを信用しちゃいけない。

 ボクはね、自分の目的のために、君を利用するつもりだから。」


笑っているのに、あたしを見るその目はひどく冷たい。

なにをどうしたら、こんな笑い方になるんだろう。

だけど、その目の奥には、いっぱいいっぱい涙が溜まってる。

どうしてか、あたしにはそう思えて仕方なかった。


「ねえ、コヤタ・・・」


思わず、そう呼びかけていた。

けど、それを聞いた途端、童子の顔つきが変わった。


「・・・その名前で呼ばないでくれるかな?」


「え?あ、ごめん。」


確かに、これは、童子に直接聞いたわけじゃない。

でも、館の人間たちはみんな童子のことそう呼んでいるし。

童子だって、そう名乗っていたはずだ。


童子は嫌悪感に満ちた表情で、吐き捨てるように言った。


「・・・それは便宜上、そう呼ばれているだけの名だ。

 真名じゃない。」


「でも、真名を教えてくれたりは・・・」


「するわけないだろ?」


でしょうね。


「・・・不便なんだけど。」


「じゃあ、いいよ。そう呼んでも。」


どっちなんだ?

まったくこの童子、扱いにくくて困る。


「ボクのこと、扱いにくいって、思った?」


あたしは、あんぐり口を開いた。

もしかしてさあ、あなた、人間の姿してるけど、妖怪さんですか?

ほら、いるよね?相手の心を読む妖怪。


「妖怪じゃないよ。

 だけど、大王と同じ人間でもない。」


本当に心を読んだように応えられて、今度こそ、本気でぎょっとした。


「べつに。心を読んだわけじゃない。

 君が、なんでも思ってることを顔に出すだけだよ。」


うーん・・・それ、前に、柊さんにも、同じこと言われた気がする・・・

つくづく、とほほなのは、あたしです。


けど、大王と同じ人間じゃない、ってのは、なに?

尋ねたかったけど、これ以上しゃべってると、ますます痛い目に合うのは自分のような気もする。

気もするんだけど・・・、ええい、いいや、聞いてしまえ。


「大王と同じ人間じゃなかったら、あんたは、何なの?」


「長生族。」


思ったよりあっさりと、コヤタはそう答えてくれた。




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